第31話 金髪の近衛兵

「ねぇ、あなたでしょ?イヴァーノ総長とやりあった女傑は」


 ベティーロードの食堂で、ランチタイムのお手伝いをして、賄い食のサンドイッチを頬張っていると、いきなり声をかけられた。

 驚いて顔をあげると。

 近衛兵らしい装いの、金髪美人な女性がニコニコしながら立っている。

 国から支給された鎧で、キッチリ身を固めた王宮騎士団や近衛騎士団とは違い、その予備軍である近衛兵は、特に決まった制服はない。

 目の前の美人も、軽そうな皮の鎧を身にまとい、腰には重そうな剣をさげていた。


 「・・・人違い、では?」

 「いや、あなたでしょ。ベティーロードの居候で、カイザルック魔術師団に保護された赤い髪の娘」

 「それは確かにわたし、ですが・・・」

 なんであの、イヴァーノ総長とやりあった女傑になるんだろう?

 「ん~どうでもいいや。近衛兵に成り済ました闇ギルドの連中を討伐してくれたんでしょ?ありがとう!もう肩身狭かったから助かったわ」

 あいつら、なかなか尻尾出さなくてさー

 ビビの前に座り、ベティーに手をあげて挨拶をする。

 「あの・・・」

 「ジェマ・アレクサンドルよ。宜しくね」

 にっこり笑って、握手を求めるジェマ。

 その名前を聞いて、びっくりするビビ。


 ジェマ・・・?


 金髪碧眼の、近衛兵とは思えない綺麗な顔立ち。記憶にある彼女はすでに老齢だったが、間違いなくオリエの大親友であった、女近衛騎士だ。

 オリエの死後は王宮騎士団隊長から総長へ昇格。独身で騎士道をつき進む女傑であり、ビビの上官であった人。

 

 でも、確か・・・名字はブラットレイだったはず??

 「・・・ビビ・ランドバルドです」

 混乱しながらも、握手するビビ。

 「・・・その、ジェマさんが・・・なんのご用ですか?」

 尋ねると、目の前を陣取った美人は、行儀悪くテーブルの下で脚を組み、すらりとした脚をぶらぶらさせる。

 歳は・・・二十歳を過ぎたくらい、だろう。綺麗な部類に入るその容姿と粗野な仕種が、ここまでアンバランスなのも珍しい。

 まじまじ見つめる不躾でさえある視線を、彼女は全く気にしていないようだった。

 ずいっ、と身を起こし、笑顔を見せる。

 

 「うん。私と手合わせしてほしいな、って」

 

 「・・・は?」

 たっぷり時間をおいて、ビビは間抜けな声をあげた。

 「あの・・・」

 「お互い、得物が違うから、素手でどう?」

 溢れるような笑顔は、同性から見てもドキリとする。

 「どう?って」

 冷静を顔に貼り付け、ビビは苦笑する。

 

 「・・・何故わたしが、あなたと手合わせをする必要が?」

 「強い人に挑んでみたい、ってのは武人として当たり前でしょ?」

 「わたしは武人じゃありませんし」

 「魔銃の使い手なんでしょ?」

 「・・・そりゃまぁ・・・でも、必要に応じてなので、武人と呼ぶレベルでは」

 「うん、だから組手でやろうよ!」

 「話が噛み合っていないのに、気づいてください」

 

 やろう!やりません!と不毛なやりとりをしながら、ジェマはビビの後をついてくる。

 しつこいな・・・と思いつつ。そういえば・・・ジェマ隊長って、話が通じない事、というか、単に人の話をあまり聞かないだけだろうが・・・が多かった。


 ・・・やっぱり本人に間違いない。


 「・・・ジェマさん、仕事は?」

 結局、そのままカイザルック魔術師会館に到着してしまった。

 「ん~休みだから」

 ついてくるな、という目線にも動じずジェマはケロリと答える。

 「どこまでついて来るんですか?わたし仕事あるんですけど」


 「あら、ビビ。今日はボディーガードつき?」


 背後で声がして、振り返ると。ファビエンヌがキツネ顔の笑みを浮かべて立っている。

 「ファビエンヌさん、こんにちは」

 「ごきげんよう」

 言って、隣のジェマをちらり、と見る。

 「ハーキュレーズ王宮騎士団の近衛兵、ジェマ・アレクサンドルね」

 

 「・・・こんにちは」

 先ほどまでの飄々とした雰囲気から一変。心なしか、ジェマの口調が固い。緊張しているのだろうか。

 「お知り合いですか?」

 「まさか」

 ビビの問いにファビエンヌは笑う。

 「でも、近衛兵の中では男顔負けの女傑って有名よ」

 「へぇ・・・」

 後の総長となる彼女の実力を知るだけに・・・納得する。

 

 「で、そのジェマさんが、ビビになんのご用?」

 「手合わせお願いしたくて」

 おや?とビビはジェマを横目で伺う。

 本当に緊張しているようだ。なんか、口調まで改まっているような?

 「あらあら」

 ファビエンヌは肩をすくめ、ビビを見る。

 「駄目じゃない、王宮騎士団に目をつけられちゃ。まぁ、あれだけ騒ぎ起こしたら仕方ないか」

 くすくす笑うファビエンヌに、ビビはばつが悪そうに目を反らす。

 その件は、散々ベティーとジャンルカ。ダブルでお説教を食らったばかりだからだ。


 「いいんじゃない?」

 言われて、ビビはぎょっとした。

 「・・・え?」

 「今日はジャンルカと師団長は、魔術師学会へ報告に出ていて不在なの。だから1日フリーよ。急ぎの案件がないなら、好きにしたらいいわ」

 ファビエンヌはジェマにウィンクする。ジェマはビシッと身を正した。

 どうやら・・・ファビエンヌが苦手らしい。

 「あ、でもヴェスタ農業管理会からあなた宛に荷物届いているみたいだから、アランチャから受けとるの忘れないでね。じゃあ」

 言って、ファビエンヌは立ち去って行く。

 それを見送る2人。

 

 「・・・えっと・・・」

 ビビはジェマを見る。

 気の毒なほど、強ばっていた表情が、安堵で弛む。何故そんな緊張しているのかわからない。

 「とりあえず、お茶でも飲みますか?」

 「あ、うん」


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