第24話 ヴェスタ農業管理会

 カイザルック魔術師団に身を寄せるようになり、ビビは日々ジャンルカの指導の下、主に錬成や効果(おまじない)付与に勤しんでいた。

 以前の、甲殻魔銃機兵の核回路を解析、分析のような大がかりな仕事は、未だビビがこなすには負担になるらしく、あれから奥の部屋には入れてもらえなかった。

 そのかわり、先日リュディガー師団長が許可してくれたとおり、新しい錬成や効果付与の開発を任され。

 その初仕事が、オーロックス牛のマッサージブラシだった。


 *


 「さすがです。国民でもないどこぞの娘が派遣される、とブラウン師団長から連絡を受けておりました。提案によっては叩き返そうかと考えておりました」

 背後から拍手とともに物言いは丁寧ながら、聞き方によっては物騒な内容の声がかかり、振り返ると。

 「あ、組合長」

 言葉の纏う雰囲気の通り、神経質そうな男の目と視線が交わる。だが、その目は細められ、思いもよらず次の瞬間にはニコリとほほ笑まれた。

 「なんのなんの、見事なオーロックス牛の乳搾りの采配と、オーロックス牛の健康を考慮した解決案。すばらしい」

 「あの・・・?」

 「プラット・サルティーヌです」

 

 組合長、と呼ばれた壮年にさしかかった品の良い顔立ちの男は、後ろに相談役らしき数名をしたがえて立っていた。

 この顔には見覚えがある。先日オーロックス牛の乳搾量の件で、魔術師会館を訪れていた人だ。

 「ビビ・ランドバルドです」

 ビビは慌てて頭をさげる。


 サルティーヌって・・・


 ビビはプラット氏を見返す。

 父親のカリストと同じ姓だ。でも親戚にはヴェスタ農業管理会の人はいなかったような・・・?

 遠い縁者、だろうか。


 「これは、人間用には効果はないんですか?」

 相談役の一人が質問してきた。

 「ブラッシングするだけで、体内のバランスが保たれ、健康維持できるなら、人間向きに作ることも可能では?」

 もっともな疑問に、他の相談役数名も頷く。中には、オーロックス牛用だと言っているのに、腕まくりして自分の腕をマッサージし出す輩もちらほら。

 プラット氏に目線で促され、ビビは苦笑した。

 

 「あー、これはオーロックス牛専用ですから人間には効果ありませんよ。むしろ、あとからヒリヒリしてきますから、お止めになったほうが」

 言われて、腕まくり組は慌ててブラシをテーブルに戻す。

 「ご質問の、人間用のブラシですが・・・結論から言うと、研究次第で作るのは可能です」

 でも、とビビはブラシを手に取る。

 「わたしは、手がけるつもりはありません。"おまじない"の付与が人体の免疫細胞にどれだけ影響するか、わかりませんし。遺伝子の問題もありますし」

 いきなり意味不明な単語が飛び出して、一同の目が点になるのを、面白おかしく眺めながら、ビビはニッコリする。

 「牛たちは苦しくても、それを伝えることができません。だから、苦しくないよう、体内を整えてあげる必要があります。健康で、美味しい良質なミルクを作るために」

 現に、ここのオーロックス牛はどこかに病気を持っているわけではなかった。

 ただ・・・言うなれば。面倒をみる人間側に少々問題があるようで・・・まぁ、それはおいおいプラット組合長に報告して解決していくということで。


 「なんでもかんでも、薬や魔術に頼るのは危険なんです。人体もそうです。介入しすぎると、どんどんエスカレートしていくのも目に見えていますしね。オーロックス牛とは違い、人間にはすばらしい自然治癒力も備わっています。それを伸ばす方がいいんです」

 「・・・与えられた環境で、程よい加減で生きるのが良し、ということですかね?」

 プラット氏に問われて、ビビは笑う。

 「そのほうが面白いと思いますよ。極論、病気も怪我もしない、痛みも感じない身体を得ても、つまらないでしょ?」

 「ランドバルドさんは・・・16歳には見えないな」

 プラット氏はため息をつく。

 ビビはハッとして、あわててごまかすように咳払いをした。

 偉そうなことを言っていても、これら便利なスキルに関しては、所詮ビビも引き継いだ母親のスキルと、神獣ユグドラシルから与えられた加護の力の上に乗っかっているに過ぎない。それをチート能力だと驕り、見誤って自ら破滅していく人間にはなりたくない、とスキルを発動した日から、自分に言い聞かせていた。

 「いやいや、わたしだってただの人間ですよ。け、結局は普通に健康が一番なんです、きっと、そうです」


 *


 話し合いの結果、オーロックス牛用のマッサージブラシは、正式にカイザルック魔術師団へ発注されることになった。使い方になれるまでは、何日かに1回ビビが講師として、牧場にてレクチャーする方向で落ち着いた。


 「助かりました。色々ご指導いただき、感謝しております」

プラットは、最初会った時は"この小娘が"な威圧感が強かったが、いざ懐に入ってわかり合えれば、農業管理会のトップとは思えない気安い人物だった。

 「王宮騎士団や魔術師団、山岳兵団の武術集団と違って、華やかさはありませんが・・・国の食の要となる大事な組織です。私はこの仕事に誇りを持っているのです」

 プラットは言う。気難しさを漂わせながら、放牧されているオーロックス牛を眺めるまなざしは、どこまでも穏やかでやさしい。

 カイザルック魔術師団では苦手がられていたが・・・ビビはプラットのまとう雰囲気は嫌いじゃなかった。

 ちょっと頑固で、でも優しいお父さん、って感じだろうか?

 「納得です。この国は豊穣の神ヴェスタ様の恵みに溢れていますもの」

 ビビは目を細めて、牧場を渡る風に緑の草がさわさわ揺れて光るのを、眩しげに見つめる。

 

 「きっと農業管理会の方の働きに、ヴェスタ様は満足されているのでしょうね」

 「・・・あなたのような方が、農業管理会にいてくだされば良いのに」

 プラット氏は苦笑した。

 「私には息子がいるのですが、農業なんて嫌だと数年前に家を飛び出しましてね」

 「あらま」

 ビビは顔をしかめる。

 「勿体ない!こんないい環境で生まれて!土いじりに動物のお世話、最高じゃないですか!」

 近寄って来たオーロックス牛の角を撫で、ビビは頬を膨らませた。オーロックス牛は鳴きながら、甘えるように角をビビにすりつける。

 「すっかり、牛にも懐かれましたね」

 ビビはプラットに笑いかけた。

 よしよし、とオーロックス牛の額を指先でかいてやりながら、ふいと視線を広がる緑に向ける。

 

 「わたし・・・自分にできることは何かって、悩んでいたんです。ずっと」

 突然この世界に放り出されて。

 わけがわからないスキルだの加護をつけられて。

 リセットのきくGAMEではないからこそ、チートスキルだと驕りたくない。

 オリエの生きてきた時代をなぞっているからこそ、オリエとしてでなく、ビビとして生きていくためには、どうすればいいのか。

 この世界に転移して、1か月。運よくジャンルカの弟子として、カイザルック魔術師団で保護されて、日々学ぶ毎日は充実していたけれど。

 それでも、時折不安になるのだ。

 自分がビビとして生きる意味を。存在理由を。


 行き過ぎる風が、緩やかに頬を撫でていく。

 春の風も、まぶしい緑も。自然はやさしくビビを包み込む。その中に感じる神獣ユグドラシルの気配に、知らずビビの顔に笑みが浮かんだ。


 「生きているものは、好きです。生命に触れていると・・・安心する。今日は・・・ありがとうございました」

 振り返りほほ笑むビビに、それはよかった、とプラットも頷く。

 

 ーーーー不思議な娘だな、と思う。

 最初は緊張していたのか、おどおどしていたが・・・オーロックス牛の懐きようも驚くが、彼女を取り巻く空気・・・というのだろうか?神聖とも感じられるそれは、そばにいるだけで浄化されるような清らかさがある。

 現に隣で立っているだけで、心が穏やかになるような。

 この国に来たのは、偶然なのかもしれないが、できるだけ長くとどまってほしいと思った。

 「帰化した後の就職先はぜひヴェスタ農業管理会へ。私たちはいつでもあなたを歓迎しますよ」

 プラットに言われ、ビビは笑顔で返した。

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