第16話 スキル発動

 翌日、ビビはカイザルック魔術師会館を訪れていた。

 残してきたラヴィーはすっかり魔術師会館のアイドル的存在になっており、色んな人から撫でられたり、食べ物を貰ったり、ご機嫌の様子だ。ビビの姿を見ると、大喜びでぷよぷよ跳ねてくる姿は非常に愛らしい。

 昨日は存在を無視されていたビビだったが、主従契約を結んだラヴィー効果もあってか、すれ違う魔銃士や白衣の研究者に、挨拶されたり気さくに声をかけられたり。掌を返したようなフレンドリーさに少々戸惑う。

 ファビエンヌは今日不在で、ジャンルカの仕事場には、ラヴィーが案内してくれた。


 そう・・・この世界に来て気づいた。・・・自分はかなりの方向オンチ、らしい。


【カイザルック魔術師団】


 第一魔術師団

 魔術師団トップの魔術師団長率いる攻撃魔術メインのエリート集団。日々単独でダンジョンに潜り、探索や魔銃機兵の討伐をする。

 ガドル王国武術集団要の一角。総勢200名ほど


 第二魔術師団

 鑑定 分析 解析 魔術のエキスパート集団。

 新しい魔法陣の開発、国防に関わる魔術具の作成、遺跡から発掘された遺物の解析など。

 ほぼ魔術師会館の別館で研究をしている。総勢50名ほど。


 第三魔術師団

 生活魔法。薬や生活に必要な魔術具の作成。一番人数が多く、王国各地に点在する医者もこの組織に入る。

 総勢500名ほど。


 ジャンルカやファビエンヌは、現在所属は第二魔術師団だが、時にダンジョンの探索や討伐も請け負うため、第一魔術師団兼任だそうだ。それだけで、彼らがかなりの実力者であるかがわかる。


 *


 コン、コン


 軽くノックしてドアを開ける。

 昨日のような、ピリピリした感がないところをみると、結界は解除されているようだ。

 「ジャンルカさん?」

 「こっちだ」

 奥から声が聞こえる。

 ビビは、失礼します、と声をかけて部屋の奥へ進んだ。


 ジャンルカは、持ち込んだ魔銃機兵の残骸が積まれた部屋にいた。

 幾重にも魔法陣が敷かれ、淡い光を放っている。魔銃機兵には何本ものケーブルが繋がれ、壁際の機械に繋がっている。 何かを引き出しているのか、解析しているのか、空中には幾つものウィンドウが浮かび、複雑な数列が並んでカチカチ音をたてていた。

 ウィンドウをのぞきこみ、接続先がエネルギーカートリッジであることを理解する。


 ・・・そういえば、カイザルック魔術師団の魔銃士と呼ばれる人たちの持つ魔銃は、魔力を込めた"カートリッジ"を利用し攻撃するのだ、とGAME上で学校の授業で習った記憶がある。

 どこでその魔力をチャージするのか疑問に感じていたが、なるほど敵の魔銃機兵の核から生み出されるエネルギーを魔力に変換して、カートリッジにチャージしているのか。

 元々、前世?の職業がプログラマーだったせいか、数列やコマンドを見ただけでなんとなく理解できる。

 でもこれ、途中でコマンドがブロックされている。エラーかな?


 きょろきょろ周囲を見渡し、テーブルには魔法陣の走り書きをした紙が散らばり、書物が乱雑に積み上げられた中、こちらに背を向けて作業しているジャンルカの後ろ姿を確認した。

 ビビは部屋に足を踏み入れ、魔銃機兵を見上げる。そっと手を伸ばし、銃頭に触れた。


 ん?と首を傾げる。


 昨日は完全に核を残して機能が停止している、と感じたその機体に、わずかだが生命反応が。

 外部に漏れないよう幾重にもバリケードが巡らされているのは、自己防衛なのか。接続先のエネルギーカートリッジのケーブルをシャットアウトしている。機械に見えても、やはり生命体なんだな、と思った。

 

 「・・・これ、核をめぐる回路が生きているんですね」

 呟くように言うと、ジャンルカは顔をあげる。

 「・・・何故、そう思う?」

 「核から防御の魔法・・・?みたいなのがガードしていて、そこの繋がったエネルギーカートリッジに魔力として変換できていないんです」

 ジャンルカは軽く目を見開き、ビビを見返す。

 

 「この魔銃機兵の核から、エネルギーを吸い上げて、魔力変換してカートリッジにチャージしたいんですよね?」

 宙に浮かぶウインドウの画面を流れる数列を眺めながら、ビビはうーん、と唸る。ジャンルカの手元に広げられた、魔銃機兵の設計図?の一部分を指差す。

 「ここ、ですね」

 ペンをとり、薄く線を引いて見せる。

 「核がここ。で、今はここの回路を通って充電されて・・・ええと・・・」


 完全に核の機能を止めてしまったら、多分魔力の充電ができなくなってしまう。止めないままバリケードを潜り抜け、エネルギーを抽出するルートは・・・?

 ビビは振り返り、再度魔銃機兵に両手をあてて目を閉じる。

 手元がボウッと光り、金色の魔法陣が浮かび上がる。魔法陣は光り輝いたまま線になって、生き物のように幾重にもうねりながら、魔銃機兵の全体を包みこんでいった。


 スキル、"解析"

 

 開かれたビビの瞳が深い緑から、金色へと変化する。目の前の魔銃機兵が半透明化して、幾重にも絡まった毛細血管のような回路の筋が、はっきり見える。

 

 "分析" 

 

 さらに床に魔法陣が現れ、ビビと魔銃機兵を取り囲んだ。


 「・・・うん、見えた」

 ひとつ頷き、ジャンルカに向き直ると、その手元の設計図に、魔銃機兵の核から流れる回路を、迷うことのない手つきで、さらさらと書き込んでいった。

 ジャンルカは息を飲んで、次々と書き込まれる回路の線を見つめる。

 「・・・なぜ」

 呟くジャンルカに、ビビはハッと我に返った。

 

 「す、すみません!」

 慌ててペンを机に戻す。

 わたしったら、余計なことを・・・!

 って、なんで自分は迷いなくこんなことができるのだろう?

 ビビは光がまだわずかに漏れる自分の手のひらを見つめ、茫然とする。

昨日のような、魔銃を呼び寄せた時に感じた、何かに突き動かされているような違和感はない。ただ身体の芯が熱くて、それが身体の中をめぐっているのがわかる。恐ろしいほど五感が研ぎ澄まされて、物音ひとつ逃さないような。

 この感覚は一体・・・?


 「謝らなくていい」

 ジャンルカはビビにペンを握らせる。

 「最後まで書いてみろ。不明な部分はカバーする」

 てっきり叱咤されると思っていたビビは目を瞬く。

 ジャンルカに目でうながされ、頷くと。再度設計図と向き直った。


 書いては消し、書いては魔銃兵機と向きあいスキルを発動させ、曖昧な部分はジャンルカが補っていく。

 いつしか2人は無言になり、ペンを紙に滑らす音だけが室内に響く。

 神経が研ぎ澄まされ、ビビは何かに取りつかれたように、確実に魔銃機兵の回路図を完成へと導いていった。


 多少、抜けはあるものの、魔法陣まで書き出すビビに、畏怖さえ感じる。

 ビビは無意識だろうが・・・書かれる魔法陣の中には、長年研究を重ねた第二魔術師団が、総力をあげてやっと解明できた類いのものもある。


 ・・・まるで、夢のようだ。


 ジャンルカは集中する、その横顔をみつめ、思った。

 今までいくらあがいても、霧に包まれ解明できなかった未知の世界に、いま正に向き合っている驚愕と感動。

 その全てを難なく乗り越える、ビビの存在。その瞳は金色に輝き、スキルを発動させ溢れ出る膨大な魔力は・・・本来彼女の持つ魔量を遥かに凌ぐレベルで。ジャンルカの知る常識をことごとく覆していく。


 ・・・お前は・・・何者なんだ?

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