第20話 疲労回復クッキー

コン、コン。


 「ビビです。お茶をお持ちしました」

 「はいよ」


 部屋から聞こえる優しい声に、ホッとする。

 「失礼します」

 扉を開けて中に入ると、中央の客用テーブルに座る、リュディガー師団長と・・・


 あ、この装いって・・・?


 リュディガーの真向かいに座る初老の男性。

 サーモンピンクのゆったりしたジャンバーに、白い綿シャツ。濃いブラウンのズボンと革のブーツ姿。


 「久しぶりだね。元気にしていた?」

 リュディガーはビビを見て微笑む。

 「あ、はい。お帰りなさいませ、リュディガー師団長」

 慌てて頭をさげ、お茶を運ぶ。

 「なんかいい匂いがすると思ったら、それかぁ」

 テーブルに置かれたクッキーを見て、リュディガーの顔が綻ぶ。甘いもの好きというのは、本当らしい。

 「キッチンお借りして・・・魔力のコントロールの練習がてら作ってみました。お口に合えば良いのですが」

 お茶を入れて添えながら、ビビは言う。

 リュディガーはどれどれ?と1枚口に運ぶ。咀嚼して、びっくりしたように目を瞬いた。

 「・・・美味い。・・・あれ?これって・・・」


 「師団長?」

 目の前に座っている男が、訝しげにリュディガーを見やる。リュディガーは、ああ、と頷いて

 「失礼」

 ビビに目で合図を送る。

 ビビは立ち上がり頭をさげた。

 「失礼します」

 部屋を出ていくビビに、リュディガーはありがとう、と声をかけた。


 ※

 

 「ブラウン師団長のお客様?ああ、ヴェスタ農業管理会だね」


 キッチンに戻ると、先程お茶を頼んできた人がいたので、尋ねてみるとそう返答が返ってきた。

 

 ヴェスタ農業管理会は、王国の居食住の要になる組織で、傘下には城下の商業ギルドや職人ギルドを中心に、市場・農場・農園・建築・運送・・・と幅広くこれらの経営も管理している。

 ある程度役職が上位にならないと、給料が増えない武術職と比べ、ヴェスタ農業管理会は就職するだけで、一般国民の倍以上稼げた。

 GAMEではオリエもガドル王国に帰化した翌年には、ヴェスタ農業管理会に就職し、数年働いて・・・お金を貯めるのにハマっていた時期もあった。

 ダンジョンで敵を倒しまくり、落としていくアイテムや種を集め、畑で育てて市場で高値で売りさばいたり、珍しい魚を釣りまくって、市場で高値で・・・以下同文。増えていく資産、金儲けって楽しい!一時は国王に次ぐ王国お金持ちランキングに名を連ねていた。

 普通ならオリエから引き継ぐ際、お金もそのままビビに引き継がれるはずなのに。残念ながらSTART時同様、初期に戻されていた。


 ・・・今の自分はすっかり日銭稼ぎの旅人。せちがらいな、と思う。


 「牧場のオーロックス(牛)の乳搾量が減っているから、師団長へ相談に来たみたい」

 「何でもかんでも、魔術や薬に頼る傾向があるんだよねぇ。農業管理会って・・・」

 「この前も、スペルト麦の害虫をどうにかしてくれって来ていたし」

 丁度休憩時間なのか、キッチンにはクッキーの焼ける匂いに誘われて、調薬室に籠っていた研究員が集まり、談笑していた。

 「それより、これビビが焼いたの?」

 「あ、はい」

 「チョコブロックとココの実がゴロゴロしていて、美味しい!」

 「疲労回復効果もあるんでしょ?」

 「あ、わかります?」

 「なんか食べると頭と身体がスッキリする気がする」

 即興で焼いたドロップクッキーはなかなか好評のようである。


 ビビは別途確保していたクッキーと、お茶の缶を持って、キッチンを出ると、そのままジャンルカの研究室へ向かった。

 ジャンルカはベロイア評議会経由で魔術師学会へ呼び出され、朝から不在だった。

 ベロイア評議会とは、武術組織、商業組織、農業組織のトップ、国王の世話役でもあるバンクスと呼ばれる長老で形成されている。国王の独裁を防止するため、国の政治や法律などの決め事は、必ずこのベロイア評議会で議論され採決されることから、まさに国家の中枢的存在と言ってもいい。魔術師学会は、その配下で魔術や魔具の開発の情報交換に特化した組織である。

 人嫌いな師匠のことだから、きっと戻る頃には疲れているだろう。クッキーと、それにあう疲労回復のお茶を調合しようと思っていた。


 *


 「・・・ん?」

 誰も居ないはずの研究室に、人の気配がする。ジャンルカが戻って来たのだろうか?


 「へぇ~お前がラヴィー?」

 部屋の中から声がする。

 きゅきゅ、きゅぴぴぴ~とラヴィーの甘える声と、笑い声。

 ドアを開けると、ビビに背を向けて、ラヴィーをあやしている若い男の後ろ姿が飛び込んでくる。

 ラヴィーはビビを見ると、きょるるる~!と鳴いて、ピョンピョン跳ねた。今日のラヴィーは・・・ゴムボールだ。いや、跳ねる鏡餅?

 男は立ち上がり、ビビの方へ振り返った。


 男・・・というには、まだ若い?

 ビビと同じくらいだろうか?

 ひょろっとした、青年だった。癖のない黒髪に、浅黒い肌の色。眠そうな・・・少し垂れぎみの青い瞳。

 見慣れた国民の成人服を着ている。でも、関係者しか出入りできない魔術師会館に、しかも結界の張られているジャンルカの研究室にいるなんて。


 ・・・あれ?でも、この顔どこかで見覚えが・・・?


 「あの・・・」

 「あんたが、ビビ?」

 いきなり呼ばれて目を瞬く。

 はい、と頷くと、ツカツカと近寄ってきて、ずいっ、と顔を寄せられる。

 

 ち、近い。

 

 「・・・ふぅん。あんたが・・・」

 訝しげに目を細めた顔が、誰かと重なる。

 「あの・・・」

 ビビがどきまきしながら、首を傾げると。彼はああ、ごめん、と一歩下がり手を差し出す。

 「ヴィンター・ブライトマンだ。よろしく、ビビ」


  ・・・え?

 ブライトマン・・・??


 「あ、あの」

 ビビは息を飲む。

 「ブライトマンって・・・その、ジャンルカ師匠の・・・?」

 「ジャンルカは俺の父だけど」

 ビビは絶句した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る