第17話 龍騎士
コン、コン
ドアがノックされ、返事を待つことなく扉が開く。
「ジャンルカ」
部屋に入って来たのは、初老の魔銃士。
「・・・師団長」
ジャンルカは振り返る。
「お戻りでしたか」
「ああ、お前さんが妙な娘を拾ったと聞いてな」
師団長、と呼ばれた男は人好きする笑みを浮かべる。
「てっきり、息子に嫁でもあてがうと思ったが、確かヴィンターは彼女いたはずだし?」
「・・・師団長」
疲れたように、ジャンルカが息をはくと、声をあげて笑った。
ジャンルカはカイザルック魔術師団のメンバーからは敬遠されている。
それは、ひとえに彼が極度の"人間嫌い"であり、必要最低限の会話のみで関りを持とうとしないところと、ズバぬけた魔力とスキルのレベルの高さに、畏怖を持たれているからである。
協調性に乏しく一匹狼なこの男は、本人の希望により、数年前から専用の研究室をあてがわれてからは、さらに所属する第二魔術師団にすら姿を見せることはなくなった。そんな中、唯一普通に接して・・・さらに揶揄って楽しむ趣向の持ち主は、同僚のファビエンヌと、魔術師団トップである師団長くらいだ。
「で?その娘は?」
言って、ジャンルカの肩越しに目をやると。
そこには長椅子で横になり、ヘム・ホルツを枕にすやすやと寝息をたてている、旅人の身なりをした娘がひとり。
肩にはジャンルカのものらしい、赤いロングコートがかけられていた。
「おやおや」
魔銃機兵の電子回路図、経路図をあますことなく書き込み、完成させたビビは、糸が切れたように意識を手離した。
昨日と同様、また魔力切れを起こしたのだろう。
「・・・俺の仕事部屋は、彼女にとって安眠リラックス効果があるようです」
ファビエンヌ同様、揶揄われないよう先手を打つように言葉を続けるジャンルカに、男は一瞬目を丸くする。その物珍しげなものを見る視線を受け、ジャンルカは無表情のままふいっ、と目をそらし机に広げられた紙の両端に手をついた。
視線のみを男に向ける。
「・・・これは」
「甲殻魔銃機兵の電子回路図と、核経路図です」
ジャンルカは息をついて、魔法陣に横たわる物体を見上げる。中心部から接続されたケーブルが幾重にも伸びて、壁際に設置されている機材に繋がれている。
「今まで解明できなかった甲殻魔銃機兵の核部分の"回路"を事も無げに解析して、あっという間にバリケードをくぐって魔力カートリッジに吸い上げる経路図まで書いてみせた」
「なんと・・・」
男は二の句が繋がらないように、口をつぐみ黙り混む。
ダンジョンで討伐した魔銃機兵の機体を回収し、核からエネルギーを吸い出し、魔力に変換して魔銃で使うカートリッジにチャージする方法は、長年研究したジャンルカが数年前考案し発表した。
今まで、機械帝国として栄えていた旧カイザルック帝国の遺跡から発掘、回収したエネルギーポットを再利用していたが、その資源も永久には続かない中、この技術は世界の魔術師学会に大きな貢献をした。
他の国の魔術機関も、各ダンジョンで討伐した魔銃機兵を回収し、後に続いたが・・・その中でも最大級の難関と言われていたのが、この甲殻魔銃機兵の機体回収と核回路の解析だった。
【甲殻魔銃機兵】
カイザルック魔術師団が管轄するダンジョンで、"エネミー"と呼ばれる討伐対象機体の中でも、トップクラスをいく難関討伐対象機種である。
ダンジョンでも滅多に姿を現さず、その全形態は未確認で学会でも謎とされていた。
その機体を無傷で回収したばかりでなく、永遠の謎とされていた核部分の"回路"を解明するなど・・・世紀の発表、と言っても過言ではない。
「・・・おそらく」
ジャンルカはビビを見下ろす。
「発動した魔法陣を見る限り、少なくとも・・・解析、分析、錬成。彼女は・・・複数のスキルもちです。しかも、異質レベルな・・・。普通の加護の力だけでは、ここまでのスキルを連動するのは不可能です」
第二魔術師団の上級魔術師でさえ、スキルを同時に発動するのは二つが限度、と言われている。だがビビはこれら高度なスキルを、ジャンルカが確認する限りでも、三つ同時にしかも連発で発動させている。
こんな手のひらですくう程度の少ない魔量で、こんな上級スキルを長時間発動するなんて、普通ならば魔力が枯渇して即死に至ってもおかしくないのに。なにかの加護の力がそれを補っているらしいのは、見て取れた。
それは多分・・・あの緑の魔石なのだろう、ということも。
ジャンルカの言葉に、男は首を傾げる。
「普通の加護・・・ではない、とは?」
※
きゅぴぃ・・・
きゅるるる、きゅううう・・・
ラヴィーの鈴を転がすような鳴き声が、耳に心地よい。
ん?なぁに?
なんて言っているの・・・?
起きろ、って。
・・・え?
「・・・??!!!」
ガバッと勢いよく、ビビは身を起こす。
「きゃっ」
すっと腕が伸びて、勢いあまって長椅子からずれ落ちそうになった身体が抱きかかえられる。
「気をつけろ」
落ち着いた低い声がふってきて、慌てて顔をあげると
「・・・っ!」
端正なジャンルカの顔が視界に広がる。
ち、近い・・・!
我にかえれば、長椅子に横たわっている自分。その自分に膝を貸すジャンルカ。そして今、滑り落ちそうな自分の両脇を抱えて・・・どう見ても呆れたような眼差しで、自分を見下ろしている。
「・・・す、す、」
「いいから。起こすぞ」
慌てふためくビビを無視して、そのまま両脇を引き上げるようにして、長椅子に座らせる。
きゅうううう~とラヴィーが膝に飛び乗ってきた。
ああ・・・また、やっちまった・・・
頭を抱えて項垂れていると、クックッと笑い声が聞こえた。
のろのろ顔をあげると、テーブルを挟んで向かいの椅子に座る、初老の男と目が合う。
あれ・・・この人・・・?
白髪をオールバックにした髪型に、口ひげを生やした、人の良さそうな上品な顔立ち。なによりも、身につけている衣装は魔銃士のものだが・・・さらに肩からかけられた深緑のマントに輝く、緋色の眼の双頭の龍のエンブレム。
銀色に輝く双頭の龍。これは、ビビの記憶の中のオリエも常に身に着けていた。父親であった、カリスト・サルティーヌも。
9年に一度アルコイリス大陸全土の覇者であり、そして大地の守護龍アナンタ・ドライグより授けられた、最強の武人である証。
「・・・龍騎士?」
呟いたビビに、男は一瞬目を軽く見開き、そして笑う。
「リュディガー・ブラウンだ。ここカイザルック魔術師団で師団長をしている。よろしくね、ビビ」
・・・??!!
ビビは息を飲んだ。
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