第29話 ハーキュレーズ王宮騎士団

 「・・・イヴァーノ総長、その方は?」


 ガドル王城内ハーキュレーズ王宮騎士団総長の執務室で漸く解放され、文字通りぶーたれて膝を抱えたまま壁を向いているビビに、書類を片手に部屋へ入ってきた女騎士が、びっくりしたように声をかけた。

 「例の近衛兵を装った"闇ギルド"の制圧に居合わせたから、重要参考人として連れてきた」

 まぁ、こいつ一人でほぼ片付けたようなもんだかな。

 書類を探しているのか、バサバサ紙音をいわせながら、イヴァーノは答える。

 「・・・連れてきた、って」

 女騎士はビビを見やる。

 すらりと背の高い、ピンクブロンドのボブカットがよく似合う美人だ。

 

 「総長のことだから、無理矢理拉致されたのでは?あなた、大丈夫ですか?」

 ああ、女神様!やっと話の通じる人が現れた・・・!

 ビビは目をうるうるさせながら、女騎士に縋りついた。

 「・・・そうなんです!買い物途中で居合わせただけなのに、無理やり!拉致ですよ!誘拐ですよ!助けてください!!」

 

 「あ"?」

 

 ギロッと睨まれ、ひいっ、とビビはすくみ上る。こわい、イヴァーノこわい。

 「ガタガタとうるせえ!!非協力罪で拘束するぞ」

 バン、と書類を机に叩きつけ、イヴァーノは立ち上がる。思わず悲鳴を上げて、ビビは女騎士にしがみついた。

 

 「総長!一般人を威嚇しないでください。怯えているじゃないですか!かわいそうに」

 ビビの肩をだき、頭をよしよししながら女騎士は上官に反発する。

 「はっ!何がかわいそうだ?こいつ、仮にも俺と互角でやりあったんだぞ?」

 「え???」

 一瞬手を離しかけた女性にしがみつき、ビビはぶんぶん頭を振った。

 ここで味方を手放したら、後がない!お願い、見捨てないで!!

 

 「やりあっていません!最初からイヴァーノ総長ってわかっていたら、迷わず逃げます!」


 ガン!と鎧で覆われた男の長い脚が、サイドテーブルを蹴りあげ、机上に乗った書類が床に散らばった。

 ぎゃ~!暴力反対、悪霊退散!神よ、わたしが何をした?!

 

 「そう、"この"俺から逃げられるって発想が、すでに只者じゃねーんだよ。お前、なにモンだ?」

 

 腕を組み、威圧感全開のイヴァーノ。言っていることは理不尽でめちゃくちゃだけど、逆らうのは許さん!っていうオーラが恐ろしい。

 この人、まじ怖い!視線で人、殺せるよ!

 

 「だから!ただの旅人ですってば!」

 

 *


 コン、コン。


 「イヴァーノ総長」


 ドアの向こうから声が。


 「なんだ?」

 「・・・その、カイザルック魔術師団の、ジャンルカ・ブライトマン氏がお見えなんですが・・・」

 「なに?」

 さすがのイヴァーノも、意外な人物の名に驚いたようだった。

 かちゃり、とドアが開き。

 姿を現したのは、確かに一匹狼で名高い、カイザルック魔術師団のジャンルカ・ブライトマン。


 すらり、とイヴァーノほどではないが背が高い。

 深めにかぶった、黒い魔銃士の帽子の鍔から見える、金色の瞳は無表情で。腰にさげた革の銃帯にさした魔銃が、大きなガラス窓から差し込む陽射しを受けて銀色の光を弾く。

 最近は甲殻魔銃機兵の件で、評議会や学会に赴くことが増えたそうだが、それまでは少なくとも、年間の国の主だった行事以外で、彼の姿を見ることはなかった。それだけ人嫌いで有名だった。

 だが、彼が足を踏み入れた瞬間、柄も知れぬ威圧感に似た緊張が部屋を走り、女騎士は思わず書類を拾い上げる手を止めた。


 「し、師匠ー!!」

 ばっ、とビビは立ち上がり、ジャンルカの元へ駆け寄ろうとしたが。伸びたイヴァーノの手が、またまた首根っこを掴む。

 「うわーん、離してくださいいい」

 ビビは半べそをかき、暴れてジャンルカに助けを求めた。

 

 「・・・俺の不肖の弟子、ビビ・ランドバルドを引き取りに来た」

 そんなビビにちらりと目をやり、顔色ひとつ変えず、ジャンルカはイヴァーノを見る。

 相変わらず無表情で、なにを考えているかわからない金の瞳と、強い苛烈な赤い瞳がぶつかる。


 「弟子、だと?」

 イヴァーノは明らかな不信感を隠さず、さらに凄む。だがその一瞥を真正面から平然と受け止め、

 「帰化はしていないが、身元はカイザルック魔術師団が保証し、保護している。先日、リュディガー師団長がベロイア評議会で報告したはずだが」

 「・・・」

 「ビビ」

 ジャンルカはビビを見る。

 「帰るぞ」

 「はいっ!」

 イヴァーノが手を離したので、ビビは身を翻しジャンルカの元へ駆け寄る。


 「おい」

 

 イヴァーノが不機嫌に声をかけた。

 「お前は、そいつのなにをもって、弟子としたんだ?」

 ジャンルカはちらっとイヴァーノを見返す。

 

 「・・・答える義理はない」

 

 バチッ!と交わう両者の目線に火花が飛ぶ。ビビと女騎士は、無意識にヒッと息を飲んだ。

 「こ、こわっ」

 ジャンルカはビビに目で合図をし、部屋を出ていく。ビビはイヴァーノと女性騎士に頭をさげ、慌てその後を追った。


 「・・・ふん」


 イヴァーノは腕を組んだまま、忌々しげに舌を打つ。

 女騎士は散らばった書類を拾い集めて机に置き、二人が退出したドアを見やった。

 「彼女ですか?カイザルック魔術師団がベルドの遺跡で保護したって・・・」

 「らしいな」

 まさか、ジャンルカ自ら出てくるとは・・・

 リュディガーからお気に入り、とは聞いていたが。

 ジャンルカが自ら保護を申し出、あのリュディガーが花を贈る異国の娘。

 小柄な体躯で、見せた見事な戦闘能力と、魔術師顔負けのレベルの高いスキルの発動。


 「ビビ・ランドバルド、か」


 関わらないほうがよい、と本能が訴えていたが・・・興味がそれを上回る。

 「・・・調べてみる必要がありそうだな」

 言って、女騎士を見、にやりと笑う。

 「強いやつが好きなお前の友人を使うか?」

 上司の言葉に、女騎士は首を傾げた。

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