第67話 勝てる気がしない

 夕日の射し込むガドル王城。

 騎士団専用の練兵場で、カリストは一人居残って、ひたすら剣を振っていた。

 剣が空を切るたび、汗が飛び散り、夕日の赤に映える。

 腕や肩も限界がきていたが、動きが止まることはなかった。


 素振り一万回


 昨日の夕刻、ビビと手合わせ・・・とは名ばかり。かなり真剣駄々漏れの打ち合いをしてしまい、しかも相手は一般人の旅人で女性であり・・・副隊長あるまじきとイヴァーノに雷を落とされ。罰として課せられてしまった。

 でもカリスト自身悶々としていたので、この無心で剣を振り、自分と向きあい冷静になることは、正直有り難かった。


 「・・・」


 ーーーーなんだったんだろう。あの、手合わせは。


 昨日の出来事が、チラチラ脳裏を横切る。

 深い緑の目が、金色に変化し。自分の動きが一寸漏らさず記録されているような、不思議な感覚。

 ビビのもつ加護のスキルだ、とあの後イヴァーノに言われた。

 自身加護を持たないカリストは、加護のスキルについて詳しくは知らなかったが・・・ビビの持つその加護は・・・どうやら規格外、らしく表沙汰にできないそうだ。

 なのであの時居合わせた者はもちろん、関わったカリストも含め、厳重なかん口令が敷かれた。


 最近、騎士団の中で噂になりつつも、詳細が語られることはなかった、カイザルック魔術師団が保護したという旅人の娘は、どうやら色々裏でやらかしているらしい?のは想像できた。そして、それらが故意に隠蔽されていることも。

 今回のケースを含め、誤魔化された感が強かったが・・・信頼しているイヴァーノ総長が語らないなら、こちらも無理して聞き出すことはしない。


 「とりあえず、現状どおりビビはカイザルック魔術師団の保護下となる。お前も思うことはあるだろうが、今後はあまり関わらないように」

 とは言うものの、ビビはすでに近衛兵の面々からはじまり、騎士団でも話題にのぼっている。中には、アドリアーナやジェマなど、ダンジョンに同行させている人間もいる。


 言葉では、関わるな、と言いつつ。イヴァーノは騎士団の人間がビビと懇ろになるのは、反対はしていないようだった。総長自身、ビビを気に入っているのは、見ていてわかる。


 ふう、と息をはき。カリストは練習用の剣を台に戻す。

 ポタポタと落ちる汗を拭い、タオルで髪を乱暴に拭く。ふと、気配を感じて顔をあげると。

 少し離れた柵の向こうに、見慣れた人影が。

 「・・・ランドバルド?」

 目が合うと、ビビはペコッと頭をさげた。


 ・・・こっちから関わらなければ、いいんだよな。

 相手が勝手に近づいてきたんだし。

 

 と、真面目に思考をめぐらせていると、ビビは柵をよじ登って、トコトコとカリストの方へ歩いてくる。

 相変わらず、フードをすっぽり被って、表情は見えない。


 「・・・あの、お疲れ様・・・です」

 しどろもどろに、ビビは言い、再度頭をさげる。

 「・・・あ、うん」

 手合わせの時はあんなに凛として堂々としていたのに、人が変わったようにしおらしいというか、挙動不審でまるっきり覇気がないのに、カリストは戸惑う。


 「昨日は・・・すみませんでした」

 「・・・いや」

 罰として素振り一万回やらされていたことは、黙っておく。

 ビビは手に持っていた袋を差し出した。

 「?」

 「これ、回復薬のヒール草を改良したやつです。疲れ、とれると思うので」

 カリストは目を見開く。ビビはうつむいたまま、袋を持つ手は震えていた。


 何だろう?ものすごく距離を置かれている、というか警戒されているというか・・・

 同じ年頃の娘には、毎回目が合っただけで騒がれてつきまとわれ、辟易していたから。

 この真逆とも言える、どう見ても無理に頑張って近づいてきました、でもお願いそれ以上近づかないで!感なビビに、どう対応してよいか悩む。


 思えば昨日の手合わせで、一瞬でも本気になってしまった。殺気すら隠さなかったあの一撃に。怖がらせてしまった可能性はある。

 震えるビビに、ちょっと申し訳ない気分になってしまった。


 「・・・くれるの?」

 「自己満足で申し訳ないんですけど・・・」

 ビビは頷く。

 カリストは手を伸ばし、袋を受けとる。開けてみると、小さな茶色の小瓶が3つ。

 ひとつを取り出し、蓋を開ける。ふわり、とハーブの香りが鼻をついた。くいっとそのまま口につけて飲み干す。

 

 「・・・え?」

 目の前で一気飲みされて、ビビは驚いて声をあげた。

 「なに?くれたんでしょ?」

 ペロッと唇を舐める仕草が色っぽくて、ビビは慌てて顔を反らした。

 「いや、その・・・疑いもなく飲むなんて」


 「へぇ・・・」

 

 カリストは息を吐く。

 一瞬身体が熱くなり・・・その後ふわり、と身体の中で風が巻き起こり。そしてそのまま渦を巻いて身体を抜けていく感覚に、目を瞬いた。

 気づけば。先ほどまで、疲労で鉛をつけたように重かった身体が、驚くほど軽くなっている。

 

 「・・・すごいな、これ」

 遠征で配布される、ヒールと呼ばれている回復薬と、桁違いの効果に驚く。

 「お前が調合したんだ?」

 「・・・はい」

 誉められて嬉しかったのか、ビビは肩をすくめ、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。初めて見るその笑顔に目を奪われる。

 フードを取って、ちゃんと顔を見たい・・・という衝動にかられたが。

 前回それで不興を被ったので、ぐっと我慢した。


 「市販化する予定はないので、皆さんには内緒でお願いします」

 「わかった」

 カリストは頷き、脇の革ポケットに残りの2本を仕舞う。大きさもちゃんと合わせているのか、ぴったりはまった。

 「ありがとう」

 カリストに礼を言われて、ビビは慌てたように手を振ってみせる。

 「いえ!お詫びですから!礼には及びません」

 「俺も・・・大人気なかったから」

 カリストは顔をあげ、改めてビビを見る。

 フードから見える、深い緑の瞳を見ていると、何故か心がざわついた。


 「また、手合わせしたい」

 気づいたら言葉に出ていた。


 関わってはいけない、と思いつつも。


 「・・・」

 ビビは困ったように、眉を下げた。

 

 惹き付けられる、その瞳に。


 「・・・迷惑かけちゃいますから」

 「なんで?」

 「イヴァーノ総長から、お聞きでしょう?わたし、無意識に加護のスキル使って、相手の太刀筋とか・・・分析してしまうんです。だから、本当の実力じゃないんです。偉そうなこと言いながら・・・邪道ですよね。皆さんの努力に比べたら」

 だから、あんな大口たたいたことが、恥ずかしくて。

 と、うつむくビビを見下ろし、カリストは首を傾げる。


 「ある力を使って、何が悪いわけ?」

 「・・・え?」

 「俺にはないけど・・・加護って与えられた神のギフトなんだろ?そのスキルを使いこなすのも、鍛錬あってこそ。それも実力のうち、お前の力なんじゃないの?」

 ビビは、ぽかんと口を開けてカリストを見返す。

 「なんだよ。俺、変なこと言った?」

 「い、いえ・・・」

 ビビは慌てたように目をそらす。

 「・・・そんなふうに、考えたことなかったので」


 ふうん、とカリストは腰に剣をさす。王宮騎士団の副隊長でありながら、飾り気のないシンプルな剣。それを眺めながら、ビビはいつかカリストの剣も・・・錬成できたらな、と思った。


 「じゃあ、明日の夕刻一に、ここで」

 

 明日は試合ないから、と言われて、ビビはびっくりして顔をあげる。

 あげると、カリストの青い目と視線が合う。

 

 「俺は構わないから。お前が加護持ちだろうが、スキルで分析されようが。なら、俺はその上をいくまで」

 言って目を細め、不敵に微笑んでみせた。

 「・・・っ、」

 「お疲れさん」

 言うだけ言って歩き出すカリスト。

 その背中を見送り、呆然とするビビ。


 駄目だ・・・

 

 悔しいけど。やっぱりカリストには勝てる気がしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る