第14話 ビビの加護
「これ・・・魔石、よね?」
ファビエンヌは呟く。
魔石は、名前の通り魔力を宿した石。人が魔の力を操る際に仲介する媒体である。ダンジョンに出現する魔獣や魔人を倒すと採集できる、いわば魔力の核のようなもの。そして敵のレベルによって、魔石に秘められた魔力の強さも比例するといわれている。
だが、ビビの手からこぼれおちた緑の魔石から溢れる魔力は・・・二人の知る魔石と呼ばれる規格のものを、遥かに越えていた。
石はキラキラと金の光を放ち、光はそのままビビの身体を包みこむ。その光は温かく、部屋中に魔力が満ちていくのを肌で感じ、ファビエンヌは知らず身震いをした。
しばし部屋を漂っていた光は、だんだんと薄く淡く消え去り・・・部屋に静寂が戻る。
床に目を落とせば、あったはずの魔石らしき物体は消え去っていた。
「・・・」
「もう・・・なんだか、意味わからないんだけど・・・」
ファビエンヌは息を吐く。ジャンルカに目を向ければ、眉間にシワを寄せて、深く考え込んでいるようだった。
「この娘になんらかの加護があるのは、わかったわ。でも、なんて師団長に説明すればいいのかしら?」
魔石?が突如現れ、枯渇していた娘の魔力を補い、消えて行った?それに加護やスキルが関わっているらしい例など、今まで見たことも聞いたこともない。
「・・・魔力が戻っている・・・?」
ビビの頭に手を乗せ、ジャンルカは呟く。しかも・・・ジャンルカは眉を潜めた。魔量が先程と比べ、大幅にあがっている。
先程の魔銃といい、魔石といい、一体何がこの娘に起きているのかわからなかった。
ただはっきりしているのは・・・ただならぬ加護を受けている人間らしい、ということ。
※
一度ならず、二度までも・・・
穴があったら入りたい、という心境はまさにこのことを言うのだろう。
そして今、ビビはカイザルック魔術師会館のジャンルカの仕事部屋で、何故かジャンルカとテーブルで向かい合わせで座り、食事を取っている。
ジャンルカは仕事が立て込むと、度々ベティーに食事を運んでもらっているらしい。ベティーはまだビビが魔術師会館にいる、と聞いて気をきかせて2人分届けてくれたようだ。さすが旅人の世話役!とここは感動すべきなのだろうが。
・・・眠りこけていた、なんて言えない・・・。
「あの・・・」
ビビは頭をさげる。
「もう、返す返す、なんとお詫びをして良いのか・・・」
先日に続いて気を失った上に、よりによって、ジャンルカ様の膝枕とは!
目覚めた時、心臓が止まらなかった自分の図太さに、心底喝采を送りたい。
「・・・そうだな」
ジャンルカは器用にくるくるとフォークにパスタを絡め、口元に運ぶ。
その所作が上品で、いちいち綺麗で、ぼーっと見とれてしまう。
が、
「お陰で、1日仕事が止まった」
ズコーンと衝撃を受け、ビビは項垂れる。なら、そのまま放置して、床に転がしていてくだされば良かったのに・・・と涙ぐむ。
この食事代は絶対ベティーに頼んで、請求してもらおう、と誓う。お金はないから暫くはお店の手伝いでもして・・・。
ビビと主従契約を結んだらしいラヴィーは、ビビの滞在するベティーロードの宿には別のヘム・ホルツが居るので、どうやらガカイザルック魔術師会館を縄張りに決めたらしく、白いボディーをぷよぷよいわせながら館内の探検に出ているようだ。
ヘム・ホルツは、魔術師団のメンバーには歓迎されている。
なんでも落ちているものを本能的に体内に取り込んでしまうヘム・ホルツは、劇薬を調薬したり、危険な魔法陣の錬成の実験を行うエリアの多い、カイザルック魔術師会館は生存本能が敬遠してしまうのか?過去ここを拠点に動くヘム・ホルツの事例はなかったそうだ。
「ヘム・ホルツは、魔物と分類されているけど・・・ああみえて"神獣ユグドラシルと共に世界樹から産まれた、最初の生物"と云われているのよ。ヘム・ホルツのいる場所は、基本喧嘩とか、諍いが起こらないの」
ファビエンヌに教えてもらい、納得する。確かに、可愛い外見に癒されるのはもちろん。ラヴィーは居るだけでその場所の雰囲気が和み、空気が澄んでいくのがわかる。
とりあえず、見境なく落ちているものを食べないことと、・・・"ヘム・フン"を落とさないように、注意をしておいた。
「ビビ」
突然、名前を呼ばれ、ビビはびっくりして顔をあげる。
「は、はいっ!」
ビシッと背筋を伸ばすビビに、ジャンルカは軽く目を見開き、フッとわずかに口元を緩ませた。
「そんなに構えなくていい」
「はうっ!」
あ・・・どうしよう、その顔反則です。鼻血でそう。ビビはあわあわしながら目を反らす。
「詫びに」
ジャンルカはビビのグラスにワインを注ぐ。
「はい?」
「明日は俺を手伝え」
「・・・は?」
ビビは目を瞬く。
「結界は解いておく」
あ、やっぱりあれ結界だったんだ。
「あの・・・」
「なんだ?」
「わたしが・・・ジャンルカさんの、手伝い?・・・ですか?」
掃除かな?洗濯かな?もしくは肩マッサージとか?
目まぐるしく思考を回転させているビビに、ジャンルカは今度は見てわかる笑みを浮かべた。
「・・・多分、お前の考えている手伝いは、全部ハズレだ」
ビビは真っ赤になった。
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