第22話 規格外認定
「ヴィンターが来ていたんだって?」
数刻後、再びリュディガー師団長に呼ばれて師団長の居室に向かうと、待っていました、とばかりに先程のクッキーとお茶を所望された。
カイザルック魔術師団のトップで、攻撃魔術では右に出る者がいない、と言われている初老の男は、思いもよらず甘党で。ビビが即興で焼いたクッキーをいたくお気に召したようだ。
「せっかく出してくれたのに、プラット氏に・・・ああ、さっきのお客ね?に、美味いってほとんど食べられた。最初は半信半疑だったくせに。これ、商品化できないか?まで言い出す始末だよ。こっちの仕事を増やすなってーの。まいったまいった」
口をもぐもぐいわせながら、リュディガーは不満そうに言う。
お客、と聞いて、気難しい顔をして座っていた、ヴェスタ農業管理会の男を思い出し、ビビは目を瞬く。その雰囲気から、クッキーを喜んで食べるようには見えなかったが。
人は見た目によらないのね、と苦笑していると。リュディガーはお皿からクッキーを一枚手に取り、ビビを見た。
「ところでこれ、魔力練り込んでいるよね?」
「あ、はい。ヒール草ですが・・・付加を倍増させて・・・」
一連の作業を説明する。
「なるほどね。まぁ、理屈ではわかっていても、実際やるとなるとリスクが大きいよね。発想といい、規格外のビビならでは、なのかな」
感心したように、リュディガーはお茶を飲む。
「わたしならでは、ですか?」
ビビは首を傾げる。最近、規格外と良く言われるが、そんな難しいことをやっている自覚がない。
魔術はまだ初心者レベルとはいえ、魔法陣を同時に3つも発動する人間は、カイザルック魔術師団でもビビくらいらしい。
魔法陣は実際、前世で職にしていたプログラミングによく似ている。
回路を分解して意図に合わせて組み直すのは、楽しい。
そんなビビを、リュディガーは笑う。
「あとね、ビビが討伐隊にお茶を差し入れてくれるでしょう?そのせいか、皆体調がいいみたいだよ?」
最近、薬草の効能を調べるのにハマっていて、ブレンドしたり薬草の効果を分解してその一部を抽出したりして、体調にあった薬草茶を希望者に処方していている。噂を聞いた、第一魔術師団の討伐部隊に依頼されて、差し入れたばかりだった。
薬草の効果の一部を抽出して、それに効果倍増の付与をかける、など・・・最初聞いたとき、第三魔術師団の研究員は半信半疑だったが、実際結果を目の当たりにして、今では色々薬草を提供してくれる。
実際ビビは表向きジャンルカの弟子、ということになっているが。
このビビの好奇心から始まった、薬草の分解と再錬成は、医療を担う第三魔術師団に大きく貢献していた。
ジャンルカ不在時には、ちょくちょく研究室を訪れビビにアドヴァイスを求める研究員も少なくない、と聞いている。
ビビも目を輝かせて、喜々としてそれらを請け負って期待以上の結果を出すため、今では誰もがビビを娘のように可愛がり、協力を惜しまない。
カイザルック魔術師団で保護して1か月あまり。
この旅人の娘がすっかり魔術師団に馴染んでいることに、リュディガーは満足げに微笑みビビの頭を撫でた。
少しくせのある赤い髪は、やわらかで手触りがいい。ついつい触れたくなってしまうのが不思議だ。
「いえ・・・皆さんのお役に立てて嬉しいです」
・・・実のところ、リュディガーや日々疲労の色濃い第一魔術師団のメンバーを実験台にしている、なんてさすがに言えないけど・・・えへへ、とビビははにかんだ笑みを浮かべる。
ファビエンヌは、気づいているのか・・・ビビの出すお茶には手をつけないことが多い。
「・・・この効能を無味無臭の調味料にして、一般の料理に使えるようにしたらどうか、って思ったんですけど」
そうしたら、ヒール草だって最後まで無駄なく使えるし、疲労回復にも効果がある。一朝一夕ではないかと。
先ほど思いついたことをリュディガーに言うと、リュディガーは苦笑した。
発想は評価するんだけどね、と前置きをしてから。
「まず、こんな規格外な錬成を難なくこなすのは、ビビくらいだと思うよ?」
ここでも出てきた、規格外。
「次にそんなのが世の中に出ようものなら・・・ヴェスタ農業管理会が黙っていないだろうし、商人がこぞって金儲けの商売にしそうだし。関連する食文化の物流にも、影響は出るだろうね」
「げ」
「ビビだって、部屋に閉じ込められて一日錬成させられるんだよ?お前さんしかできないからね」
前言撤回。
この錬成は魔術師会館で作るまかない料理限定にしよう。プリザーブドフラワー同様、世に出たら非常に面倒臭いことになるのは必須のようだ。
リュディガーは顔面蒼白となったビビの頭を撫でながら、目を細めた。
「でも俺は、そのビビの発想に期待している。可能な限りは、形にしていってやりたいと思っている。まぁ、何かあったらジャンルカやファビにまず相談しなさい。これからも頑張っていろいろ学んでいくようにね」
やさしく諭され、ビビはその目を見返し・・・頷いた。
*
「そういえば・・・その、ヴェスタ農業管理会の方、なにか師団長にご相談でも?」
話題を変えると、リュディガーは組んだ指先に顎を乗せ、小さくため息をついた。
「オーロックス牛の乳搾量が減っているらしくてね・・・」
「ああ・・・」
キッチンで聞いた話題を思い浮かべながら、ビビはうなずく。
「過去何回か魔術師を派遣して調べさせたんだけど、飼い葉に使う牧草の質も量も例年通りだし、特にオーロックス牛に病気らしきものはないと報告されているし、なにが原因なのかわからないんだよねぇ」
ふう、とリュディガーは疲れたように、眉間を指先で揉むようにする。
「薬を使えば依存性が心配だし、魔術を使えば定期的にやらなければならないし、いまカイザルックにそれだけこなす余力はないし。あー魔術を万能扱いするの、やめてほしいんだよなぁ」
ビビはリュディガーの背後に回ると、肩に手を乗せた。
「ん?なに?」
「マッサージ、しますよ。師団長、お疲れのようですから」
ビビが言うと、リュディガーは首を傾げる。この世界には、マッサージ、というものがないのだろうか?
「まあまあ、力抜いてくださいな」
ビビは指先を集中させ、ゆっくりと肩をほぐしていく。
「うわ・・・なにこれ、気持ちいい」
思わずリュディガーから声があがる。だが、驚いたのはビビも同様で。
「・・・師団長、すごい血流が滞っています」
目を閉じスキルを発動すると、瞼の裏にリュディガーの気と血の流れが浮かんだ。
指先でほぐしながら、リンパの流れに沿って強弱つけながらマッサージ。
体内の気の流れを視ることは、ジャンルカから学んだばかりだった。
しかし、ジャンルカ師匠って、そう考えればほんとオールラウンダーなんだよな・・・
魔銃の達人であり、一戦は退いてはいるが、実力はいまだ第一魔術師団のトップクラス。
ハイレベルの"鑑定""解析"の加護のスキル持ちで、今は日々魔法陣や魔術の研究をしている。
そもそも、カイザルック魔術師団を3つの魔術団に編成しなおしたのは、ジャンルカだとリュディガー師団長に聞いた。各個人の向き不向きを的確に"鑑定"して、能力を最大限生かせるように各魔術団に配置したという。
最初はかなり反発もあったらしく、未だ一匹狼で変り者扱いされているけど・・・今の魔術師団の功績の基盤を作ったのはジャンルカである、と認められ。こうして専用の研究室を設けたり、国民でないどこの骨かわからぬ娘をいきなり弟子にしたりしても、咎められることはないのだろう。
最近、研究室にいないことが多いが、時間を作ってはビビに色々教えてくれる。
覚えておいて損はない、とジャンルカが医学的観点でビビ教えたのが、"鑑定"のスキルのひとつである、"体内を巡る気"すなわち、リンパの透視である。これがここで、しかもマッサージに役立つとは。
ふと、ビビは目を開いた。
「そっか・・・リンパ、か」
呟いた言葉に、リュディガーは顔をあげる。
「?なんか言った?」
「薬も魔力も使わない方法があるかも」
ビビは後ろからリュディガーをのぞきこむようにして、笑いかけた。
「明日、牧場に行ってきて良いですか?」
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