第6話 ヘム・ホルツ

ガッシャーン!


 大きな音と、背中に強い衝撃が。

 ばふん、と砂埃があがり、そのまま地面をごろごろ転がり何かにぶつかって止まる。舞い上がる砂埃に激しく咳こんだ。


 「うぇ・・・」

 身を起こし四つん這いになって、暫くゲホゴホしながら砂埃が収まるのを待つ。

 「もう、なんなんだ・・・今日は厄日か」

 衣類の埃をはたきながら、ゆっくり立ち上がる。

 ここは、どこだろう?

 さっきまで森の中にいたはずなのに。


 「あれは・・・GAMEのオープニングで流れる・・・最果ての島の【世界樹の森】だよね」


 9つあるアルコイリスの大陸の中心にある、最果ての島。

 その島にそびえたつ【世界樹】から神獣ユグドラシルが誕生する場面から、オープニングが始まる。

 神秘的で綺麗なアニメーション動画だったけど、ちゃんと見たのは最初の1回だけで。後は早くGAMEをやりたいがために、都度スキップしていた。

 他にもオープニングで色々、王国の仕組みのことがテロップで表示されていたけど、まじめに読んでいなかった自分を、今になって反省する。


 「・・・でも、ここどこよ」


 ようやく暗闇に目が慣れてきて、辺りを見渡す。岩、というよりも、崩れた石の壁やら柱やら。どうやら古い遺跡のような。

 ところどころ、壁の隙間から陽射しが漏れていて、苔むした岩肌が光っていた。

 耳を澄ますとサラサラと遠くから水が流れる音がする。

 とりあえず水音に向かっていけば、外に出られるのではないか?そう思って一歩足を踏み出すと、足裏にふんわりとした感触が。


「きゅぴい?」


 陶器の鈴を転がすような、音?

 いや、これは・・・


 足元に目を落とすと、真っ白な塊が飛び込んでくる。


 ・・・え?


 ちょうど膝くらいの高さで、ウサギのような耳と小さな手。くりくりとしたつぶらな目でこちらを見上げている。

ぱっと見、乳白色のスライム?


 「まさか・・・ヘム・ホルツ?」


 がばっとしゃがみこみ、白い物体と目線を合わせる。その物体はプルプルなボディーを揺らしながら、手と耳をピョコピョコ動かした。


 「きゅぴきゅぴ~」


 か、

 かわいい・・・っ!!


 思わず手を伸ばして、撫でる。ふわふわして柔らかでマシュマロのような手触りが気持ちよい。ヘム・ホルツも気持ちよさそうに、手にすり寄ってきた。


 「癒されるわ~名前、なんだろう?」


 GAMEに登場する、人間に友好な不思議モンスター、ヘム・ホルツ。ガドル語で【小さな森】という意味だったはず。かわいい生き物は大好きだから覚えていた。変幻自在でなんでも吸収するスライム種。確か、一匹一匹名前がついていたはずだ。


 「・・・ん?ラヴィー・・・?」

 ふと頭に飛び込んできた単語を復唱すると、


 「ぴ!」

 白いウサギを思わせるヘム・ホルツは嬉しそうに、ピョンピョン跳ねた。あーもう、可愛い!



 ラヴィーをお供に、薄暗い遺跡のような空間を歩く。

 自分がどの位置にいるのか、出口はどこなのか、まったく検討がつかず。ただラヴィーの進む方向に向かって歩く。


 「・・・お腹、すいたな」


 前をポヨポヨ進むラヴィーは、時折岩間に生えた植物へダイブしている。離れた後は何も残っていないので、多分溶かして体内に取り込んでいるのだろう。

 「こうして見たら、スライムだよねぇ・・・」

 落ちているものを何でも食べてしまう、ヘム・ホルツ。そして無造作に置いていく落とし物は・・・それはそれは、強烈な臭いだ、と言われている。GAME中、オリエも草の繁みを散策して何度か靴で踏んづけて、その強烈な臭いの洗礼を受けたことがあった。一度踏むと、アイテムを使って消臭しない限り、周囲も臭がって近づいてこない。気づかぬうちに踏んで、何度凹まされたことか。

 「まぁ、草の繁み限定ってところがまだいいよね。道端に落とされたんじゃ、かなわないし」

 確かに不思議な生態だな、と思いながら足を止める。ふと視界にチカッと火花が散った。


 「・・・っ!」


 無意識にラヴィーを脇に抱え、横に跳ねた。


 ドガァン!


 それまで立っていた場所が爆発し、火花が散る。モクモクと砂埃があがり、思わず咳こんだ。


 「きゅぴい!」

 「うん、危なかった・・・」


 言い終わる間もなく、また火花が散る。


 「・・・ったく!なんなのよ!」


 身を翻し、爆発を避ける。

 ドドドド!!


 マシンガンの乾いた音と振動に、うなじがチリチリする。ラヴィーを抱えたまま走り出す。自分たちの後を追って、地面にバチバチ火花があがった。


 完全に自分を狙っている?


 走りながら、それでも冷静な自分に驚く。こんな状況、一般人の自分なら即狙い打ちされて、GAME OVERなのに。

相変わらず恐怖は付きまとっていたが、ここがどこかわからない不安よりも、狙われて、でも逃げなきゃ確実に死ぬであろう現実(いま)と向き合っている方が恐怖を感じない。

 

 ふと、記憶が沸き上がってくる。

 かつては常に敵と対峙して戦ってきた、身体に染み付いた習慣のようなもの。


 まるで普通に呼吸するように、無意識に指先が空に円を描く。

 それは金色の光を放ち、ひとつの魔法陣をかたちどった。


 「狙われたなら、倒すまで!」


 キュンキュン!


 レーザーのような光が背後から通りすぎ、前方の岩をスパン!と切り裂いた。


 「・・・チッ!」


 振り返り、利き手を前につき出す。

 ずしり、と手に重みが。

 なにかが手中に現れ、収まる。

 カチリ、とトリガーを引く。


 ピピピピ・・・


 視界に映る、赤い物体が全部で6体。


 「あーたーれー!」


 ドゥン!

 ドゥン!

 ドゥン!


 つき出した手の先に現れた銃から放たれた金色の魔法陣が幾重にも広がり、一瞬のうち闇に飲まれていく。


 ドカーン!


 爆音と共に、地面が揺れる。

 遠くで、シャーシャーとレールを巻き上げるような金属音が響いた。


 シーンと静まり返り、空間に闇と静寂が戻る。

 はぁ、はぁ、と息を切らし、額に滲む汗をぬぐう。


 気づけば。

 「・・・あれ?ラヴィーが・・・いない」

 手を見るが、いつの間にか銃も消えている。空いた両手を眺め、ぺたり、とその場に座り込んでしまった。


 「・・・なに?いったい、何が・・・」

 今になって急に全身に震えがはしり、震える手で自分の身体を抱き締める。

 この感覚は、なに?自分でありながら、自分ではない"何か"が身体の奥底で眠る熱を開放したような。

 「・・・」


 わからない、自分に何が起きたのか・・・。


 思ったら、涙が浮かんできた。

 「夢なら・・・醒めてよ。こんなの・・・無理だよ」

 わたし、ただのフリープログラマーで。こんなスタントをこなすのには、ほど遠い生活をしている一般人で。

 命を狙われたことも、こんな何処かわからない空間で迷子になったことなんて、今まで一度もないのに。

 ボロボロと涙が頬を流れる。

 冷えた頬を流れる涙は熱くて、嫌でもこれが夢ではない、ということを思い知る。

 怖い・・・一体ここは、どこなんだろう。自分は・・・どうなってしまったんだろう?


 「ラヴィー、どこ?一人にしないで!」

 また狙われるかもしれないのに、わかっていても、声を出さずにいられない。座り込んだまま、しゃくりあげながら、何度も白いヘム・ホルツの名を呼んだ。


 「ぴぃ!きゅぴぴ」


 声が聞こえて、ぱっ、と涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげる。

 前方から、白いぷよぷよした物体が、鳴きながらこちらに向かって来るのが、視界に飛び込んできた。


 「ラヴィー!」


 立ち上がり駆け寄ると、そのぷよぷよした身体を抱き締める。


 「どこ行っていたの?心配したじゃない!もう、一人にしないでよ!」

 ぎゅうっと腕に力をこめ、ビビは座り込む。

 「きゅぷ~ぴょるむぐぅ」

 「・・・え?呼んできたって?・・・誰を?」



 「・・・ヘム・ホルツの言葉がわかるのか?」


 突然暗闇から聞こえる低い声に、文字通り飛び上がった。ラヴィーを抱き締めたまま顔をあげると、いつの間にか目の前に立ち、自分を見下ろしている人間の気配。声からして男のようだが、暗がりで、見えるのは足元だけで。

 恐る恐るゆっくり視線をさらに上へとあげていく。

 黒いブーツとレザーパンツに・・・どこか西洋の貴族を思わせる、赤と金糸の模様が入ったロングコート、といういでたち。

 どこかで・・・見たことがある装い?

 腰の帯に下げられた銀色の光を放つ銃を見た瞬間、息を飲んだ。


 「・・・、魔銃士・・・?」

 「何者だ?」


 男の声と重なった。

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