第25話 イレーネ市場にて①乱闘
ビビはベティーに頼まれて、イレーネ市場へおつかいに来ていた。
「いや、全然規模違うわ。これ・・・」
GAMEでは数店舗しかなかった店が、通り沿いに軒並ずらっと。
露店も合わせたら・・・ショッピングモール並みの規模である。
食品卸のジャック・ランタンの建物はイレーネ市場に入ってすぐだと聞いていた。
ちょうど昼をまわったあたりで、市場は大勢の人で賑わっている。
層によって、国民服のデザインが違うのも、職業ごとに衣装がわかれているのも、GAME設定どおり。
初めてリアルで見る、ハーキュレーズ王宮騎士団の白銀の鎧と鮮やかなコバルトブルーのマント。
GAME画面で見た時は、格好いいと思っていたが・・・実際目にするとほぼ全身を覆う鎧は、ゴツくて重そうだった。身動きするたびにガシャガシャと重苦しい金属のこすれ合う音が聞こえる。
見たところ、スキル?を発動させて身体にかかる重さや、体温などの負荷の調整をしているようだが、あの見目のゴツさと漏れる金属音は、ダンジョンでの討伐にはむかないなと思う。
対照的なのが、軽い革の鎧が傭兵を思わせるラフな団服の、ヴァルカン山岳兵団だ。
だが背中には槍や重そうな大斧を下げていて、男女違わず日に焼けた肌と筋肉隆々な体躯をしている。
そして、中でも目立つのが色鮮やかな、カイザルック魔術師団の赤のロングコートと黒のレザー姿の銃士たち。
港の堤防で釣りを勤しむのは、ヴェスタ農業管理会の男の人たちだ。
顔を薄いベール隠し、年齢不詳な独特な雰囲気を纏って市場を歩いている、ジュノー神殿に勤める神官や巫女もちらほら見える。
思わず目移りして、キョロキョロしてしまう。
カイザルック魔術師団で保護されてから1か月と少し。ずっとベティーロードの宿と魔術師会館の往復だったから、こうして王都の市場に一人で繰り出すのは初めてだった。
ビビと同じ旅人の装いをした人も、ちらほら見えるのに安堵する。
赤い髪は目立つので、ひとつに束ね、フードを深く被り直す。なるべく目立たないように人の間を縫ってジャック・ランタンの建物へ・・・のはずが。
「・・・迷った」
おかしい?市場入り口すぐって聞いていたのに。なんで、迷うんだろう?
辺りを見渡しながら、それらしき看板を探すも、なんかどんどん人気のない場所に入り込んでしまうような。
足を止め、仕方ないので来た道をもどろうか、と踵を返したところで。
「お嬢さん、迷子?」
背後から声をかけられ、振り返ると。近衛兵らしきたたずまいの男が数人、ビビを取り囲むように立っていた。
あらま・・・。
一瞬助かった、と思ったが・・・男たちの醸し出す不穏な雰囲気が、どうも見た目の職業のものと違うようで。これは、ひょっとして・・・?
「店を探しているんですが」
「へぇ・・・なんて店?」
「ジャック・ランタン食品卸売店」
男たちは一斉に吹き出した。
「そりゃ、てんで逆方向だよ、お嬢さん」
・・・解せぬ。
「そうですか。どうも、それじゃあ・・・」
立ち去ろうにも、男が目の前に立ちふさがる。
「まぁ、そう急がんでも」
「いえ、急いでいるんですが」
「せっかくだから送ってやるよ、俺たちと遊ばない?」
「結構です。手を離してもらえませんか?」
腕を捕まれ、ビビは男たちを睨みつける。なんだ、このシチュエーションは。ベタすぎるだろう。
フードをつかまれ、束ねた髪がほどける。
「へぇー珍しい髪の色、じゃん。こりゃ高値で売れそうだな」
ちょっと、待て。
顎を捕まれ、無理やり顔をあげさせられる。
「いいね、なかなかの別嬪さんだ」
あーもう、
ビビは思いきりため息を吐いた。
「ちゃんと離せ、と言いましたよ?これは正当防衛ですから」
「はぁ?なに言って・・・」
スパァン!
ビビの脚が、男の腿裏を蹴りあげ、男の巨体が宙を舞う。
ズダーン!
砂塵があがり、男は衝撃と痛みに声をあげた。間髪入れず、ビビは男の利き腕をとり、脚を絡ませる。思いっきり捻りあげた。
バキバキ!
「ぎゃああああ!腕が!腕があああ!」
激痛で転がる男に起き上がりざま踵落としを見舞い、駆け出すビビ。男は泡をふいて痙攣したまま気絶した。その腕が変な方向へひしゃげているのに、仲間の男たちは低い呻き声をあげて思わず半歩後退する。
反射的に身体が動いて反撃してしまった。とっさに加減できず、関節の神経を思い切り断裂してしまったようだ。過剰防衛になるのかな、これ・・・とビビは冷静に考える。
"命を取る必要はない。相手が戦意喪失すればいい。だから急所ではなく、相手の自由を奪うことを考えろ"
・・・誰だったっけ。ビビの、いやオリエの記憶の中にある、誰かが言った言葉が蘇る。
「こ、こいつ・・・!」
「やりやがったな!」
我に返った男たちが、怒声をあげてビビを追う。
だよねーこのまま見逃してはくれないか・・・
走りながらビビはため息をつく。
まさか平和で暮らしやすい国NO.1といわれるガドル王国で、誘拐まがいな目に遭うことになるとは。
人目につく場所へ出れば、武術団の誰かしらに会えるだろうと走るも。
方向音痴は絶好調で、どんどん路地は狭くなる。
ガゥン!
銃声が鳴り、ビビは反射的に横に飛び退く。
続けざまに数発。その一発がビビのフードをかすめる。
「ちっ、飛び道具持ちとは、運がわるい」
まぁ、下手くそだから当たらないけど。
ビビはふっ、と短く呼吸をひとつ。両手をパン、と重ねる。
人前で目立つスキルや魔術を使うことは禁じられているけど・・・緊急事態だから仕方ない。
パアッと地面に魔法陣が浮かび、それを踏んで前方の壁をぐん、と蹴った。
「・・・なにぃ?」
重力を無視して、壁と垂直に一直線にこちらに向かって走ってくるビビに、追いかけてきた男たちは、驚愕の表情を浮かべた。
「う、撃て・・・」
男が叫び、男があわてて銃を構えるも。
「おそーい!」
瞬時魔法陣を発動させ、ビビの身体がくるっと宙で回転して、男たちを追い越す。
男たちが慌てて振り返ると同時に、
ガウン!
男が持っていた銃が消え、一瞬のうちにビビの手中に収まる。銃口が火を噴き、至近距離で空になった男の手首にヒットした。
「ぎゃああああ!」
血が飛び散り、痛みにのたうち回る男の顎を蹴りあげ、倒れこむ身体を踏み台にし、続けざまに左右の男2人の首に跳び蹴りからの回し蹴りを炸裂。
「でえええーい!!」
バキッ!
ドカッ!
悲鳴をあげ、ふたつの巨体はゴムボールのように吹き飛び、通りの外壁に激突した。
そのまま土壁を貫通してゴロゴロと転がり、動かなくなった。
もくもくとあがる砂塵を背にすたん、と着地するビビ。手中の銃を手のひらでくるり、と1回転させた。
うーん、すごいわ。引き継いだオリエの戦闘能力スキル・・・考えなくても身体が勝手に動く。
素直にビビは感心する。
さすが龍騎士。ガドル王国の英雄。家庭を顧みず日々鍛錬していただけある。・・・これは反省すべきなんだけど。
「ばっ・・・化けもの」
残ったリーダー格風の男は、腰を抜かして残念なほどに震え、両手をあげている。
ビビは男に向き直り、手にした銃の銃口を向ける。
「てっ・・・抵抗は、しねぇ・・・」
「うん。でも、殺気は消えてないんだよね、あなた」
カチリ、
ビビはトリガーに指をかける。
脅すのが目的で、実際にトリガーを引くつもりはない。でも、この連中どうしようか・・・
この程度の雑魚なら、展開した魔法陣に気づくことはないだろうから、できたらこのままなかったことにして、立ち去りたいんだけど。
放置しておけば、そのうち騎士団が回収してくれるだろうか。
「ひいッ!」
男は低い悲鳴をあげた。
「・・・?!」
ビリッと全身が緊張で身体が強張る。
次の瞬間、ビビは背後に銃口を向けた。
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