第68話 改めていざ、勝負

 翌日の夕刻。


 ガドル王城の騎士団専用の錬兵場に響く、剣の重なりあう音。


 「いっけー!ビビ!やっちまえ!」

 ジェマが叫ぶ。


 今日は試合が休みで、闘技場と錬兵場は1日解放されている。めいめい自主トレを終わらせた、近衛兵や騎士団員の面々は、錬兵場中央、ただならぬ迫力ある剣のぶつかり合う音にパラパラ集まってきて。

 そこで、意外な2名が実戦さながら打ち合っているのに、度肝を抜く。


 一人は誰もが目指すハーキュレーズ王宮騎士団。中でも精鋭と呼ばれる第三騎士団の副隊長、カリスト・サルティーヌ。

 一人は旅人風情ながら、互角に打ち合っている。ここ最近、近衛兵と騎士団でも噂にあがっている人物。ビビ・ランドバルド。


「まったく・・・」

 

 はーっ、とため息を落とすイヴァーノ。

 「自重しろ、と言ったはずなんだがな」

 言いながら、楽しそうに二人の打ち合いを眺める。

 「まぁ・・・昨日みたいに殺気だっていない、極めて健全な手合わせだから、大丈夫じゃないですか?」

 隣で苦笑するのは、優秀な助手アドリアーナ。


 「いや、カイザルック魔術師団の面倒くさいじーさんがうるさいんだ。ビビにカリストを近づけると」

 まるで、年頃の娘をもつ親父だな、とイヴァーノは肩で笑う。

 「はぁ・・・」


 キィン!


 剣先がぶつかり合い、ビビはそのまま手首をくるっ、と返すと、剣の柄を持ちかえる。

 シャッ、と下から上へ繰り出される剣先。

 「・・・っ、そうくる!」

 ギリギリでかわし、身を翻すカリスト。

 翻しざまに剣を振り落とした。

 その剣先に脚をかけ、振り上げられた反動で後ろへ飛びすさり着地するビビ。ふわり、とまったく体重を感じさせないその身の軽さに、どよめきがおきる。

 思わずイヴァーノはピュウと口笛を吹いた。


 「お前、武人より舞踊家の方が向いているんじゃないの?」

 

 ヒュン、と空で剣先を振り、カリストは言った。あれだけ激しく動いているのに、息すら切らしていない。

 

 「踊りも得意ですよ」

 

 それに、武人じゃないし。

 ビビも身を正し、ジャキン、と剣を構える。


 再び激突する、カリストとビビ。


 *

 

 「おーやってる、やってる」

 後ろから声が聞こえ、振り返ると、にこにこしながらやってきたのが・・・

 「・・・ソルティア陛下」


 ガドル王国国王、ソルティア・ デル・アレクサンドル。

 昨年即位したばかりの、若き王である。

 即位する前は、牧場でヴェスタ農業管理会の一員として働いていたせいか、庶民派で人気が高い。

 ガドル王国の王族の血筋は、本来神族と尊ばれ・・・国王ともなればそう簡単には、姿を拝むことは許されない存在、とされている。

 だが、このソルティア・デル・アレクサンドルという男は・・・あまりに国民に対し気安すぎて、あちらこちらに神出鬼没して騒ぎを起こし。ベロイア評議会の重鎮から色々お小言言われているらしいが、本人は至ってマイペース。

 本人は飄々としてあまり表には出さないが、実はああ見えて、持つ魔力は歴代王の中で最強ではないかと、剣の師匠でもあるイヴァーノは感じている。


 「念のためお聞きしますが、お付きの従者はどうなさいました?」

 イヴァーノが頭を押さえて尋ねる。

 「うん?まいちゃった」

 へへっ、と笑うソルティア陛下。

 

 「ちょうど仕事が一段落して、休憩しようと思ったら・・・いい音聞こえてくるじゃない?」

 いや、ぜったい噂を聞いて抜け出して来たでしょ、という突っ込みは入れないでおく。

 と、いうのは・・・イヴァーノとソルティア陛下は、剣の師弟関係でもあり、常日頃仕事をサボる共犯者でもあったからだ。

 この二人のコンビは史上最悪、というのは、毎回振り回されて被害を被っている助手であるアドリアーナと、口うるさい長老達の緩衝材にされている魔術師団師団長リュディガー・ブラウンの共通の認識でもある。


 「いやぁ、楽しそうに打ち合っているなぁ。妬けちゃうね」

 ソルティア陛下はガンガン打ち合う二人を眺めながら、イヴァーノを見上げる。

 「・・・陛下、あの」

 「ビビちゃんに、温室のお手伝いお願いしようかと思ったんだけど。これじゃ無理かな?」

 温室は、王家の人間のみ出入りできる神聖な場所で、イヴァーノですら数えるほどしか入室を許可されたことがない。


 「ビビを気に入って、目をかけるのは構いませんが。あまりベロイア評議会の爺連中を蔑ろになさいませんよう。フォローが大変だと、リュディガーが嘆いていましたよ」

 「わかっているよーでも、あの子が手入れすると植物の元気さが違うんだよね」

 多分、それはビビのもつ、神獣ユグドラシルの加護の力なのだろう。


 昨日、リュディガーは取り急ぎ、ソルティア陛下に事の顛末を報告したところ、陛下は難色を示すどころか、

 さすが僕のビビ!やったね!と大喜びだったとか。


 僕の、ってなんだ??


 さすが王となる人間ともなると、器がでかいというよりも・・・やっぱりどこかずれている、と思わんでもないが。これもソルティア陛下の良いところなのだろう。彼ならば、ビビを無碍に扱うことはしないだろう、とリュディガーはホッと胸を撫でおろしたと聞く。


 「あー、僕がもう少し若かったらなー。いや、僕には愛する妻と息子がいるからなぁ、もっとビビがちっちゃかったら、養女にするんだけど」

 ・・・本気か冗談か、読めない。


 そうこうしている間に、手合わせは終わったようだ。

 ビビはイヴァーノの隣のソルティア陛下の姿に気づいて、慌てたように礼をとった。

 

 「やぁ、頑張っているね」

 「へ、陛下、こここ、こんにちは」

 剣を持つ時とは、まるで別人のビビに、陛下は吹き出した。

 「そんな緊張しないでよ。他人みたいで傷つくなぁ」

 (いや、他人だろ)

 周囲の人間が一斉に突っ込みを入れる。


 「こ、このたびは、わたしの状況を把握されつつも、多大なるご厚情を賜り・・・」

 「いや、いいんだよ。君は僕の大切な家族の一人だと思っているから。なんならほんとの家族になってもらっても」

 「は?」

 「息子が・・・バートルミーがね、今年ちょうど六歳でビビちゃんより十歳下だけど、まぁ成人する頃には良い案配になると思うんだよね」


 ・・・本気だったんかい。


 イヴァーノは本気で頭を抱えたくなってきた。ビビはきょとん?として、にこにこの陛下とイヴァーノを見比べている。

 と、そこへ

 

 「へ、陛下!」

 バタバタと建物の向こうから、城の家臣らしき人間が数人現れる。

 「おお!こちらにおられましたか?!」

 「勝手に出歩かぬよう、再三申し上げて・・・」

 「あ、見つかった」

 陛下は苦笑いし、ビビの頭をなでる。

 「じゃ、続きは今度。僕行くね」

 言って腕を伸ばし、ぎゅうっとビビを抱き締める。


 「「「「・・・???!!!」」」」


 周囲は一瞬にして固まった。

 

 「あー、癒される~充電終了」

 「お仕事、頑張ってくださいね」

 ポンポン、と陛下の背を叩くビビ。動じていないのは、常日頃のスキンシップの一環だからなのか。

 「はーい。じゃあね、みんな邪魔したねー」

 ビビを離し、ついに頭を抱えてしまったイヴァーノと、あんぐり口を開けて呆けている一同をみわたし、


 「・・・カリスト第三騎士団副隊長も、またね」

 一人だけ無表情でこちらを見据えている、蒼い目に、へらり、と笑いかける。

 後ろ手を振りながら、ギャーギャー騒ぐ家臣の方へ歩いて行った。

 

 「・・・」

 はぁっ、とため息をつき、頭をかくイヴァーノ。

 「全く、なに拗らせているんだ、あの人は」

 ビビはイヴァーノを見上げた。

 珍しい。天上天下唯我独尊のイヴァーノ総長が、本気で疲れているなんて、はじめて見るかも?

 

 「イヴァーノ・・・総長?」

 「お前、あんまりよそ見すんじゃねぇぞ?」

 「は?」

 ますますわからず、首を傾げるビビに、イヴァーノはフードの中のビビの髪に手を差し入れ、くしゃりとする。疲れたように肩を落とし、苦笑するアドリアーナを伴い城の中へ戻って行った。

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