第28話 噂の旅人の娘《イヴァーノ視点》②

 結局リュディガーから何も聞き出せないまま別れ、イレーネ市場へと向かう。

 途中、市場を警備中の部下たちがいたので、声をかけた。

 最近、近衛兵の格好をした集団が強盗をする事件が多発していて、国民からは、はやく捕らえて解決するよう、無言の重圧が半端ない。

 中でも《闇ギルド》と呼ばれる犯罪組織は、若い娘を拉致して薬漬けにして、他国に売り飛ばす・・・など残虐非道な事件まで起こしている。特に入国してきたばかりの、後ろ盾のいない若い旅人の女性が狙われやすく、騎士団総出で警戒態勢をとっていた。

 そういえば、カイザルック魔術師団に保護された娘も、入国早々いきなり行方不明になり、ベティーが大騒ぎしていたのを思い出す。結局は、魔術師団の転移の魔法陣に巻き込まれて、例のヘム・ホルツと共にダンジョンに飛ばされた、と公表されたが。なんとなく引っかかる・・・。


 ふと、なにかの気配を感じて足を止めた。

 「総長?どうしました?」

 「・・・シッ」

 片手をあげ、神経を研ぎ澄ます。どこかで乱闘している気配がした。

 「こっちだ」

 剣をさげ、走り出すと、それを近衛騎士数名が慌てて追いかけてくる。

 

 わずかながら、魔力の流れを感じる。あまりなじみのない、でも異質なこの流れは・・・?


 「総長!」

 部下の声にハッとする。

 狭い路地に、男が泡をふいて気絶している。一見、近衛兵のような風体だったが、明らかに偽者とわかる。

 

 「・・・すごいですね。利き腕の骨と神経が断裁しています。これじゃもう剣はにぎれませんね」

 「攻撃魔術か?それにしては、魔法陣の跡がない」

 検証している部下の興奮気味に騒ぐ声を聞きながら、気絶している男を見下ろす。地面が激しく掘り起こされているのを見る限り、多分素手で関節技をかけたのだと推測した。それにしても、こんな巨体相手に、相手はどれだけ大男なのか。


 ガウン!


 遠くで聞こえる銃声に、ハッと顔をあげた。続けざまに数発鳴り響く。

 音からして、狙いは外れたようだが。

 「行くぞ!」

 身を翻し、再び走り出す。

 銃声が近づくにつれ、無意識に心臓が高ぶるのがわかった。

 だんだん強くなってくる、異質な気配。

 強い敵を前にした高揚感にぶるっ、と武者震いをし、壁に身を潜めた。後ろの部下たちに合図して、気配を消すよう指示する。


 キラッと何かが光った。

 「おそーい!」

 まだ若い女の声。


 ドカーン!


「ぐはあッ!」

「げふッ!」

 次の瞬間、巨体の男二人がまるでボールのように飛んできて、目の前の壁に激突、そのまま壁を貫通していく。

 ガラガラと石壁が崩れ、ごろんごろんと勢いが止まらないまま、巨体は転がりそのまま動かなくなった。

 もくもくと砂塵があがり、パラパラと土壁が剝がれて落ちる音が響く。


 「・・・??!!」


 ふわり、と小柄な影が地面に降り立った。

 こちらに背を向けているので、表情はわからなかったが、フードがとれて、赤い髪がさらりと背を流れる。


 女・・・?


 「てっ・・・抵抗は、しねえ・・・」

 完全に白旗をあげている男に、鮮やかな赤い髪の女は、すこし首を傾げる仕草をした。

 手にした銃をくるり、と器用に手のひらの上で回し、チャキ、と構える。


 「うん。でも、殺気は消えてないんだよね、あなた」


 女はそのまま握った銃を躊躇なく、目の前に座り込んだ男に向けた。


 まずい、


 無意識に地面を蹴っていた。


 *


 結局、近衛兵を装って拉致誘拐未遂を起こした連中は、リーダー格一名除いては意識不明のまま拘束された。

 過剰防衛の可能性が強かったが・・・連中が城下の人々にやらかした犯罪の重さに比べたら、これくらい許されても良い気がする。

 実際、連中を連行している時、それを見た市場の人々は、喝采をあげていたから。

 これでなんとか体裁も保てそうだ。


 「離してくださいってば!買い物まだおわっていないんです!ベティーさんに怒られる~~~!」

 

 担いだ肩でばたばた暴れる娘を、ちらりと見る。

 決して体格は良いほうでなく、どちらかというと、ほっそりと小柄な部類だ。

 この体躯で、どうやってあんな大男を蹴り飛ばしたり、関節技かけたりできるのだろう?

 しかも、自分と交える時に見せた、あの鮮やかなスキルさばきは充分戦闘に通用するレベルだ。


 こいつ、一体何者だ?

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