第12話 再会

コン、コン


 軽くノックをするが、中から反応はない。

 一呼吸おいて、そっとノブをまわし部屋に足を踏み入れる。


 「わぁ・・・すごい本」


 それほど広くない室内の、壁という壁の棚にはギッシリと本が並べられ、床にも積み上がっている。

 地震でも起きたら、すごいことになりそうだな、とビビは思う。

 一歩ふみ入ると、ピリッと爪先に弱い電流が走り・・・パシッ、と小さいラップ音がして、思わずビビは足を止める。


 「・・・この感じ、結界・・・?」

 これ以上、進まない方がいいのかな?と躊躇していると


 「きゅぴぃ!」


 聞き覚えのある、鈴を鳴らす鳴き声が響き、白いぷよぷよした物体が、積み上がった本の上から姿を現した。


 「ラヴィー!」


 ビビは叫び思わず室内に足を踏み入れる。両手を広げ、ポヨーンとジャンプしてきた白い物体を受け止めた。


 「きゅぴ!きゅぴぴぴ!」

 「ラヴィー!会いたかった!もう、なんでここにいるの?縄張りから出て、大丈夫なの?」

 ぷにぷにしたボディーに頬を押しつけ、ぐりぐりしながらビビは叫ぶ。

 「きゅきゅ、きゅぴぴ~」

 「え?契約した?わたしと?いつ・・・?」

 びっくりして、座り込んだままラヴィーのつぶらな黒い目を見返す。


 「なるほど」


 先日と同様、いきなり声がして、ビビは顔をあげる。

 目の前に、男が1人立っていた。故意なのだろう、気配はまったく感じられなかった。窓から射し込む陽を背にしているので、男の顔の表情はわからなかったが・・・聞き覚えのある声音から、彼がジャンルカ・ブライトマンであることは間違い無さそうだ。


 「お前と契約したから、遺跡からも出られたというわけ、か」


 「・・・あの」

 ラヴィーを膝の上で抱き締めたまま、ビビは男を見上げる。

 「ジャンルカ・ブライトマンさん、ですか?」

 男は軽く頷く。

 「ビビ・ランドバルドだな」

 「・・・はい」

 いきなり名前を言われてびっくりしたが、頷くビビ。

 ジャンルカは組んでいた腕をほどき、くるっと背を向ける。

 「あの」

 「来い。お前に聞きたいことがある」



 積まれた本の奥はまだ続いていて。奥の2つあるドアの1つを開け、ビビを促す。

 長椅子にビビを座らせた。隣にラヴィーがジャンプして身を沈める。


 「・・・あの、昨日はありがとうございました」

 ビビは頭をさげる。

 「ベティー・ロードさんのところまで、運んでいただいたのに、ろくにお礼も言えなくて・・・すみません」

 「礼には及ばない」

 ジャンルカは湯気のたったカップをビビにわたす。ビビは不思議な気分で、それを受けとる。

 オリエの時は・・・まったく見向きもされなかったのに。こうして向かい合って、お茶飲んで・・・?

 目の前に座るジャンルカを、まじまじと見つめる。

 白髪かと思った髪は綺麗な銀髪で、浅黒い肌にきつめの金の瞳が、やはり冷たさを感じる。でも、GAMEをPLAYしていた時のような、拒絶されているような感じはない。

 歳は・・・60過ぎのはずなのに、眉間のシワは深かったが・・・整った綺麗な顔をしている。

 やっぱり美形だな、と思う。

 当時のオリエは、この彼の独特な雰囲気にひかれたのだ。

 ・・・プレイヤーとしては、"おおっ!自分好みの美中年がいる!"と盛り上がってアタックして撃沈したのだが。


 「・・・なんだ?」

 金の目と合って、慌てて目を反らす。

 「す、すみません、じろじろと不躾でした」

 ビビはお茶を一口。あ、甘くて美味しい・・・なんだろ?果実の甘みかな?

 「昨日」

 気にした風でもなく、唐突にジャンルカは口を開く。

 「お前をベティー・ロードへ預けて、再度ベルド遺跡へ潜ったら、そのヘム・ホルツ・・・ラヴィー、というのか?が待っていて。お前が襲われた場所まで案内してくれた」

 ビビは膝に乗って、ぷるぷる甘えているラヴィーを撫でる。

 今日のラヴィーは昨日のウサギのような形態から、猫のような形態に変幻し。尻尾をパタパタ揺らして、ゴロゴロ鳴いていた。

 スライム種だけあって変幻自在。なんでもアリ、なんだな。この生き物は。

 

 「大破した機体は3体。残り3体は核の部分だけ破壊されて、機能停止。この状態で回収できるケースは稀だ」

 見るか?と問われ、頷くビビ。

 隣の部屋に行くと、石畳の床に魔法陣が敷かれ、四つ足の・・・GAMEの戦闘シーンでは見慣れた魔銃機兵が、一体鎮座している。思いの外サイズが大きいのに、驚いた。

 リアルな世界では想像することすらなかったが、こうして目の当たりにすると、突き出た銃砲はバズーカ砲並みに太い。

 こんなの6体から襲われて、よく無事でいたなぁと今更ながら冷や汗が流れた。

 

 「1体回収するのがやっとだったんだが、気づけばラヴィーも後ろからついてきた。どうやら、お前と同様なにかしらの事情であのダンジョンに飛ばされたらしいな」

 通常、ヘム・ホルツは単体ではダンジョンに入れないが、契約して主従関係になると行動を主人と共にできるという。

 ビビは首をかしげる。

 「っていうことは・・・わたしと契約したからラヴィーはここに?」

 「ヘム・ホルツに関しては・・・まだ生体が解明されていない点が多い。この国でも、国王陛下が二体契約しているのみ。ましてや・・・」

 ジャンルカはテーブルにカップを起き、魔銃機兵の銃砲に手を当てる。

 「言葉がわかる、など。陛下からも聞いたことがない」

 

 契約方法に関しては、先ほどラヴィーから聞いていた。どうやらビビが大泣きしていた時、寂しい、という感情が引き金になって、流した涙が媒体となったようだが、ケースはまちまちで都度変わる。ラヴィーにも上手く説明できないようだ。

  そう伝えると、ジャンルカは腕を組み、考えるようにする。

 

 「あの・・・」

 「なんだ?」

 「これ・・・魔銃機兵?倒したのって・・・ジャンルカさん、ですよね?」

 ビビの問いかけに、ジャンルカは軽く目を見開く。

 「・・・違うんですか?」

 自分には狙撃の経験はないし、確かにそれっぽい真似をした記憶はあるが、突然手のひらの中に現れた銃は、気づけばまた消えていた。

 「すみません、わたし・・・この国に来てから・・・いえ、実は何故ベルド遺跡にいたのかも、記憶が曖昧で」

 ビビの言葉に、ジャンルカは目を細める。

 そのさぐるような視線に、記憶がない、などと不審者だと言わんばかりな発言をしてしまったことを後悔したが、もう遅い。

 だがジャンルカの、ビビに対するそれは不信感ではなく。

 「俺ではない」

 「・・・えっ?」

 「魔銃機兵は、魔銃の攻撃を受けていた。お前ではないのか?」

 ジャンルカの問いに、ビビは息を飲んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る