第15話 赤い髪と緑の目

 「・・・えっと」

 

 宿に戻り、ビビは机に座ると、改めて深呼吸をする。

 ジャンルカと思いもかけず、食事をして。あまり会話はなかったけど、ワインを飲みながら・・・それは、夢のような時間だった。残念ながらアルコールには弱い体質らしく、途中からジュースにされてしまったが。

 だが、明日は1日お手伝いできる!一緒にいられる!同じ空気を吸える!

 思考が乙女ゲームの推しメンに対するソレ、みたいなものになりつつあるビビ。


「はぁ……」


 いい声だった。食事をする指も長くて綺麗で。無表情だと思っていたけど、ふいに見せる笑みは破壊力抜群だった。

 じっと自分を見つめる金のまなざしを思い出しただけで、顔が熱くなる。

「ふおおおお、落ち着け、わたし!」

 駄目だ、あの低めの声も、そっけない口調も。長くて綺麗な指先も全部自分の好みで、ドストライクなのだ。

 だって、いくら16歳という設定でも、中身は立派?なアラサーの喪女だったのだ。現実では恋愛より、部屋に閉じこもってGAMEに喜びを見出していたけど、全てがひっくり返った。相手は60overの熟年・・・でも、やばい。あの笑みは反則だ。惚れてまうやろ~~~!

 ふわふわするのは、ワインのせいなのか。昨日の夕方ベットで目覚めて・・・先が見えず絶望していたのが嘘のように、明日へ前向きになっている自分にびっくりだ。


 「よし、まずは頭を整理しよう」

 

 机にはベティーに借りた、ペンと紙が。

 まずは落ち着いて、深呼吸。そして、自分の身に起きたことを書き留めてみる。


 ガドル王国歴214年、本日4日なり。


 これはGAME STARTの初期設定と同じ。

 だがしかし。

 オリエ・ランドバルドという旅人として、ガドル王国に入国・・・のはずが、何故か上級向けである難解ダンジョンのベルド遺跡でさ迷っているところを、カイザルック魔術師団のジャンルカ氏に助けられ、今に至る。

 一般国民と旅人は、上級レベルのダンジョンには立ち入りが不可能なのは、ジャンルカの言った通りであり。・・・ここがまず設定と違う。


 ジャンルカ・ブライトマン


 初期キャラのオリエが魔銃士に就いた時、確か魔術師団メンバーの中で上位ランクにいた。最初の記憶どおり、避けられ・・・というか視界にも入ることも拒否されていたから、ここまで自分に絡んでくるキャラではなかったはずだ。

 そもそも、自分がオリエではなく、娘のビビであること。時間軸が完全にずれているのだ。これは一体どういうことなんだろうか。


 「・・・まぁ、知識はGAMEやりこんでいるだけあって、困らない程度にあるし」

 ペンを置いて、ビビはため息をつく。

 持ち金は数日宿に宿泊できる程度。腹が立つくらい、初期設定と同じである。

 この微々たるお金で、なにをしろと?武術職に就く前は、頑張って農業勤しんで働いて貯めまくって。レアアイテム売りさばいて、イベントもたくさんこなして、ガドル王国のお金持ちランキング上位だったのに!

 

 とりあえずベティーロードの宿に居候しながら、日銭を稼いでいかなければ。確か、帰化するのに手続き保証金云々で結構な金額が必要だったはず。

 「GAMEのキャラクターに転移するなんて、なんてベタな設定なんだろう」

 転生転移とか?WEB小説上でよく目にしていたけど。まさかのまさか自分がそうなるとは。


 でも、考えてみたら、自分が入りこんでしまった【星に願いを~アルコイリスの世界】は、いわゆるシュミレーションゲーム、というもので。普通の小説や乙女ゲーム?で出てくるところの、ストーリーやお決まりのキャラクター絡みの"イベント"というものがない。

 だからストーリーの未来を知っている知識チートというものもなく、攻略対象といわれるキャラクターも存在しない。

ただ、決められた日々や国の年間行事、たまにあるアイテムゲットのイベントや、バトルイベントを淡々と自由にこなしていく。なんだ、培った知識は全く役にたたないじゃないの。


 「とりあえず、いつまた元に戻るかはわからないし・・・今できることをしよう」

 よしっ、と自分自身に無理矢理納得させて、上着を脱いでベッドに潜り込む。

 ふと。

 背中まで伸びた長い髪を、指先に絡める。

 ゆるくウェーブした髪は・・・まるで、血を思わせる鮮やかな赤。初期設定ではないその色は、何かのイベントかポイントで課金して染めた特別色だ。たまたまビビしか染められるキャラがいなかったから。だがGAMEでは目立って気に入っていたはずのその色は、実際目にするとまるで血糊で染めたような異質さだ。


 "気持ち悪い"


 チクリ、と深い場所に沈んだ記憶が小さな痛みを訴える。

 ああ、ビビはこの髪の色が嫌いだったんだな、と感じた。


 「・・・外見は・・・完全にビビ、なんだけど」

 世界樹の森で目覚めて、覗き込んだ水面に映る自分の顔を思い出し、ビビはため息をついた。

 瞳の色は、何故か設定外の深緑になっていた。両親いずれとも違う、神獣ユグドラシルを思わせる色。

 

 多分・・・ビビとして神獣ユグドラシルの加護を解放した時に、受けた影響ではないかと思う。

 どちらにしろGAMEで故意に染めた髪と、気づかぬうちに変わっていた瞳の色は・・・いまこの状況で、完全に自分はガドル王国の中で異端になってしまっている。

 あの世話役として、数多くの旅人と携わっているベティーでさえ、自分の髪と瞳の色を見て、見たことがないと驚いていたから。

 「・・・ビビも・・・皆から好奇な目で見られていたんだな・・・」

 チクリ、と再度胸が痛む。ビビはため息をつき・・・シーツにくるまった。

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