第27話 噂の旅人の娘《イヴァーノ視点》①

  最近、カイザルック魔術師団が妙に浮きだっている。


 なんでも、先日ほぼ無傷であの甲殻魔銃機兵を回収し、今まで未知であった核回路を解析したという。

 これで、魔銃士が使う魔銃のカートリッジの魔力補充が飛躍的に進歩するらしく。師団長リュディガー・ブラウンや、担当のジャンルカ・ブライトマンは魔術師学会やベロイア評議会への報告で多忙らしい。


 あと、リュディガーから報告のあがった、カイザルック魔術師団で保護したという、旅人の娘。

 ベルド遺跡でさ迷っていたところを、ジャンルカに保護され、そのまま魔術師会館で働いているらしい。

 驚くべきは・・・あの生態不明生物であるヘム・ホルツと契約して、意思の疎通もはかれるとか。


 「報告は以上です」


 ガドル王城一角にある、石造りのベロイア評議会の議員講堂。

評議会代表の面々が集まり、定期的に開かれる会合で、カイザルック魔術師団師団長リュディガー・ブラウンは報告を終える。


 「ご苦労様」

 昨年戴冠したばかりのソルティア・デル・アレクサンドル陛下はにっこり笑う。

 「甲殻魔銃機兵の件は、あと報告するのは魔術師学会のみかな?それはジャンルカ氏が担当するのかな。宜しく頼むよ」

 「御意」

 リュディガーは頭をさげる。

 「あと、魔術師団で保護した女の子ね」

 ソルティア陛下は上座へ置かれた王座に座り、少し身を乗り出すようにする。

 「ヘム・ホルツと契約して意思の疎通もできるんでしょ?僕、聞いたことなくて。会ってみたいなぁ~ほら、城にもヘム・ホルツが2匹住み着いているし」


 ガドル王城には名無しのヘム・ホルツ(そもそも、ヘム・ホルツに名前があるなど認識はなかった)が2匹いる。住み着いた・・・というより、ある日突然ソルティア陛下が2匹脇に抱えて"スカウトしてきちゃった♡"と、まるで捨て猫を拾ってきた子供のようなノリで連れて帰ったのだ。

 いや、あの時のヘム・ホルツの不機嫌な様子から、捕獲された、という表現が正しいのかもしれない。

 最初は不本意に拉致されたヘム・ホルツだったが、王室の食事や温室の花が殊の外お気に召したらしく。そのまま陛下のペットの座に居座り現在に至る。そのヘム・ホルツが自ら主従契約をし、意思の疎通もはかれる、というのだから、保護した旅人の娘に興味を持つのは至極自然なことのように思われたのだが。


 「・・・陛下がご希望でしたら、そのうち」

 言いかけたリュディガーの後ろで、ベロイア評議会の重鎮が口々に反発する。

 「陛下!どこの馬の骨がわからん旅人の娘に、気をかけるなんていけません!」

 「そうです、いつ陛下につけいるかわかりませんぞ!」

 まぁ・・・普通そうだよな、と思う。ソルティア陛下はとにかく、誰に対しても気安すぎるのだ。

 リュディガーが苦笑いしながら、適当に重鎮をあしらっているのを見ながら、こいつも苦労人だなぁ、と思った。


 ※


 「ブラウン師団長、カサノバス総長、はいこれ」


 ベロイア評議会が終わり、リュディガーと挨拶をかわしていると、後ろから陛下が声をかけてきた。

 振り返ると、陛下が腕に花束を抱えている。特殊な結界が張られた王家の温室でしか咲かない、貴重な南国の花たちだ。

 

 「・・・え?陛下?」

 「たまには、愛する奥方たちに花束でも贈りなよ。ちょっと規格より小さくて、出荷できない花たちで、申し訳ないんだけど」

 受けとると、陛下は笑う。

 「鬼の総長に花束、なんてなかなか興味深い絵ズラじゃない?」

 「面白がっていますね、陛下。俺だって妻に花束くらい贈りますよ」

 妻は大の花好きだ。気を使ってくれる陛下に素直に感謝した。


 一方、隣で受け取ったリュディガーは花束をじっと見つめ、ふと

 「陛下、申し訳ありませんが・・・これより小さいので構わないんですが、もうひとついただけませんか?」

 「ん?いいよ?ちょっと待っていてね」

 リュディガーが陛下にお願いするのは、珍しい。誰に贈るのだろうか?思わず、小さめの花束を受けとるリュディガーを眺める。

 「あ、そっか。ビビちゃん、だっけ?保護した娘さん」

 陛下に聞かれリュディガーは、ええ、まぁ・・・と苦笑い。

 「花が似合うんですよ」

 目を細めてリュディガーは言った。



 もともとカイザルック魔術師団と、ハーキュレーズ王宮騎士団の折り合いは昔から良くない。

 毎年、トーナメント方式で翌年の配属が決められる実力主義の王宮騎士団とは違い、魔術師団はひたすらダンジョンや遺跡を探索して、討伐や採集の実績のポイントで査定される。

 集団で魔獣や魔人を討伐する王宮騎士団に対し、魔術師団は基本単独行動。王国の【剣】として、陛下に忠誠を誓い、命をささげる騎士団に対し、【知恵】の魔術師団は世の真理の解明に生涯を捧げている。すべてにおいて、真逆だった。


 団員同士はいがみ合っていても、最高責任者のリュディガーとは飲み仲間である。歳は20歳以上離れてはいたが、お互い集団を統率する者同士、苦労も共感することが多く。憂鬱な月一度のベロイア評議会のあとは、お互い労う意味も兼ねて、酒場で一杯やるのが習慣になっていた。

 

 「その、保護したビビ?って娘、実際どうなんだ?」

 聞けば、リュディガーは顔をしかめる。

 「なんだ、お前さんまで興味持っちゃったの?」

 駄目だからね、とリュディガーは言う。

 何がだ?

 「あれは・・・あのジャンルカ氏のお気に入りだからね。まぁ、保護するって決めたのはそれだけじゃないけど」

 「・・・俺にロリコンの趣味はない」

 16歳っていったら、俺の娘とそう変わらないじゃないか。って、ジャンルカ氏は・・・同じ歳の息子がいるんじゃ・・・

 心中を読んだのか

 「邪推するんじゃないよ」

 リュディガーに呆れたように言われてしまった。


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