第5話 導きの声

 ピピピピ・・・


 聞こえる小鳥のさえずりに、意識が浮上する。


 「・・・朝?」

 

 目覚まし音って、こんな音だったっけ?もっとけたたましい音だったような?

 さわさわと頭上?を渡る風に、窓を閉め忘れたか?と思う。

 風が心地いい。

 なんだ・・・草の、匂い・・・?


 「・・・??」

 眼を開け、ゆっくりと起き上がると。目の前に広がるのは・・・

 狭くて薄暗いアパートの寝室ではなく、どこまでも続く森の深い緑。

 巨大な樹木に囲まれた、森の中だった。遠くに小川のせせらぎが聞こえる。

 苔むした巨木に生える、不思議な色彩の茸、地面はふかふかの芝生に似た草が広がっている。


 自分は昨夜、アパートの自室でゲームをしていたはずだ。

 「・・・ここ、どこ?」

 呟き、自分の声に違和感を感じる。ちょっと低めの、でもよく通る中性的な声質。

 「わたし、こんな声だっけ?」

 改めて自分を見ると、着慣れたフリース素材の部屋着ではなく、肌触りのよい素材のシャツに、フードのついたジャケットと黒い厚手のぴったりしたパンツ。頑丈そうな底厚の革のブーツ。枕にしていたのは、革製の小ぶりなリュック・・・。

 「・・・どこかで、見たような装いだな」

 風が頬を撫でて、ふいに視界へ飛び込んできた赤い髪の色に、ギョッとする。


 「えっ・・・?」


 自分は黒髪で・・・セミショートのはず?

 思わず手に取り、目元に掲げたその長い髪の色は、鮮やかな赤。まるで血を思わせるような・・・

 この色には覚えがあった。


 嫌な予感がして、あわてて立ち上がり、遠く流れる小川を求め、その水面を覗き込んだ。

 覗きこんで、目を見開く。


 「・・・うそ」


 水面に映る、こちらを見返している顔。

 そろそろと手を頬にあて、水面に映る顔も同じ動きをするのに愕然とする。


 「これ・・・ビビ、じゃん」


 しかも若い。自分がGAMEをPLAYしていた時のビビは、すでに30歳過ぎた大人の女性だった。

 水面に映るのは、どうみても10代の頃の、まだ幼さが残る顔立ち。


 それよりも。


 「いや、一体何がおきた?わたし、GAMEして寝落ちしたんだよね?」

 

 なんでビビになっているの?

 なんでGAMEの中にいるの?

 よく見るWEB小説に、事故とかで死んで小説やGAMEの中に転移転生する話は、たまに目にしていたけど。

 まさかその類?わたし、GAMEしたまま死んじゃったわけ?別に普通に元気だったけど?

 パニックに陥り、沸騰しそうになる思考をなんとか落ち着かせる。

 落ち着け、落ち着いて考えるんだ、わたし!


 ふいに周囲がキラキラと輝きだす。

 顔をあげて周囲を見渡す。森の中に光が差し込んで明るくなった。

 だんだん目が明るさに慣れてきて、そこで目の前にそびえたつ、巨大な樹に気づく。立ち上がると、ふらつく足を叱咤しながら、そろそろとその巨木の根元へと歩み寄った。

 

 「大きい・・・」


 こんな大きな木は見たことがない。見上げても、生い茂る枝は天に吸い込まれるように伸びていて薄暗く、先端がまったく見えない。まるで自分が小人になったみたいだ。

 そっと幹に手をそえると、ポウッと小さな光があてた手のひらから洩れた。


 「・・・え?」


 目の前の幹の一部が、溶けるようにぐにゃり、とゆがむ。

 あわてて手を引き、数歩後退した。

 歪んだ幹はそのまま渦を描いて、1つの物体を形どっていく。そして幹から溶け出て分離するように、球体の表面が大きく波打つ。

 驚きのあまり瞬きも忘れて見ていると、やかてそれは金色の光を放つ生き物へと姿を変えた。

 

 濃い緑の毛並みに金色の長い鬣。身動きするたびに、金粉が舞い、きらきらと空中に溶けていく。

 四本足でトナカイのような白金の二本の角を生やして。自分の知る生き物の中で該当するものがない、形容のし難い生物。

 

 ぽすり、と前足がビビに向かって踏み出される。

 

 これって・・・


 美しい金色の光の粒子を放ちながら、その深緑の高貴な生き物は、頭を軽く振って白金の角をビビの腕に摺り寄せた。

 その甘えているような仕草に、思わずビビは膝を折ると、そっと手を伸ばし毛並みを撫でる。

 サラサラして絹のような滑らかな手触り。触れると溶けてしまいそうに繊細だ。

 なんだろう、この感じ。前にも触れたことがあるような。

 

 「・・・神獣・・・ユグドラシル・・・?」

 

 アルコイリスの世界の【最果ての島】の世界樹から産まれた、と伝えられている神獣ユグドラシル。ガドル王国の人々に愛され、その姿を形どったオブジェのある城下の広場は、人々の待ち合わせ場所にもなっていた。

 GAME内でも神話として、宗教画でしか見たことがなかった。そもそも、神や神獣が実在するなんて・・・あれ?


 キラッと頭上の世界樹の幹が光り、輝きながら何かが手元にゆっくりと落ちてきた。慌てて手を差し出して、それを受け止める。

 樹々の間から差し込む陽光を弾いてキラキラ金色に輝くそれは、深い緑色をした石だった。


 「綺麗・・・」


 "我の声が聞こえるか?ビビ。女神ノルンに導かれし、オリエの娘"


 頭の中にひびく声。

 「・・・??」


 "・・・お前がこの箱庭に現れるのを、ずっと待っていた"


 「えっ・・・あの、」


 意味がわからない。

 わたしをビビ、って。オリエの娘、って・・・それはGAMEの話で・・・


 "GAMEではない"


 声が響く。

 石を両手で包み込み、緑の生物を見返す。全身深緑の毛皮で覆われていて、目もなければ、口もない。


 「・・・あの、」

 恐る恐る尋ねてみる。

 「神獣・・・ユグドラシルさん、ですか?」


 "・・・・・・"


 ふわり、とやわらかな風が頬をなでる。

 キラキラと神獣の毛並みから舞う金色の光の粉が、陽の光に溶け込んでいく。

 すり、と神獣はビビにすり寄り、もっと撫でてくれというような仕草で甘えてくる。その幼い仕草と、落ち着いた静かな声が一致しない違和感は、なんなんだろうか。


 "・・・そうか、お前は"


 それを感じ取ったのか、声が響く。


 "・・・お前はビビであり、ビビでなき者。そして封印が解かれた今はビビであった者。・・・お前の両親は、オリエは・・・なにも伝えていなかったのだな"


 「伝える、って。何をですか?オリエ・・・って、わたしが育てたGAMEのキャラクターだったんですけど」


 "そうだ。そしてお前はビビとして、オリエの力を引き継いだ"


 「でも、それはGAMEの設定で・・・」


 "GAMEではない"


 再度、今度は有無を言わせない口調だった。


 "お前はオリエの願いにより、この箱庭へ導かれた。・・・神獣ユグドラシルに選ばれ加護を与えられし者。お前は引き継ぎ、そして選ばねばならない・・・《アドミニア》の名において"


 そよそよと風が流れ、赤い髪がなびく。

 なにそれ、知らない。と言いかけ、はっとする。

 オリエのスキルをビビに引き継ぐ際、画面に表示されたメッセージを思い出す。

 確かに・・・神獣の加護を解放するか?と聞かれ自分はYES、を選択したのだ。

 

 「アドミニア・・・加護?引き継ぐって・・・?オリエは、一体・・・」


 頭が混乱してまとまらない。

 これは、何かのGAMEのイベント?そんなの予告にはなにもなかったけど。

 でも、GAMEではない、と言われたことを思い出し・・・突如現実と向い合い、思わず息を飲んだ。


 「ちょっと待って、それって」


 それは・・・元の世界には戻れないってこと?リセットはできないってこと?


 そもそも、何故自分はこのGAMEの世界にいるのか。

 しかも、オリエではなく、その娘として?

 次々と疑問が沸き上がってきて、でもなにひとつ解決できない現状に泣きたくなった。


 わからない、自分の身に一体何が起こっているのだろう?


「わたしは・・・どうすれば」


 "・・・時間だ"


 声は唐突に別れを告げる。

 ふいに、輝いていた周囲の光が徐々に収まっていく。

 同時に懐にいた神獣ユグドラシルの姿も、ゆっくりと薄らいでいった。


 「え、ちょ・・・待ってください!」


 慌てて抱き直そうと腕に力をこめるが、その毛並みに触れることはなく、手は虚しく空をきった。


 "また、会える・・・"

 頭に響く声に、ノイズが。

 

 "お前を見ていよう、女神ノルンとともに。来る時まで思うように生きるがいい。いずれ、お前は出会うだろう。もう一人のーーーー"


 ーーーーそれが、お前のーーーー親であった、ーーーーの願い、でもあるのだから


 「待って!」


 目の前が真っ暗な闇に包まれた。

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