第9話 ベティーロードの酒場
「・・・」
ぼんやりと目を開けると、頬を涙が伝っていった。
どうやら、泣いていたらしい。
「・・・なんで、涙?」
起き上がり、目をぬぐう。
かなり泣いていたのか、喉はカラカラでまぶたが重い。
夢・・・見ていたのか。
でも、内容が思い出せない。
懐かしいような・・・、切ないような。
苦しさに、そっと胸を押さえながら呼吸を整える。
一瞬、自分は誰なのか、頭の中を色々な記憶が一気に流れていくが、なにひとつ手にとることができないまま消えていく。
頭痛がして軽く頭を振ると、背を流れるゆるやかに波打つ赤い髪が、ふわふわと頬をくすぐった。
「・・・ビビのまま、か」
思わずため息をつき顔をあげた。
「で・・・ここはどこ・・・なんだろうか」
多分、本日3回目の、"ここはどこ?"
3回目ともなると、取り乱さない自分の冷静さが怖い。
っていうか、思考が麻痺しているんだろうか。
こじんまりとした部屋を見渡す。
室内に射し込む影の長さからみると、夕方近いのか。
部屋には自分が寝かされているベットと、窓際に置かれた机と椅子のみ。
身につけていた革の小ぶりなリュックは机に置かれ、フードつきのベストは脱がされて、椅子の背もたれにかけられている。
コン、コン
ドアが軽くノックされ、はい、と答えると。入ってきたのは
「良かった、目が覚めたみたいね」
豪華な金髪に白い肌、ディ〇ニーアニメに登場してきそうな、目鼻立ちがはっきりしているグラマラスな北欧美人。この女性には見覚えがあった。
作成したキャラクターが、旅人として港に入国するGAME START時、操作方法や進行の仕方をサポートしてくれる人物。
「私は、ベティー・ロード。この国を訪れる旅人のお世話を任されているの」
やっぱり!
帰化して国民になると、収入に応じてアパートを借りたり、住居を購入したりできるようになるのだが、旅人でいる間は、彼女の経営する酒場兼宿に滞在する設定になっている。
ということは、ここはベティー・ロード酒場の二階の宿の一室なのだろう。
「あなた、ベルド遺跡で迷子になっているところを、カイザルック魔術師団の人に見つけられて、連れてこられたのよ」
言って、その女性・・・ベティーは、ベットの側まで歩み寄り、にっこりと美しい笑みを浮かべる。
やはりあの男は魔銃士だったのか、と思う。カイザルック魔術師団とは、ガドル王国の三大武術組織のひとつであり。
その名の通り、魔術を得意とする、ガドル王国の【知恵】に位置付く組織である。魔銃士はその中の一師団で、魔力を込めた魔銃や武器を使って敵を攻撃をする、戦闘に特化した部隊だ。
「なんか、魔銃機兵に襲われたって、ジャンルカが・・・あなたをここに連れてきた、カイザルック魔術師団の人なんだけど・・・そう言っていたわ。かなり怖い思いをしたんでしょう?もう大丈夫よ」
・・・。
・・・え?
いま、なんて・・・?
「具合はどう?怪我はしていないようだけど。何か食べられるようなら、用意するわ」
「あっ・・・あの!」
ガバッと勢いよく身を乗り出したので、ベティーはびっくりしたように目を見開く。
「今・・・わたしを助けてくれた人、って・・・」
ああ、とベティーは腕を軽く組む。
「ジャンルカ・ブライトマン。カイザルック魔術師団の魔銃士よ?」
衝撃のあまり、言葉を失った。
突然思い出す、オリエというキャラクターを作成し、ランダムに入国したガドル王国の初期設定を。
この世界は・・・
※
「取り乱して、すみませんでした」
一階の酒場のテーブルに座り、改めてベティーに頭をさげる。
「あと、色々お世話になってしまって・・・ありがとうございます」
「いいのよ。混乱するのも無理ないわ」
ベティーは微笑み、湯気のたったプレートをテーブルに置く。
「お名前、聞いても?」
問われて一瞬口ごもり。
「ビビ・・・です。ビビ・ランドバルドです」
中身はともかく、外見はオリエの娘のビビそのものだったので、間違いではないだろう、と咄嗟に答える。
「やっぱりね」
ベティーがホッとした表情を浮かべる。
「・・・え?」
「今朝、ガドル王国に入国した旅人が一人行方不明だって聞いて。ビビさんがそうなんでしょう?」
「・・・」
呆然とベティーを見返す。
「申し訳ないけど、明日にでも、カイザルック魔術師会館へ行ってもらえないかしら?会館内にある王立図書館の司書にアランチャ・デ・シシリアって人がいて、入国する旅人の管理をしているから。無事だってこと伝えてほしいの」
アランチャはベティー同様、旅人をサポートしてくれるキャラクターの一人だ。
完全に自分がGAME START時のレールに乗っていることを、自覚せざるを得ない。
「あ、はい・・・」
ビビは大人しく頷き、フォークを取る。
GAMEでベティーは、ガドル王国城下で一二を争う料理上手との設定だった。清潔で安い宿と、美味しい手料理。世話好きなベティーの人柄に惹かれて、ガドル王国に帰化する旅人は少なくないのだ、と。
目の前に置かれたプレートには、サラダとスープ。パンと煮込みが乗って、美味しそうな匂いを漂わせている。
スープを一口食べると、やさしい味が広がり・・・
「・・・美味しい」
自分がどれだけ、空腹だったか思い知らされる。
「良かったわ。口にあって」
ベティーは微笑む。
「たくさんあるから、おかわりしてね」
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