王国での生活
第19話 ガドル王国
カイザルック魔術師団に身を置くことが決まり、翌日からビビの生活は一変した。
午前中は要請に応じてベティーロードの酒場の手伝いを。
お昼の賄いを食べさせてもらってから、カイザルック魔術師会館へ。
まずビビに課せられたのは、魔量を増やすことだった。
"鑑定"を得意とするジャンルカによると。
ビビはどうやら複数のスキル持ち、らしいが・・・魔量がそれに伴わないため、すぐに魔力切れを起こす状態らしい。
そういえばGAME設定上、親のスキルを引き継いでも、子のステータスは初期化される。
ビビは課金にものをいわせ、アイテムを使って短期間で即戦力になるよう補っていたが・・・現実はそう甘くないようだ。
魔力切れは、身体にかなりの負担を伴い、時には死にもつながる。無意識に魔力を全力で使いきるまで気づかないことは、かなり危険らしい。
「普通は、魔量の残量が生命値をオーバーする寸前、自動的にストップがかかるが、お前はそのリミッター値の設定がない」
本来、それは魔術を使う者にとって危険な体質とも言えるが、逆を取れば・・・
ジャンルカは腕を浅く組み、少し困ったような表情をした。
「増やす魔量にも限界はない、ということだ」
だからトレーニングでレベルをあげていけば、際限なく魔量は増えていくはずだ、と。
魔銃機兵の解析で使った魔法陣を見る限り、ビビの魔力はかなり高レベルだということはわかっている。
だが、いかんせん本人にその自覚が、まったくない。
ビビが寝ている間、ジャンルカとリュディガーが話し合ったことは、まずビビのスキルのレベルを伸ばすこと。そのために、魔量を増やし、ビビ自身にも魔力のコントロールを学ばせること。
実際、ビビの飲み込みは早い。コツさえ掴めばどんどん吸収していった。
主にジャンルカから"鑑定"
ファビエンヌから"分析"
調薬室のメンバーからは"錬成"
過去二度、魔力切れを起こす原因となったあの不思議な魔銃は・・・ジャンルカは召喚の類ではないか?と分析していたが、原因がわかるまで錬成することは禁止された。
ラヴィーと初心者向けのダンジョンに潜り、貴重な薬草や錬成に必要な素材を集めたり・・・と、最初の頃はレベルを上げるために、それこそギリギリまで魔力を使い、疲労困憊の日々。
ラヴィーに引きずられ、入り口のところで力尽き倒れているのを発見され、大騒ぎされたり、第一魔術師団に回収されジャンルカの説教を受けたり、散々な状況が続いていたが・・・徐々に魔量も増えてきたのか、根をあげることも少なくなり・・・毎日が学ぶ日々で充実していた。
*
「あら?何しているの?」
食堂に入ってきたファビエンヌは、キッチンで何やら錬成しているエプロン姿のビビに声をかける。
ビビは振り返り、腕に抱えていたボールを少し掲げて見せた。
「クッキー焼いてみようかと」
ファビエンヌは首を傾げる。
「・・・なに混ぜているのかしら?」
「よくぞ、お聞きくださいました」
ビビはうふふふ~と意味深に笑う。
「これ、第三魔術師団からいただいてきた、回復薬ヒール草の効果を抽出した残り部分です。これだけでも回復25%弱の効果ありますから、このまま破棄するの勿体無いかな?って」
元々、倹約家で日ごろ食材に関しては無駄にしないよう、心がけてきた"貧乏性"ともいえる本質が、ここでも出てしまう。
必要部分を抽出され、お役目御免となったカラカラのヒール草の残骸をボールに入れ、ビビは手をかざす。
ポウッと光が漏れ、魔法陣が浮かび上がる。
「・・・まず、25%弱の回復効果を分離させて」
更に魔法陣が現れる。
「効能倍増する付加をかけます。さらに撹拌して、無味、無臭・・・っと」
三つ目の魔法陣が現れて、ファビエンヌは目を見開く。
「さすがね。コントロールばっちり」
普通は同時に三つの異なる魔法陣を錬成するなんて、簡単じゃないはずなんだけど。
思わず呟いた言葉に、もうずいぶん前から複数の魔法陣を同時錬成していたビビは、そうなんですか?と首を傾げる。
「ひとつひとつが、たいした魔法陣じゃないし・・・皆さん大げさですよ」
ビビはボールにスペルト粉と卵、チョコブロックと砕いたココの実を加える。
ミルクを加え、少しゆるめに混ぜ合わせ、スプーンですくって天板に並べる。
「手慣れているわね」
感心したようにファビエンヌは言った。
「お菓子作りは好きなんです。凝ったものは作れないんですけど」
そういえば、母親のオリエは・・・料理は全然していなかったな、と思う。
ほぼ一日をダンジョンや戦闘のスキルアップに費やしていたので、こうやってキッチンに立って何か作った記憶はない。
家族の誕生日すら家に居なかった・・・気がする。まぁ、そう動かしたのは自分だけど・・・
複雑な気分になりながらも、天板をオーブンに入れ、魔石をセットして火を灯す。これにも、精密な魔力コントロールが必要だが、手慣れたものだった。無意識にそれをやってのける手つきを眺め、ファビエンヌは素直に感心する。
「お茶入れましょうか?」
ファビエンヌへ向き直り、ビビは声をかけた。ファビエンヌは苦笑する。
「うーん、普通のお茶ならいただこうかしら?」
焼き上がったクッキーを1枚手に取り、
"鑑定"
「・・・回復効果、55%か・・・」
元が25%以下だったから、倍増の付加をかけてこんなもんか。
ふむ、と首を傾げる横から、ファビエンヌは天板に乗ったクッキーを口に運び、咀嚼する。
「ん、チョコブロックがいい仕事しているわね」
ファビエンヌはビビの肩をたたく。
「お菓子なんだから、あまり回復効果あげる必要はないわ。休憩でつまんで、疲れが取れたかな?くらいでいいんじゃない?」
「そうですね」
ビビは肩をすくめて笑う。
調子に乗って、ヒール草を分離し撹拌し、クッキーを焼き続ける。
ふと、この方法なら普通に無味無臭の調味料にして、料理にも使えるのかな?疲れのとれる、パワーランチ、とか・・・ベティーロードのお店で使ってもらおうか、などと考えていると。
「おっ?いい匂いがすると思ったら・・・」
ドアが開き、白衣を着た第三魔術師団のメンバーが顔を出す。
「お疲れ様です」
「ああ、ビビ。良かった。悪いんだけど・・・師団長にお客様だから、客室にお茶持っていってくれる?ビビご指名なんだ」
「あ、はい」
リュディガー師団長が戻ったのか。ここでお世話になる前に会ったきりだから・・・かれこれ1ヶ月は姿を見ていないことになる。
「お茶うけに、このクッキー持っていったら?」
ファビエンヌに言われ、ビビはびっくりしてファビエンヌを見返す。
「ああ見えて、リュディガー師団長甘いもの好きだから、これうけると思うわよ」
しばし悩み・・・ファビエンヌの笑顔に押されて、ビビはお皿にクッキーを盛ると、ティーカップセットと盆に乗せ、キッチンを出た。
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