第13話 ジャンルカ・ブライトマン

 ベルド遺跡で素材採集をしていた時、いきなり現れたヘム・ホルツに意味不明な言葉で呼ばれ、何故こんな危険な上級ダンジョンに戦闘能力のない魔物が・・・?と驚く。

 その慌てぶりから只事ではないと後をついて行ってみれば、遠く鳴り響く爆発音と振動。今まで体感したことのない膨大な魔力を感じて、身体が動かなくなる。

 さらに轟音が響き渡り、辿り着けば・・・

 破壊され、広がる魔銃機兵の残骸。

 遠くで泣き叫ぶように、誰かを呼ぶ声。


「・・・じゃあ、やっぱり・・・わたし、が」

 でも、どうやって・・・?


 ふいに襲う不安が、黒い霧のようにじわじわ広がる。何か思い出せそうなのに、頭の何処かでそれを強く拒絶している自分もいて。

 膝に置かれた指先が白くなるほど握りしめ、気づけば小さく震えていた。

 ジャンルカは目を細め手を伸ばすと、そっと握りしめた手に重ねた。

 びくっ、とビビの肩が跳ねたが、感じた人の体温に徐々に力が抜けていく。

 ふ、と詰めていた息を吐くと、ぽんぽん、と安心させるように大きな手のひらがビビの手をたたいた。

 

 「無理矢理聞き出すつもりはない」

 落ち着け、と耳に届いた静かな声に、ビビはジャンルカを見返す。

 最初、冷たいと感じた金の目には相変わらず表情がない。だが目が合うと、安心させるようにゆっくりと頷かれた。それに目を瞬き、ビビは再度詰まった息を吐きだした。


 このひと、

 すごく・・・やさしい・・・


 ふいに目頭が熱くなる。


 すごく・・・安心する。


 「・・・大丈夫・・・です」

 ビビは呼吸を整える。

 言って、片手をつき出した。


 うまく、できるかな?

 あのときは・・・無我夢中だったし。

 でも、夢じゃないなら・・・


 つきだした右手から金の光が溢れ出し、手のひらに小さな魔法陣が浮き出た。くるくると光の渦が手のひらで舞い、次の瞬間手のひらにズシリ、と重みが。

 ジャンルカは目を見開いた。

 ビビはふう、と息をはき、手のひらに現れたそれを、ジャンルカに差し出す。

 

 「ジャンルカさんではないなら・・・多分、これです。すぐ消えちゃったから、記憶も曖昧なんですが・・・」

 古びた、かわった形状の魔銃だった。

 だが、取っ手の部分に刻まれた紋章と、古代文字にジャンルカは息を飲む。

 「・・・これは?」

 「・・・わかりません。気づいたら手にあって・・・」

 

 ああ、でも・・・と、ビビは確信する。

 これは英雄オリエ・ランドバルドの、"龍騎士の銃"だ。

 大地の守護龍アナンタ・ドライグから、眷属となった証に与えられた、唯一無二の魔銃。多分、最期にオリエのスキルを引き継ぐ時に、これも一緒に引き継いだのだ。・・・【時の加護】とともに。


 (神とも聖獣とも違い、別の次元で超越した存在・・・それが、わたしに【時の加護】を与えた)

 頭を過ぎる、オリエの苦し気な声。


 あの時、オリエはなにか重要なことを言っていた気がする。

 それが・・・どうしても思い出せない。


 ふ、とビビは目眩がして頭を押さえる。

 よろめいた身体を、ジャンルカが支える。

 「・・・どうした?」

 「すみません、急に、力が・・・」

 「・・・魔力切れ、か。動くな」

 耳元でジャンルカはつぶやき、素早くビビを抱えあげる。

 「・・・すみませ・・・ん、」




 「・・・あらま」


 部屋に入ってきたファビエンヌは、思わず目を瞬かせた。


 「こんな光景、見る日がくるとは」


 ファビエンヌの言葉に、長椅子に座っていたジャンルカは、眉間にシワを寄せ、読んでいた本から目を離す。その膝にはビビが頭を乗せ、寝息をたてている。

 その安心しきった寝顔を眺め、ファビエンヌは思わず微笑んだ。


 「仏頂面のあなたのお膝に、睡眠リラックス効果があるとはねぇ」


 屈みこみ、そっとその赤い髪をすいてやると、うん・・・と身動ぎをするビビ。

 「・・・で、どうなの?この娘」

 ファビエンヌは声を落とす。

 「あなたの張った結界を、いとも簡単に抜けていくんだもの。たぶん無意識よね?」

 「・・・」

 抜けていったのではなく、結界そのものを消滅させたのだ。信じられないが、魔術師団最強の魔力を誇る師団長でさえ、解除するのが精一杯だったのに。それくらい、ジャンルカの張る結界には定評があったのだ。

 ジャンルカは本を閉じ、テーブルに置く。

 

 あれからビビは会話もままならず。前回同様疲れたように意識を手放した。

 銃士の同僚に頼んで、ベティーロードの宿に送り届けてもよかったが・・・何故か手離し難く、そのまま寝かせてしまっている自分に驚く。しかも、膝まで貸すとは。


 不思議だった。

 この娘の存在を感じているだけで、身体の疲れが癒え、穏やかな気分になる。

 泣き顔を見ていると、涙を拭い、心配ないと安心させてやりたくなる自分がいる。


 「・・・らしくないな」

 つぶやいた声に、ファビエンヌは微笑む。

 「あら?人間らしくて、いいじゃない。安心したわ」

 「・・・この娘は、加護もちなのは確かだが・・・なんの加護をうけているのか、俺にもわからない」

 ジャンルカはビビの髪に触れる。

 柔らかで指通りが良く、触れると花のような甘い香りがする。

 「ヘム・ホルツの言葉を理解し、俺の結界を無意識に消滅させるとは・・・」

 それに、とジャンルカは口をつぐむ。

 

 ビビが錬成したと思われる魔銃は、ビビが気を失うとともに消えてしまった。

 どうやらビビの体内魔量に関係しているらしい。気を失った時のビビの魔量は枯渇状態だった。

 魔力と魔量は通常比例しているはずだ。

 だが・・・ビビの魔量は魔力と比べると圧倒的に低い。

 

 "ジャンルカさんが、助けてくれたんですよね?"

 

 こんな掬うほどのわずかな魔量で、あんな一瞬のうちに、しかも普通の魔銃では太刀打ちできない甲殻魔銃機兵6体のうち、3体を撃破、3体の核を正確に狙い撃って機能を停止させるとは。

 本気で自分が助けた、と思い込んでいるあの表情も、とても嘘をついているようには見えなかった。

 

 「・・・あなたほどの、"鑑定"のスキルを持ってもわからないなんて・・・ね」

 こうして見ると、ただの普通の女の子なんだけど・・・とファビエンヌはため息をつく。

 ふと、ビビが不自然な拳の握り方をしているのに、目を留めた。

 「・・・?」

 「どうした?」

 「・・・なんか、握りしめている」

 屈んで、そっとビビの手をとり、指をほどくと、ポトリと何かが床に落ちる。


 「・・・?」

 「えっ?これ・・・」

 転がったものをとろうと、手をのばすと。パアッと金の光がその塊から放たれる。


 「なに・・・これ」

 半端ない魔力量・・・?

 ファビエンヌは息を飲んだ。

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