第4話 賽は投げられた

 「・・・ついに、オリエが死んじゃったか・・・」


 マウスから手を離し、ティッシュを箱から一枚引き抜くと、鼻をかんだ。

 もう一枚引き抜き、眼鏡を外して目元ににじむ涙をふき取ると、はあっ、と息を吐いた。


 「旦那のカリストは気づいたら危篤で、看取るだけだったけど。やっぱり、この死亡イベントは何度体験しても辛いな~」


 【星に願いを~アルコイリスの世界】

 

 リリース当時から夢中になっているGAMEだ。

 自分好みに作ったキャラクターを入国させて、様々な王国のイベントをこなし自由自在に生活する、いわゆる箱庭シュミレーションゲームと呼ばれている類だが、なかなか奥が深い。

 アルコイリスには、神獣ユグドラシルの誕生する世界樹のある島を中心に、9つの大陸と王国があり。

 ランダムにその9つどれかの王国の港へ、旅人として入国するところからスタートする。

 王国によって、国家やそこに住まう国民も多様で、農業が盛んな国もあれば、武術や魔法に特化した国。戦争ばかり繰り返している戦国時代な背景の国もあれば、神々や精霊や宗教色の濃い国家もあり、国により生活するレベルも変わってくる。

 わたしがキャラクターを入国させたのは、9つの王国のうち、南方に位置するガドル王国。

 初心者向けの穏やかな気候の土地で、国家が誕生してまだ200年と比較的新しい王国だった。

 

 オリエ・ランドバルドは、わたしが最初に作ったキャラクターだ。

 金色の髪に、空色の大きな瞳。口元のホクロがチャームポイントの美少女に仕上げた。

 途中、他のアカウントを作り、キャラクターを作り直して他の国へ浮気することもあったが、結局はガドル王国に戻ってオリエメインで続けている。

 そして、今日ついにオリエが66歳で寿命を迎えた。

 本当、お疲れ様だった。自分自身も、オリエも。


 たくさん時間、お金や手間をかけて、最強に仕上げたオリエは、わたしの夢と理想の結晶だ。

 オリエには伴侶のカリストとの間に子供が三人いる。その子供に、能力・スキル・武器を引き継がせ、親から子へ、そして孫へ・・・と外見はもちろん、自分好みのキャラクターへ育てあげていくのがGAMEの醍醐味のひとつなのだが、引き継ぐには条件がある。

 GAMEの設定を理解せず、長女イゾルデと長男アレックスに関しては、引き継ぐ条件のひとつである独身、というタイミングを逃してしまった。このため引き継ぎは自然と第三子である次女ビビのみ、になった。本当はもう一人産んで、スキルがカンストするまでオリエを育てたかったのだが・・・

 

 ゲームの醍醐味のもうひとつに、PCキャラクターとの恋愛による駆け引き、結婚や子作り・・・がある。

 正直なところ、そういうことには(リアルな自分同様)まったく興味がなく。自分の作ったオリエをいかに最強に育てるか、数あるバトルイベントでいかに最速上位にくいこむか、それに楽しみを見出していた。   

 夫婦ではそれなりお互いの好意ポイントが貯まらないと、子作りルートへ進まない。いかんせん、オリエを育てるのに熱中しすぎて、家族を放置してしまっていた。そして気づけば夫婦仲は最低ラインだったというオチである。

 ちなみに、この世界では"離婚"の概念はないので、それはとても助かった。もしあれば・・・多分オリエは早々にカリストから三くだり半を突き付けられていただろう。

 

 当初はビビに引き継ぎするつもりはなかったから、幼少の頃は大して手もかけていなかった。ちゃんと名付けた長女イゾルデや長男アレックスと違い、「ビビ」はPCがランダムにつけた名前で、愛着もなし。なんとなく他の国民と差別化するために、イベントでしかゲットできない素材を用いて、ビビの髪を珍しい赤い特別色に染めてみたくらい。元々赤は好きな色だったから、この髪の色は群衆の中でも目立って、気に入っていたけど。

 

 そしてふと気づいた時、残ったビビはすでに成人して、幼馴染みのフィオンと婚約していたのだから、大いに慌てた。過去、長男長女が知らぬうちに結婚していたのだから。が、ここでビビに引き継ぎできなかったら、オリエはこのまま生を終えてゲームオーバーだ。それだけは何としても阻止せねば!

 

 無理やりビビをオリエの所属する、ハーキュレーズ王宮騎士団に入団させ、総長権限でひたすらダンジョン討伐に参加させ、なるべくフィオンと接触させないように仕向けた。

 もう少しで、オリエのレベルがカンストするから、それまでなんとかビビを独身のまま引き延ばすのに必死で。

 これがリアルな世界なら、育児放棄からの束縛だ。かなり最低な親だよな。自分・・・。


 そうして、フィオンのプロポーズを故意に阻止しまくっているうちに、ほぼ他人と化した伴侶であるカリストは亡くなり、オリエの肩に老衰のカウントダウンを知らせるハーデスの影が現れた。ビビも30歳。ダンジョン討伐でレベルもかなりあがっていて、いつ引き継いでも対応できるまで成長していた。

 そろそろ頃合いかと、ようやくフィオンからのプロポーズを受けさせた。

 残念ながら・・・オリエのスキルはカンスト一歩手前だったけど、バトルイベントで何度も上位の成績を収めた経歴もあるし。まあいいか。



 「さて・・・とりあえず、オリエのスキルと加護をビビに移して・・・っと」


 オリエの"龍騎士の銃"を標準装備にさせて・・・

 苦労してゲットしたこの特殊武器とスキルは、所持する本人が死亡しないと引き継げない。

 年齢も年齢だから、とりあえずフィオンと結婚させて、早々に子供作らなきゃ、だわ。

 

 すでに心はビビよりも、フィオンとの子供をどう育てるか?へ向けられており。まだまだ楽しむ余地はたくさんあると、心を躍らせていた。


 カチ、カチ、とマウスのクリック音が夜更けの部屋に響く。


 「・・・ん?なに、このメッセージ」


 画面のメッセージボックスに”!”の新規マークがついていたので、クリックして開いてみた。


  "封印された神獣ユグドラシルの加護を解放し、追加しますか?"

 Y/N


 「ユグドラシルの加護・・・?」

 そんな加護、あったかな?とヘルプマークをクリックしてみると。


 "神獣ユグドラシルの加護・・・自然界の理と調和する能力"

 "封印場所:最果ての地 世界樹"


 なんだ?封印って。最果ての地って?隠しコマンド?そんなの掲示板にあったかな・・・?


 「自然界の理と調和、なんてスペクタクルだよね。なんかよくわからないけど、加護っていうならもらっておくか」

カチッと、はい《Y》をクリックして、画面上取りこぼしがないか最終チェック。


 "以上で宜しいですか?"

 カチリ、はい《Y》


 "聖なる加護が解放され追加されました"

 【神獣ユグドラシルの加護】


 "伴うスキルが追加されます"

 分析 解析 鑑定 錬成 

 ジーッ、とノイズ音が流れる。


 "これに、龍騎士の始祖オリエ・ランドバルドの武器と戦闘スキルが引き継がれます"


 ジーッ、

 ジーッ、


 「あれ?なんか・・・他のアカウントキャラクターでやった時の引き継ぎメッセージと違う・・・?」

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