第21話 師匠の息子

 ヴィンターは、去年成人になりたての16歳。ビビとは同じ歳、らしい。

 魔術師会館にいる面々は皆壮年(30歳~)を過ぎた、ナイスミドルな人たちばかりだったので、同じ年ごろの異性と会話する機会はほとんどない。しかも師匠であるジャンルカの息子とは。

 

 とりあえず、粗相のないように奥の部屋に案内し、クッキーとお茶を出す。

 「魔術師会館に、ヘム・ホルツが住み着いたって聞いたから、見てみたいな、ってのもあったんだけど・・・」

 お茶を飲みながら、ヴィンターは言う。ラヴィーはすっかりヴィンターに懐いて、膝の上に乗ってゴロゴロしている。気のせいか・・・ボディーの色がピンクになっているような。嬉しいのかな?

 

 「あの父が弟子をとったって聞いて、しかも俺と同じ歳の女の子だっていうし。あんたにも会ってみたかったんだよね」

 「はぁ」

 ジャンルカと比べると、ずいぶん砕けた人だな、と思う。ジャンルカが絵に書いたような優等生なら、彼の持つ雰囲気は粗削りで野性的だ。

 父親であるジャンルカとは、あまり似ていないなぁと思っていると、その視線に察したのか、俺は母親似なんだと苦笑された。

そして、母親は数年前に亡くなっていることも。

 「母が死んでから・・・引きこもりに拍車がかかって、ますます老け込んだから心配だったけど・・・あんたが来てくれて助かったよ」

 「ふ、老け込んだって・・・」

 ヴィンターの容赦ない父親に対する評価に、ビビは目を瞬く。見かけによらず毒舌らしい。


 そういえば・・・と、ビビはオリエの記憶を掘り起こす。

 出会った当時、確かにジャンルカには同じ魔銃士の妻がいた。

 名前は確か・・・ベアトリス・ブライトマン。綺麗な響きの名前だったから憶えている。

 でもオリエが数年越しで念願のカイザルック魔術師団に入団した時は、ジャンルカは旧市街で一人暮らしだった。と、いうことは・・・その間に妻は亡くなり、ヴィンターは結婚して家を出ていたと思われる。

 

 ヴィンターはどうやら一人っ子で、子だくさんな家庭が多いイメージのガドル王国の家族構成からすると、珍しいケースと言えよう。ジャンルカとの年齢差からすると、晩婚だったんだろうか。

 ここでも、以前オリエでPLAYしたGAMEの流れとは違う道筋になっているな、と考え込むビビにヴィンターが首を傾げた。


 「父さんは喋らないだろ?間が持たなくない?」

 「いえ・・・」

 ビビは首を振る。

 「沈黙を共有できて、逆に嬉しいです」

 至極真面目に答えたビビの言葉に、ヴィンターは驚いたような顔をした。

 「変わっているな」

 「そうですか?」

 「父と同じ空間にいて平気なのは、ファビとブラウン師団長くらいしか思いつかない」

 「師匠には・・・色々教えていただいていますから」

 大事な師匠を貶されて、ちょっと気分を害したのが顔に出ていたのだろう。ヴィンターは可笑しそうに肩をすくめた。

 「父を宜しくね。あんたとは、うまくやっていけそうだし?」

 「ビビ、です」

 とうとう頬を膨らませたビビに、ヴィンターは吹き出した。ごめん、ごめん、と謝りながら立ち上がる。

 

 「じゃ、俺は約束あるから」

 言ってクッキーをつまむ。

 「これ、美味いな。あんたが焼いたんだろ?少し貰っていきたいんだけど、駄目かな?今から人に会うんだけど、お菓子好きな子だからお土産にしたい」

 ビビは目を瞬き、ヴィンターを見返す。お菓子好きな子・・・って。

 「えっと・・・女性?恋人?」

 「うん、まあそんなとこ」


 恥じらうことなく、堂々とにっこり笑う、師匠の面影が見え隠れする顔を眺め・・・

 自分と同じ歳なのに生意気な、とか。リア充爆発しろ、とか心の中で呟いていたのは内緒だ。


 *


 「じゃあ、ちょうど良いのが・・・」

 

 ビビはクッキーを手のひらサイズの缶に詰めると、リボンで結ぶ。花の蕾をプリザーブドフラワーにした飾りを添えて手渡した。

 「こんな感じで良いですか?」

 「へぇ~何これ」

 目ざとくプリザーブドフラワーにした小さな花の蕾に触れ、ヴィンターは尋ねる。

 「そっか、この国にはプリザーブドフラワーって加工はしないんですね」

 ビビはテーブルに飾られた生花を一本抜き取る。

 「簡単にいうと植物の水分を一定量残して抜いたもの、なんです。繊細な魔力コントロールが必要ですから、今のところ量産はできませんが・・・」

 言いながら、花をテーブルに置き手のひらを掲げる。ポウッと花を小さな魔法陣が包み込む。

 みるみるうちに生花の花弁が固まり、ひとまわり小さくなる。ヴィンターは目を見開いた。

 「へぇ・・・」

 「ただ乾燥させたドライフラワーと違って、花弁の色もそのまま残るし、こうして外側に加工をすると」

 別の魔法陣が浮かび上がり、花弁を照らす。全体へ更に品質維持のコーティングを施し、完成。

 

 ビビはリボンを巻き、ヴィンターに手渡した。

 「湿気には弱いんですが、長期保存ができるんです。綺麗でしょう?まぁ、生花の綺麗さには敵いませんけど」

 これも良かったらどーぞ、とビビはにっこり笑った。

 「王室や、ヴェスタ農業管理会が喜びそうなネタだな。これ、ここ以外では披露しないほうがいいと思う。師団長や父の仕事が増えることになる」

 「それは・・・不本意なので、肝に命じます」

 うっ、と言葉に詰まるビビに、ヴィンターは笑った。ビビから花を受けとると、もう片手でビビの頭を軽く撫でる。

 「ありがとう。きっと喜ぶよ」

 「ちょ・・・わたし、あなたと同じ歳なんですけど!」

 なぜ同じ歳の男子にさえ子供扱いされるのだろう。しかもお決まりのように頭を撫ででくる?解せぬ。

 

 うっかりヴィンターには披露してしまったが・・・ビビは魔術師団に保護されている身なので、魔術師会館内でも、ジャンルカや第二第三魔術師団のメンバーがいる所以外では、魔術は使わない、スキルを見せないことを義務づけられている。

 どうやら、ビビのもつスキルと発想は、かなり規格外らしいのだ。

 やばい、と慌てるビビを察して、事情を知っているのか「お菓子のお礼に内緒にしておく」とヴィンターは笑っていた。

 

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