第66話 信じること

 ビビはガドル王城を出て、途中テレストーンを使い、まっすぐカイザルック魔術師会館へと向かう。

 陽はすでに暮れて、あたりは暗くなっていたが、魔術師会館の最奥にあるジャンルカの研究室には明かりが灯っていた。

 ビビはそっとドアを開ける。


 「きゅぴぴ!」

 白い物体が、ぴょんぴょん跳ねて向かってきた。

 そのボディーの色は、みるみるうちにブルーに変化していく。


 「ラヴィー!」


 ビビは駆け寄り、そのプルプルした柔らかい体を抱き締めた。ラヴィーは、短い手を精一杯伸ばして、流れるビビの涙をペタペタ触る。

 ビビは座り込んで、ラヴィーを抱き締めたまま暫く動けずにいた。


 「戻ったか」


 頭上から声が聞こえて、顔をあげると。

 月明かりを背にしている、ジャンルカの姿が。膝をおり、ビビと目線の高さを合わせる。

 ビビはしゃくりあげながら、ジャンルカを見返す。

 ジャンルカは、困ったように息を落とし、流れ続ける涙をハンカチでそっと拭った。

 

 「こんなに泣いて・・・涙でぐしゃぐしゃだな」

 ビビは赤くなり、目を瞬く。慌てて目を袖で擦ろうとするのを、伸びたジャンルカの手がそっと咎めるように重ねられた。

 ハンカチを手渡し、ジャンルカは立ち上がり、奥の作業場へ。

 ラヴィーを伴い、その後に続くビビ。


 いつもの長椅子にビビとラヴィーを座らせ、お茶の入ったカップを手渡すジャンルカ。

 「・・・すみません」

 ビビは頭をさげた。

 「なにを、謝る?」

 「心配、おかけしました。あと・・・ご迷惑を」

 ジャンルカの顔が見られず、ビビは目を伏せる。

 

 「せっかく保護していただいたのに。それを仇で返すような真似を・・・してしまいました」

 「謝ることではない」

 ジャンルカの静かな声が響く。

 「お前が自身と向き合う、よい機会だったと・・・俺は思っている」

 ビビは顔をあげた。

 

 「ジャンルカ師匠は・・・わたしの加護・・・ご存知だったんですか?」

 ジャンルカはわずかに目を細め、ビビを見つめる。


 「お前が何かしらの加護に護られているのは・・・感じていた。"神獣ユグドラシルの加護"と確信したのは、意識を失ったお前の手に溢れた光が・・・神獣のもたらす"聖なる創生の光"そのものだった」

 「聖なる・・・創生の光・・・?」

 「それは、地上のものすべてを癒し浄化し再生させる、生命の光、と云われている」


 ガドル王国年間行事である収穫祭、龍神祭、銀月祭、そして一年を締めくくる降誕祭。そのどの祭にも神獣ユグドラシルは信仰されている女神ノルンの御使いとして登場する。そして女神ノルンの代わりに人々に"聖なる創生の光"をもたらす、と云われている。そして女神の祝福が色濃い年ほど、その力は強いのだと。


 ビビは手をジャンルカに差しのべ、ゆっくり開く。

 パアッと金の光が弾け、手のひらに現れる金の光を放つ緑の石 。

 「・・・神獣ユグドラシルの魔石だな」

 ジャンルカは呟く。

 「神獣ユグドラシルの魔石について調べれば・・・おのずとその加護を受けた人間の史実も出てくる。加護の力も、・・・その人間の特徴や名前も」

 だがその人間が、まさかガドル王国の"龍騎士の始祖"オリエ・ランドバルドと繋がるとは、さすかのジャンルカも予想外だったのだろう。


 「そしてお前の召喚した魔銃が"龍騎士の銃"だと知り・・・すべてが繋がった」

 ビビは顔をあげ、ジャンルカを見返す。見返し・・・かつて神獣ユグドラシルの加護を受けた人間が、聖女オリエ・ランドバルドであることも、自分と縁のあることも理解していて。そして、リュディガーに進言したのもジャンルカであると理解した。


 ジャンルカは知ったのだ。

 ビビが二人のオリエ・ランドバルドの加護と力を引き継いでいることを。

 ならば。

 

 「師匠は・・・」

 ビビはうつむく。

 「わたしの加護の力が・・・いえ、わたしの存在が、この国の悪しき存在になると、お考えですか?」

 過去、その力で世界を戦禍に巻き込んだ、聖女オリエ・ランドバルドのように。


 ジャンルカは黙ってビビを見つめる。ビビの身体は震えていた。


 「思わない」


 はっきりとジャンルカは答える。

 「むしろ、問題は・・・それほどの加護とスキルを持ちながら、なにも知らぬこと。お前はもっと学ばなければならない」

 「ジャンルカ師匠・・・」

 髪を撫でる手がビビの頬に落ち、長い指が両頬を包み込む。そのまま引き寄せられた。

 「・・・っ、」

 

 間近で見る、ジャンルカの目は。

 最初見たときは、鋭くて冷たくて怖かったが・・・今見ると、波ひとつたたない水面のように静かで。真冬の明るい月の光のよう。

 綺麗すぎて・・・吸い込まれそうだ。

 

 「ビビ」

 

 ジャンルカの声は低いがよく通る。耳に心地よく響く。

 「は、はい・・・」

 「お前の加護の力は・・・人を不幸にも、幸福にもできる。だが担うお前自身、心を強く持たなければ・・・加護の力に押し潰され己を見失う」

 「・・・」

 「学べ。そして、選べ。自分がどうあるかを。そのために・・・俺はお前に俺の持つ知識の全てを教える」


 生きるために。

 次に繋げる未来のために、諦めずに、最後までもがけ、と。

 ビビはジャンルカの強さを秘めた金色の瞳を、ただただ見返すしかできない。


 「・・・ここにいて・・・いいんですか?」

 漸く発したビビの声は震えていた。

 ジャンルカは僅かに目元を和らげ

 「お前は、俺の弟子だろう?弟子の不出来は・・・師である、俺の責任だからな」


 ビビは笑った。笑った拍子に、再び涙が零れ落ちる。

 「・・・はい!」

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