第23話 オーロックス牧場

・・・ちょっと、待った。


 牧場に足を踏み入れたビビは、目の前のオーロックス牛全数の視線を受け、足を止めた。


 「え?なんでみんなこっち向いているの?」


 ビビの後ろに立つ、ここまで案内してくれた農業管理者の男が慌てて後退する。

 ジリジリと、黒い毛むくじゃらの塊が一斉にこちらに向かって移動を開始する。

 尻尾を激しくパシパシ振っているが、図体が大きいので動きが鈍い。闘牛のように威嚇しているわけではないのは、見てとれたが。

 いつもはてんでバラバラな動きをする、自由奔放なオーロックス牛が一斉に同じ動きをするのは、ある意味ホラーに見える。


 なぜ、牛がわたしに向かって来る?


 ビビは試しに、牛小屋に移動をしてみる。

 オーロックス牛も一斉に小屋へ向かう。

 逆方向に移動してみる。

 やはり、オーロックス牛もその後に続く。でも動きが・・・かなりスローだ。


 ・・・なんか、面白いかも?


 モーモー、前世で知る牛のように鳴いて、黒いつぶらな瞳がすごく嬉しそうに見えるのは、何故だろう?


 ついに囲まれて、ビビは恐る恐る目の前のオーロックス牛に手を伸ばす。

 うん、ちょっと毛の長い牛とバッファロー足した感じ?毛質はちょっと固いから、毛皮には不向きだな。


 「なんか、オーロックス牛に好かれていますねぇ」

 おっかなびっくり、といった口調で、農業管理者の男は後ろから折りたたみ椅子と手桶を差し入れる。

 

 「乳搾りの説明しますね」

 言って、折りたたみの前に腰をおとし、指先を器用に使って乳を搾ってみせる。

 ん?と思いながらも、目の前のオーロックス牛が"搾って、搾って!"と目をキラキラさせていたので、ならばと

ビビも椅子をひろげ、腰をおとすと。目の前に垂れ下がる乳を手にとり、見よう見真似で・・・


 ドバーッ!


 「うわっ!」


 まるでホースから水が出るように、勢いよくミルクが落ちる。


 「え?」


 これには隣で乳を搾る農業管理者も、目を見張った。


 「上手いですね・・・って、ちょっとマジで?」


 オーロックス牛は首と尾っぽをフリフリ、ノリノリでミルク放出!って感じで、あっという間に手桶は一杯になる。


 「なんであなたが搾ると、そんなに出がいいんですかね?」


 「なんでって・・・なんでしょう?」


 ビビも自分の手をまじまじと眺める。実は乳搾りに関しては、ゴットハンドなのか、自分。

 もしくは、乳搾りの新たなスキル発動?・・・なわけないか。

 

 乳を搾り終えたオーロックス牛は、スッキリしたように体を揺すりながら小屋へ戻っていく。

 後ろに控えたオーロックス牛が、ビビの背を額で軽く押してくる。

 "次は我だ!はやく搾れ!"

 と、言われているようで。

 「あー、はいはい」

 ビビは新しい手桶をうけとり、乳搾りを再開する。


 農業管理者の乳搾りが、

 ジョーッ、ジョーッ、なら


 ビビの乳搾りは

 ドバーッ、ドバーッ、って差で。

 あっという間に、手桶は満タンに。


 「ああもう、間に合わないから!ちょっと人呼んでくるよ!」


 そう言いながらチーズ小屋に走って行く男の後ろ姿を見送り、すみません、と恐縮しながらも首を傾げる。


 ・・・ってか、オーロックス牛の乳搾量、減っていたんじゃなかったの??


 *


 「・・・と、いうわけで。全数の乳搾り、完了しました」


 1日かかっても終わらない100頭を越えるオーロックスの乳搾りは、半日でほぼビビ一人で終了した。

 しかも、何故かオーロックス牛は並んで順番待ちをし、終わったら小屋に戻っていく。

 お陰で、その間にいつもは彼らに邪魔されて、なかなか出来なかった牧場の糞の回収も一気にできて、農業管理者たちは一石二鳥と喜んでいた。


 だが。今日ビビが牧場を訪れたのは、乳搾りの手伝いではない。

 最近オーロックス牛の乳の出が良くないと、ヴェスタ農業管理会からカイザルック魔術師団へ相談をもちかけているところに、たまたまビビがいて。薬や魔術を用いるよりも、オーロックス牛に負担のないリンパマッサージ用のブラシの提案をしたところ、それが仮採用になり。試作品を届けに来ただけなのに。

 

 何故、こうなった?


 「いやぁ~すみません。てっきり乳搾りのバイトで来ている方だと勘違いしちゃって」

 農業管理会の男は頭をかきながら、申し訳なさそうに頭をさげる。

 まぁ、旅人姿だから・・・日銭を稼いでいると思われても仕方ないのか。

 「いえいえ、お役にたてたならなによりです」

 一方、ビビはビビで、ちゃんと予定外にお駄賃ゲットできたので、渡りに船である。

 しばし、農業管理会の責任者数名と雑談をしたあと、本題である、マッサージブラシを手渡した。


 「オーロックス牛の乳腺のリンパはここを流れています」

 オーロックス牛一頭に協力をあおぎ、ビビはブラシ片手に説明する。

 「で、ここの・・・この部分から後ろ足に向けて、こうシャッシャッと・・・」

 尻尾をぐるぐる回し、気持ち良さそうに鳴くオーロックス牛。

 

 「そして、ここからここまでを、こちら面のイボイボのある部分を押しつけるようにして・・・」

 ぐりぐりっ

 モモーッ!(最高~っ!)歓喜の雄叫びのような声をあげるオーロックス牛。

 少し離れた場所で、他のオーロックス牛が目をキラキラさせながら羨ましそうにこちらを伺っている。

 「へぇええ~」

 めいめいブラシを手に取り、管理責任者らは感心したような声をあげる。

 「このブラシには、ちょこっとしたおまじないが付与されています。人体には影響ありませんから、ご心配なく」

 地肌から血流をよくして、毛並みを整え、体内のバランスを維持する効果がある。

 「薬や魔法を使って、乳の出を良くするのは簡単ですが、根本のオーロックス牛が健康体でないと、負担は逆に倍増するんです。病気に対する免疫も落ちますし・・・だから、愛情かけて←ここが重要!たくさんブラッシングandツボ押ししてあげてくださいね!きっと数日で効果は出てくると思いますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る