第71話 カリストと廃墟の森へ
「・・・廃墟の森に行くんだけど」
ある朝、ビビがベティーロードの宿から出た時、噴水の前に立っていたカリストに、突然声をかけられた。
会わないよう、気は使っていたけど・・・見かけることもなかったから、ずいぶん久しぶりだ。
一瞬、何を言っているのか理解できず、立ち尽くしていると、
「ダンジョンに潜れる騎士団の人間を、探しているんでしょ?」
と更に言われる。
「・・・そうですけど」
ビビは目を瞬かせる。確かにアドリアーナに、王宮騎士団管轄の中上級ダンジョンへ同行してくれそうな人間を紹介してほしい、と以前話した記憶はあるけれど。
「俺じゃ、不満?」
「いえ、そうじゃなくて、ですね・・・」
何故その情報が漏れて、よりによってカリストが声をかけてきたのか、相変わらず言動が突発すぎて解せない。
「他の方とペア、組まないんですか?」
「ペア組むと、相手に色々合わせなきゃいけないから、面倒くさくて。大体ソロで潜っている」
「じゃあ、なんでわたしに?」
「中上級ダンジョンを探索する騎士団の人間を探している、と聞いたから」
答えになっているような、かわされているような。
話が噛み合っていないような。
「・・・行くの?」
聞かれて、慌てて頷く。
廃墟の森のダンジョンなんて、騎士団隊長副隊長レベルでないと、攻略は難しいとされ・・・ビビは今だ立ち入ったことがない。
カリストは・・・正直関わると面倒くさそうだったが、興味が上回り。
ビビはリュックを背負い直してその背中を追った。
*
"気をひきたいなら、手を出すより、探索にさそった方が効果はある"
別に、気を引きたいわけじゃない、とカリストは思う。
ただ、ビビといる空間は思いの外心地よく。あの時抱き締めた日の夜は、驚くほどよく眠れ、翌朝は快適に目覚めた。
確かにハグ効果はアリと確信したが、本人が本気で嫌がっているし、ジェマも目を光らせている。あれから近づくことができなかったので、仕方なく早起きして宿で待ち伏せしてみた。
最初は戸惑いと警戒心がただ漏れだったが、廃墟の森のダンジョンへ対する興味が上回ったようだ。
「そこ、滑るから・・・」
振り返ると、ビビが悲鳴をあげてぶつかってきた。言っているそばから、木の根と苔で足を滑らせている。
意外とどんくさいのかも?
片腕を掴んで引き戻し、そのままひょい、と胸元に腕をまわして、地べたに衝突するのを防いでやる。
・・・。
意外と胸、でかい・・・?
「す、すみません」
ビビは慌てて身を起こす。
「お前、トロすぎ」
カリストは容赦ない。
「大体、そんなフードかぶっていたら、視界悪いだろ?なに考えてんの?」
「・・・こんな足場の悪い森とは」
チッと舌打ちしながら、それでもビビはフードを取ろうとはしなかった。
勝手にすれば?とカリストもそれ以上言及しない。
しばし無言で進んでいたが、ビビはふと顔をあげ、ピタリと足を止めた。
「前方、魔獣3体、小4体、確認」
ビビが低い声で伝えてくる。
探知のスキルでも、反応がすばらしく速いのに、驚く。
チャキ、と後ろから聞こえるこの音は魔銃だろうか。魔銃なんて、どこに隠し持っていたのか。
魔銃ではここのエネミーは倒せない、と言いかけ・・・でも規格外、と呼ばれている人間だからアリなのかと敢えて言及はしないでおく。
「接触まで20秒」
「了解。小、任せられる?」
「はい、行けます」
ヒュン、と暗闇に光が走る。
カリストは地面を蹴った。
カリストが見上げるほど巨大な魔獣を仕留めるのと、ほぼ同じタイミングでビビの魔銃が火を吹き、残りの4体を確実に撃ち抜く。
「次、前方5時の方向、来ます!54秒!」
速い・・・!
しかも・・・なにかのスキル、だろうか?指示が耳元ではっきりと聞こえる。
「後方、5体!右3時の方向5体!33秒!」
「お祭りの始まりだな」
剣の柄を持ち直し、カリストはニヤリと笑った。
*
・・・すごい。
カリストの剣さばきを眺め、ビビは感嘆の息をもらす。
確か彼は加護なしだ。それなのにあれだけの動きを見せるとは。
まるで舞うように、軽々と剣を振り、確実に魔獣を仕留めていく。少し前に偶然"死者の樹海"ダンジョンで見た、イヴァーノの戦闘と遜色ない。
流石に魔獣相手に笑顔は見せなかったが・・・あの時のイヴァーノの横顔はホラーだったな、とビビは思い出しながら・・・それでも充分余裕を見せるカリストは。
「精鋭第三騎士団副隊長は、伊達じゃないってことか・・・」
ビビは途中からは余計な動きはせずに、討伐の妨げになりそうな小物の魔獣のみに、狙いを定めることにした。
*
しばし暴れて、ボスレベルの魔獣を数体仕留めて、魔石を回収する。
ビビはキョロキョロ辺りを見渡し
「・・・あそこがいいかな」
と呟いた。
「どうした?」
カリストが魔石を革袋に収め、立ち上がる。ビビは振り返ると、古い巨木が重なりあって、低いトンネルのようになっている場所を指さす。
「ちょっと個人的に魔法陣の発動の実験をしたいんですけど、よいですか?」
「・・・構わないけど」
カリストが頷くと、ビビはにっこり笑って、その場所へ駆け寄った。
ウエストポーチから、小さい石を取り出し、地面に埋め込む。
一歩下がり、パン、と両手を合わせ、なにやらブツブツ口中で唱えた。
「・・・?」
カリストは少し離れた場所でそれを眺め・・・
ビビはしゃがみこみ、両手を地面に当てる。
パアッと両手から光が漏れ、地面に幾重にも広がるのは光の魔法陣。
カリストは目を見開いた。
魔法陣は一瞬輝き、そのままあっという間に消え去る。
「・・・なに?今の」
カリストが尋ねると、ビビはしゃがんだまま、カリストを振り仰ぐ。
「テレストーンの魔法陣ソロバージョンです」
「は?」
「うん、ちゃんと安定しているし、問題なさそう」
一人納得して立ち上がり、膝についた土をはらう。カリストは顔をしかめた。
「わかるように、説明してくれない?」
「あ、すみません」
ビビは苦笑いして指先で頬をかく。
「サルティーヌ様は、テレストーンはお持ちですよね?」
「・・・ああ」
「テレストーンは、一人につき一個。場所も自分のいる場所から、登録した場所までしか移動できません」
カリストは頷く。普通は、ダンジョンの入り口を登録して、一通り探索が終わったら一気に戻る。
「テレストーンは、使い続けていると魔力がなくなった時点でただの石になるし、一対一で効率がわるいので・・・」
ビビはポーチから、小振りの黒い石を取り出して、カリストに手渡す。
「これ、テレストーンの"転移"する回路だけコピーして、移行したやつです。これに、さっきの時空間移動を応用した魔法陣の核に埋め込んで、入口を登録したテレストーンの回路とつなぎ合わせて・・・」
ビビはカリストの手を引き、石を埋め込んだ地面に立つ。
パアッと魔法陣が光を放ち・・・
「・・・え?」
カリストは、目を疑う。
広がる、深い森の木々の緑。
「なんで・・・?ダンジョンの入り口に戻っている?」
傍らのビビを見ると、ビビはにっこり微笑んだ。
「これ、半永久的なんですよ。今後、発動範囲と条件を加えていけば、魔法陣の範囲内で何人でも運べちゃいます。すごい便利だと思いませんか?」
カリストは驚きのあまり開いた口がふさがらなかった。
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