第14話 ビビの加護

 「これ・・・魔石、よね?」

 

 ファビエンヌは呟く。

 魔石は、名前の通り魔力を宿した石。人が魔の力を操る際に仲介する媒体である。ダンジョンに出現する魔獣や魔人を倒すと採集できる、いわば魔力の核のようなもの。そして敵のレベルによって、魔石に秘められた魔力の強さも比例するといわれている。

 だが、ビビの手からこぼれおちた緑の魔石から溢れる魔力は・・・二人の知る魔石と呼ばれる規格のものを、遥かに越えていた。

 石はキラキラと金の光を放ち、光はそのままビビの身体を包みこむ。その光は温かく、部屋中に魔力が満ちていくのを肌で感じ、ファビエンヌは知らず身震いをした。


 しばし部屋を漂っていた光は、だんだんと薄く淡く消え去り・・・部屋に静寂が戻る。

 床に目を落とせば、あったはずの魔石らしき物体は消え去っていた。

 「・・・」

 「もう・・・なんだか、意味わからないんだけど・・・」

 ファビエンヌは息を吐く。ジャンルカに目を向ければ、眉間にシワを寄せて、深く考え込んでいるようだった。

 

 「この娘になんらかの加護があるのは、わかったわ。でも、なんて師団長に説明すればいいのかしら?」

 魔石?が突如現れ、枯渇していた娘の魔力を補い、消えて行った?それに加護やスキルが関わっているらしい例など、今まで見たことも聞いたこともない。

 

 「・・・魔力が戻っている・・・?」

 ビビの頭に手を乗せ、ジャンルカは呟く。しかも・・・ジャンルカは眉を潜めた。魔量が先程と比べ、大幅にあがっている。

 先程の魔銃といい、魔石といい、一体何がこの娘に起きているのかわからなかった。


 ただはっきりしているのは・・・ただならぬ加護を受けている人間らしい、ということ。



 一度ならず、二度までも・・・


 穴があったら入りたい、という心境はまさにこのことを言うのだろう。

 そして今、ビビはカイザルック魔術師会館のジャンルカの仕事部屋で、何故かジャンルカとテーブルで向かい合わせで座り、食事を取っている。

 ジャンルカは仕事が立て込むと、度々ベティーに食事を運んでもらっているらしい。ベティーはまだビビが魔術師会館にいる、と聞いて気をきかせて2人分届けてくれたようだ。さすが旅人の世話役!とここは感動すべきなのだろうが。

 ・・・眠りこけていた、なんて言えない・・・。


 「あの・・・」

 ビビは頭をさげる。

 「もう、返す返す、なんとお詫びをして良いのか・・・」

 先日に続いて気を失った上に、よりによって、ジャンルカ様の膝枕とは!

 目覚めた時、心臓が止まらなかった自分の図太さに、心底喝采を送りたい。

 「・・・そうだな」

 ジャンルカは器用にくるくるとフォークにパスタを絡め、口元に運ぶ。

 その所作が上品で、いちいち綺麗で、ぼーっと見とれてしまう。

 が、

 「お陰で、1日仕事が止まった」

 ズコーンと衝撃を受け、ビビは項垂れる。なら、そのまま放置して、床に転がしていてくだされば良かったのに・・・と涙ぐむ。

 この食事代は絶対ベティーに頼んで、請求してもらおう、と誓う。お金はないから暫くはお店の手伝いでもして・・・。


 ビビと主従契約を結んだらしいラヴィーは、ビビの滞在するベティーロードの宿には別のヘム・ホルツが居るので、どうやらガカイザルック魔術師会館を縄張りに決めたらしく、白いボディーをぷよぷよいわせながら館内の探検に出ているようだ。

 ヘム・ホルツは、魔術師団のメンバーには歓迎されている。

 なんでも落ちているものを本能的に体内に取り込んでしまうヘム・ホルツは、劇薬を調薬したり、危険な魔法陣の錬成の実験を行うエリアの多い、カイザルック魔術師会館は生存本能が敬遠してしまうのか?過去ここを拠点に動くヘム・ホルツの事例はなかったそうだ。

 

 「ヘム・ホルツは、魔物と分類されているけど・・・ああみえて"神獣ユグドラシルと共に世界樹から産まれた、最初の生物"と云われているのよ。ヘム・ホルツのいる場所は、基本喧嘩とか、諍いが起こらないの」

 ファビエンヌに教えてもらい、納得する。確かに、可愛い外見に癒されるのはもちろん。ラヴィーは居るだけでその場所の雰囲気が和み、空気が澄んでいくのがわかる。

 とりあえず、見境なく落ちているものを食べないことと、・・・"ヘム・フン"を落とさないように、注意をしておいた。


 「ビビ」


 突然、名前を呼ばれ、ビビはびっくりして顔をあげる。

 「は、はいっ!」

 ビシッと背筋を伸ばすビビに、ジャンルカは軽く目を見開き、フッとわずかに口元を緩ませた。

 「そんなに構えなくていい」

 「はうっ!」

 あ・・・どうしよう、その顔反則です。鼻血でそう。ビビはあわあわしながら目を反らす。

 「詫びに」

 ジャンルカはビビのグラスにワインを注ぐ。

 「はい?」

 「明日は俺を手伝え」

 「・・・は?」

 ビビは目を瞬く。

 「結界は解いておく」

 あ、やっぱりあれ結界だったんだ。

 「あの・・・」

 「なんだ?」

 「わたしが・・・ジャンルカさんの、手伝い?・・・ですか?」

 掃除かな?洗濯かな?もしくは肩マッサージとか?

 目まぐるしく思考を回転させているビビに、ジャンルカは今度は見てわかる笑みを浮かべた。

 

 「・・・多分、お前の考えている手伝いは、全部ハズレだ」

 ビビは真っ赤になった。

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