第26話 イレーネ市場にて②鬼の総長登場

 「いい反応だ」


 いつの間にか背後をとられていたのを、不覚にも気づかなかった。

 殺気に似たものは、どうやらこの男からのようで。

 逆光でわからないが、かなり背が高い。


 「あっ、あ・・・」

 先ほどまで対峙していた男は座り込んだまま、ぶるぶる震えている。ビビに対して、というより、いきなり現れた男に対して、のようだった。

 自分に対しての殺意を感じなかったので、ビビは銃口を下ろす。その瞬間


 「甘いな」


 男の声とともに、銃を持つ手首に衝撃が。

 激痛が走り、銃が手から弾け飛ぶ。


 「・・・ッチ!」


 瞬時空いた方の手をつき、身を翻すビビ。


 「逃がさん!」


 男が地面を蹴ると同時に、壁を蹴り、くるりと身体をひねって、そのまま男の背後へ踵落としを見舞う。が、男の腕によって阻まれ、除けられる反動で跳ねとんだ。

 ばふっ、と砂塵が舞い上がり、視界を悪くする。


 「・・・いって!」

 この固い感触は、手甲?この人、本物の騎士団か?

 重い甲冑の音と、近衛兵まがいの男の反応からして、あながち間違っていないかも。

 ああ、もう!面倒くさい!

 ごろんと転がりながら、指先で魔法陣をかく。


 「身体強化スキル、"防御3"、"攻撃3"!」

 「なに・・・っ?!」

 同時に突き上げた手に、なじんだ魔銃の感触と重みが。


 ギィン!


 ビビは魔銃で剣先を受け流した。火花が散り、衝撃で手がビリビリしびれる。

 うわ!ほぼマックスまで防御上げたのに、この衝撃・・・まじか!

 魔銃が手に現れ、またさらに一撃をこらえたビビに、男が驚いたように息を飲むのが気配でわかった。その一瞬の隙をついて、身体のバネを使い蹴りを一発お見舞いする。


 「おかえし!くらえ!」


 「ぐっ・・・」


 ぐらり、と上身を傾けさせながらも、男はすぐさま体勢を整える。

 チャキッと構えた剣の刀身が、太陽の光を弾いて煌めく。

 

 うそ、こらえたよ。この人!先ほどの男なんて吹っ飛んでいったのに??

 ビビは息を飲む。

 まだ戦闘するには、攻撃付与のレベルが追いついていないのだろうか?いや、違う。

 ビリビリ痺れるような強い覇気を正面から受けて、ビビは舌打ちした。

 この男、かなり強い魔力持ちだ。やばい、まともにやりあっても、今の自分には多分勝ち目はない。


 落ち着け、

 落ち着いて考えろ。


 反動で後ろに弾けとび、片足で踏ん張って重心をささえるが、こらえきれず二度、三度バウンドする。

 四度目のバウンドで踏ん張り重心を低くして、上身を支えた。ザザザザ!と背後に砂塵が舞い上がる。

キラリ、と男の構える剣が光を弾き、ビビは身構え、震える手を叱咤し、魔銃を持ち直した。


 来る!


 ギャキン!

 シャキッ!


 空気を裂く音と、火花が散り。


 ビビは魔銃の銃口を、男の眉間へ。

 男は、剣先をまっすぐビビの喉元へ。


 「・・・」

 「・・・」


 しん、と静まり返る路地裏。

 砂塵がおさまり、漸く目がなれてきて、ビビは男の顔を見て息を飲んだ。


 「・・・い、イヴァーノ総長・・・?」


 イヴァーノ・カサノバス

 オリエのハーキュレーズ王宮騎士団時代、上官にあたる人物だ。

 戦神セトの加護持ちで、強くて、本当に強くて、最後まで裏技アイテムを使わないと勝てなかった。

サーッと血の気が引いていくのがわかった。


 「・・・ほう?」


 イヴァーノは、独特の不敵な笑みを浮かべる。凄みを増す赤い目がビビをまっすぐ捕え、ビビの背中に冷たいものが流れていく。

 やばい。これは・・・絶対逆らっちゃいけない人間だ。


 「旅人風情が、俺の名を知っているとは」

 「ご、ご無礼しました」

 ビビは慌て、銃口をさげる。降参を主張するように、両手をあげて抵抗する気がないことを、必死でアピールする。

 イヴァーノは、なんだ?終わりかつまらん、と身を正し剣を腰に戻す。

 意外にあっさりと戦闘は終わりを告げ、ビビはへたり込みそうになるのをこらえるので精いっぱいだった。

 今になって、汗が噴き出してくる。


 た、助かった・・・


 「不穏な気配ただ漏れで来てみれば」

 イヴァーノは腰を抜かして震えあがっている、男に目をやる。ギロリと一瞥され、失神寸前のようだ。

 「見ない顔だな」

 「・・・近衛兵の方々では?」

 ビビが首をかしげると

 「仲間の顔は全員把握している。こいつらは・・・そうか」

 イヴァーノはうなずき、いつの間にかまた背後に控える騎士団数名に、目で指示を出す。

 鎧姿の男たちは敬礼し、近衛兵・・・ではない?男どもを連行していった。


 「・・・」

 ビビはそれらを見送り、傍らに立つ男を見上げた。やっぱりでかい・・・フードをかぶっていても、ビビの頭は男の肩まですら届かない。

 灰色の髪をオールバックにして、後ろで1つに束ね、浅黒い肌に彫りの深い横顔。全身から放たれる強い覇気に、普通の人間なら縮こまってしまうに違いない。

 鬼の総長、と言われるだけあるな、とビビは思う。

 

 「・・・あの」

 「なんだ?」

 「わたしは・・・お咎めなしで良いですか?」

 「なにか、したのか?」

 イヴァーノは片眉をあげる。

 「あえて申し上げれば。旅人の分際で国民に手をあげました。あと、イヴァーノ総長にも」

 「あいつらは前科ものだ。あれくらい、かまわん」

 「・・・さいでございますか」

 

 では、と頭を下げて立ち去ろうとしたビビは、次の瞬間には首根っこを捕まれていた。

 フードがしまり、ぐえっ、と色気のない声があがる。

 「咎めはしないが、俺に対する無礼とあれば話は別だ」

 言って、軽々とビビを肩に担ぎあげた。

 

 「何するんですか?正当防衛でしょー!人攫い!離せー!!」

 うわーん!と暴れるビビの努力も虚しく。ビビ、はじめてのおつかい・・・はこの瞬間失敗として終わりを告げたのだった。

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