第69話 危険人物認定
「よそ見って、?」
よくわからないけど、イヴァーノ総長もお疲れなんだなぁ、今度ヒールを練りこんだお菓子でも差し入れようかなぁ・・・とその後ろ姿を見送るビビの横に立つ、カリスト。
ずれたフードを直すビビを、見下ろすようにする。
「・・・陛下と親しいの?」
「え?」
「触られるの嫌いって、言っていたくせに」
・・・?
なんだこの不機嫌オーラは。
「・・・さすがに、初対面でいきなりあれはないですよ?」
誰かさんと違って・・・と心の中で思いながら怪訝そうに答えると、カリストはそれを読み取ったのか、ばつが悪そうに目を反らした。
「なんか・・・疲れているときに、わたしにハグすると疲労回復するらしくて・・・ジェマが言い出したら、それを聞いた陛下からも、ハグされるようになってしまって」
ビビは、ハハハと力なく笑う。様子から不本意ではあるらしい。相手が相手だけに、拒否できないのか。
「いくらなんでも、無理な話だと思いませんか?回復薬扱いすぎて、効能が身体に染み付いているわけじゃあるまいし」
でも、アドリアーナも効くって言っていたんだよなぁ・・・とここら辺の真意はビビにもよくわからなかった。
「ふうん」
ふいに伸びたカリストの手が、ビビの腕を捕える。
「あのさ」
「・・・はい?」
「抱きしめさせて」
言って、そのままビビの背に腕をまわし、ゆっくりと抱き締めるカリスト。
ふわり、とビビの髪からだろうか?甘い花の香りがする。思いの外、華奢な肩に驚いた。ゆったりとした上着を着ているから、わからなかったが。その身体はすっぽりと腕の中におさまるくらい小さい。
ああ、確かに・・・この身体は抱き心地よい。
もっと直に肌で感じたい。
「・・・さっ、サルティーヌ、さま?」
ビビは完全に固まっている。
「うん・・・もう、少しこのまま」
さらに、ぎゅうと腕に力を入れ、甘い匂いのする髪に顔を埋めるが・・・
「ちょっと、ビビになにすんのー!!」
ジェマの怒声が響き、ものすごい勢いで、引き剥がされた。
ビビを背後に隠し、鬼の形相でジェマはカリストに剣を向け構える。
「あんたね!取り巻きのバカ女だけじゃ飽きたらず、ビビまで食おうってわけ?許さないわよ!」
「じ、ジェマ!違うから!」
ビビが慌ててジェマの腕にしがみつく。
カリストは彼特有の冷めた目で、ジェマを見返す。
「・・・食ってないし。ってか、俺ちゃんと断ったけど」
ほんと?とキッ、とジェマに咎めるような視線を向けられ、ビビは飛び上がった。ぶんぶん頭を振り、無実無関係冤罪であることを必死でアピールする。
「違う、違う!許可はしていません!」
ビビは真っ赤になって言った。
「ほんと、わたし・・・駄目なんです。言いましたよね?だから・・・こんなこと、もう、しないでくださいっ」
「・・・なんで?」
カリストは顔をしかめる。
「なんで、って」
本気で納得がいかない表情のカリストに、ビビは言葉が続かない。
「ジェマや陛下が良くて。なんで俺が駄目なの?」
「あ、ん、た!だからでしょ!いい加減察しろや、このボケ!」
キレる寸前のジェマに、ビビは慌てる。
「や、いいから、ジェマ」
ジェマの腕にしがみつき、行こう、と促すと。
ジェマはカリストに一瞥を送る。
「よく聞け、フェロモン垂れ流しの色男!ビビに今後無体な真似したら、この私が!許さないからな!」
ビシッ!と音が出そうな勢いで指を突きつけ、鼻息荒くジェマが怒鳴った。
****
「カリスト、お前な」
後ろから、デリックがポン、と肩を叩く。
「いくらなんでも、いきなりすぎだろ。順序踏めよ、逃げられるぞ?ありゃ」
「いきなりすぎ?」
何が?とデリックを見返すカリスト。
「何が・・・って」
本気で?の顔のカリストに、デリックは二の句が繋げない。
「ビビは普通の、お前の取り巻きとは違うってこと。ジェマにも言われたろ?」
助け船を出す、同僚のオーガスト・キャンベル。
「違うって、俺はあいつらに近寄ったことも、ハグしたこともないんだけど?」
怪訝そうなカリストに、オーガストはそうじゃなくて、と苦笑い。
「ビビはワケあり?で、成人する前から今までずっと一人で旅していたから、他人に触れられるの苦手らしい」
「へぇ、」
「この国にも一年滞在って決めているらしいし・・・あまり俺たちとも必要以上に関わりあいたくないのかもな。自分語りもしないし、聞いてもはぐらかされるんだよ」
「詳しいな」
ピュウ、と口笛を鳴らすデリックにオーガストはまあね、飲み友だし?と軽く肩をすくめる。
「アドリーから聞いた。あと、この前一緒にダンジョン潜ったから」
「・・・え?」
無言だったカリストが反応を返す。
おっと、とオーガストは両手を上げた。
「言っておくが・・・最初はアドリーに声かけてきたんだぜ?その時、俺はたまたまアドリーと組んでいたから」
って、なんで俺こんな必死に言い訳しているんだ?とオーガストは思う。それくらい無意識なのか、カリストから噴き出した不機嫌オーラは半端なかった。
ダンジョンは魔物、魔獣、魔銃機兵が運びっているため、武術職に就いていない一般国民・・・ましてや旅人は基本立ち入り禁止だった。ビビは出入りの許されている、騎士団の中でも顔見知りの面々に声をかけて、同行を依頼しているらしい。
どうりで、短期間でこんなに騎士団の同僚に馴染んでいるはずだ、と納得するカリスト。
「・・・ダンジョンで何やってんだ?」
「さぁ?植物とか、素材集めらしいけど」
考えてみたら・・・北の"廃墟の森"のダンジョンなどカイザルック魔術師団の人間が立ち入ることは、滅多にない。
「ま、とにかくだな。気を引きたいなら、いきなり手を出すより、探索に誘った方が効果あるよ、って話」
「・・・」
再び黙り混むカリストに、デリックとオーガストは顔を見合わせる。
「・・・なぁ」
「うん?」
「・・・俺、はじめて見るかも」
「うん。・・・こりゃ、いよいよコイツにも・・・春が来たのか?」
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