第30話 大事な娘《リュディガー視点》
「うわぁ~綺麗!」
リュディガーから花束を受け取り、ビビはパアッと顔を輝かせた。
やっぱりこの娘は、花が似合うなと思う。ビビが笑うと・・・鬱蒼とした空気が和らぎ、穏やかな気分になる。まるで浄化されたような。
リュディガーはふと、ビビをカイザルック魔術師団で預かることになった日の夜を思い出していた。
初めて見たビビは。
甲殻魔銃機兵の解析を終え、魔力切れを起こして寝ていた。
どこにでもいる、少女に見えた。
目覚めた時、あのジャンルカに見せた、はにかんだ笑顔。珍しい赤い色の髪と、くるくる表情の変わる深緑の瞳。
そして・・・あのジャンルカに弟子として保護したい、と言われた時、無表情な男の初めて見る厳しい表情に、それが単なる庇護欲からくるものではない、と感じた。
"少なくとも・・・解析、分析、錬成。彼女は・・・複数のスキルもちです。しかも、異質レベルな・・・普通の加護の力だけでは、ここまでの力を発揮するのは不可能です"
ジャンルカは、普通の加護ではない、と言っていた。
そして、彼が口にした言葉は・・・リュディガーの想像を遥かに越えていた。
ーーー神獣ユグドラシルの加護ーーー
それはこの世界の森羅万象を司る力。
地上に生きとし生けるもの、すべてを調和する力。
神獣ユグドラシルの加護は目と手に宿る、と云われている。加護を受けたその目は、真理を見定め、その手は新たなる真理を創り出す。
その超越した力に、あるものは神に与えられし力として崇拝し、あるものは世界を浄化する滅びの力と畏怖した。
世界の浄化と創生、ふたつの対なる力を持つ神獣ユグドラシルは、世界が滅びる時と、新しい世界が生れる時代に登場する。
以前、城が保管する史書で読んだことがある。それはガドル王国が建国するさらに前。それほど、昔の話だ。世界創生の神話の一節、と言ってもよいほどの。
"ばかな!"
思わず声を荒げたリュディガーに、ジャンルカは語る。
ビビがカイザルック魔術師会館を訪れた時に、起きた不可解な現象。
魔力切れを起こしたビビの手のひらに現れた、緑の魔石。彼女を包み込む聖なる光。
それは・・・9年に一度、陽の沈まぬ白夜、夜の明けぬ極夜に、アルコイルスの大陸全土へもたらされる神獣ユグドラシルの、満ちたる"創生の光"の現象と、酷似していたことを。
それから1か月が過ぎ。
ビビが次々新たに生み出す、規格外なスキルを目の当たりにして、リュディガーはジャンルカに神獣ユグドラシルの加護についての調査を、極秘に依頼する。
ビビが神獣ユグドラシルの加護を受けている可能性を、改めて検証するためだ。
こればかりは、ジャンルカの勘違いであってほしいと願う。
もし事実なら、このまだ成人を迎えたばかりの少女が抱えるには、あまりにも重く過酷すぎる。
そしてもしそれが事実で、公になってしまったら?ビビの身柄は即、ベロイア評議会に拘束されるだろう。幽閉、国外追放ならまだいい。最悪、生命を脅かされる可能性もある。
そう。神獣ユグドラシルの加護を受けた人間は、歴史上過去に一人だけ。
その人物は、その力を欲した人間に利用され。望まぬ争いを巻き起こし、世界を混乱させ・・・多くの国を滅ぼした。その罪を贖うため"最果ての地"で、神獣ユグドラシルを世界樹に封印したのち、自ら命を絶った、といわれている。
この歴史から・・・神獣ユグドラシルは人々に愛されながら、その加護を受けた人間は争いを呼ぶ"忌まわしき、存在してはならないもの"と言われ、関する文献も隠蔽されたのかほとんど残っていない。
世界を創造した運命の女神ノルンの御遣い、と言われる神獣ユグドラシル。
なのに、その加護を受けた人間が、争いを呼ぶなど・・・忌まわしき存在など、ばかげている。
結局、力に溺れた愚かな人間たちの戦禍に、巻き込まれただけだというのに・・・
リュディガーは花束に顔をうずめて、鼻をくんくんさせているビビの頭に手をのばし、くしゃりと撫でる。
「そうだ。ヴェスタ農業管理会に、花の種を適当に見繕って届けてもらうよう、依頼したから。楽しみに待っていてね」
「はい!ありがとうございます。すごく楽しみです!」
ビビは頬を染めて笑う。
うーん、なんだこの可愛い生き物は。たまらん・・・
リュディガーもまた頬が緩むのを抑えられない。
そういえば・・・先日オーロックス牛のマッサージブラシの説明をするため、牧場に行ったビビのことを、組合長のプラットが異様にほめていた。あのとっつきにくい神経質な男は、ビビのことを気に入ったのか・・・花の種を頼んだ際、珍しいラピダリアの球根や、コキアの花の種も提供するという。
そして、ビビに先日のお礼と称して、高級ワインが数本贈られたらしく。ビビは"お酒は強くないので"とそのまま魔術師団長の居室に置いていったのだった。ふふふ、イヴァーノが悔しがる顔が浮かぶ。
ビビ曰く、プラットはお父さんみたいで親しみやすかった、そうだ。
なんて、いい娘なんだろう。でも・・・なんか面白くない。まさかモノで釣ろうって魂胆じゃないだろうな??ビビは今やカイザルック魔術師団みなの大事な大事な娘、なのに。
「リュディガー師団長、この花は・・・」
ビビの声に、悶々としていたリュディガーは我に返り、あわてて表情を取り繕う。
「ああ、珍しいだろう?ガドル王城で管理している、王家の温室でしか栽培できない貴重な異国の花だよ。陛下がくださったんだ」
「そうでしたか。どうりで神殿や市場でも見かけないと思いました」
ビビは笑い、そしてふと首をかしげる。
「・・・どうした?」
「いえ、あの・・・」
ビビは口ごもる。
「この花・・・なんか元気がないみたいで」
「・・・?」
意味がわからず、リュディガーはビビを促す。ビビはしばし花束に目を落とし。
「うん、やっぱり・・・花の中の"気"の流れが弱まっています。切り花だってこと除いても、ちょっと弱すぎます。温室の水質と土壌のチェックを一度したほうが良いかも」
ビビの言葉に、リュディガーは目を見開く。
「わかるの?」
そういえば、ソルティア陛下はここの所、温室の植物の発育が良くなく、咲く花も規定に満たない小ぶりのものが多いと首を傾げていた。
ただ、温室は水質も土壌も魔石で厳密に管理されていて、王室から依頼を受けて魔石を鑑定したが、特に問題はなかったと報告を受けている。
「はい。温室の水と土を少し持ってきていただけたら、もっと詳しくわかるんですけど・・・」
「ビビ、お前さん・・・」
そうか、魔石ばかりに気を取られていたが、肝心の水と土はノーマークだった。リュディガーの視線に、ビビははっ、とする。
「・・・すみません、こんな、なんでも視えるなんて気持ち悪い・・・ですよね」
こちらを見つめる不思議な深緑の瞳に、金色の光が弾く。
最初は皆から"規格外"と言われて首を傾げていたビビだったが。漸く自分の魔力やスキルが他の人間と違うことを感じて、このように度々戸惑い思い悩む表情を浮かべる。
「違うよ、そんな顔をするんじゃない」
リュディガーは苦笑してビビの頭を撫でる。
「だが、あまり未知のスキルは表に出さないほうがいい。人間は弱いから・・・力を求める反面、触れたら触れたで必要以上に畏怖の念を持つ」
自分のスキルに対して慎重になるのは良いことだが、悲しい顔は見たくない。この娘には笑顔が似合うのだから。
「・・・はい」
「お前さんは、俺たちカイザルック魔術師団が守るから安心するといい。花の件は俺から陛下に進言しておこう」
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