第6話 協会からの補填

「………ん……」

「お兄ちゃん? ———お兄ちゃん!!」


 俺は梨花の声で意識が完全に覚醒する。

 そしてあたりを見回すと、そこは自分の部屋でも家でもなく、ドラマなんかで観たことのある無機質な病院ベッドの上だった。

 その近くでは妹である梨花が椅子に座って心配そうに此方を見ている。

 しかし俺が病院に居ることとかよりも気になることが一つあった。

 

「……梨花、心配してくれるのは嬉しいし、心配させたのは悪いと思っているけど……この人誰だ?」


 俺は病室の扉の前に立っているスーツを着た女性に目を向ける。


 先程から全く動かずにキリッとした表情で立っているのだが、何処かの取り立て屋だろうか?

 しかし俺達は貧乏とは言えちゃんと生活費も学費も出しているので特にお金を借りた記憶はない。

 もしかして親が武器でも買った時に借金でもしたか?

 いや、そもそも親がそんな事をする人間ではないことは俺が一番知っている。


「なら誰よ……」

「私はプレイヤー協会人事部の朝霧礼あさきりれいです。単刀直入に言いますと、貴方をスカウトしに来ました。是非とも協会専属のプレイヤーになってくれないでしょうか?」

「いや聞こえてるの――――は?」

「お兄ちゃん、そうなる気持ちも分かるけど失礼だから止めてね」

「分かったが、どうせ梨花もなったんだろ」

「うっ……どうして分かったの……?」

「当たり前だ。俺はお前の兄ちゃんだからな」


 俺が目の前に他人が居るのを忘れて自信満々に答えると、梨花はがっくしと肩を落とした。

 そしてその一部始終を見ていた朝霧さんが口を開く。


「……大変仲がよろしいのですね」


 その言葉に梨花は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯かせ、俺は一度咳払いをして話を聞く。


「んんっ! ……それで、一体どういうつもりですか? いきなり現れてスカウトとか。それに専属プレイヤーになると俺に何のメリットがあるというのですか? 正直言って今回のプレイヤー協会の対応には問題がありすぎです。俺には全くメリットを感じませんね」


 正直今回のダンジョンブレイクは協会がしっかりしていれば起きることなどなかったはずだ。

 それがS級やA級などの高難易度ダンジョンならまだしも、今回のダンジョンはF級と言う、まだなりたてのひよこプレイヤーが五人ほどのパーティーを組めば直ぐに攻略出来る最も簡単な場所である。

 そして今回のダンジョンの管理主は協会。

 完全に責任は協会にある。


 そんな梨花の命を危険に晒した組織に入りたいとは全く思わない。

 入るくらいなら他のギルドに入る。


 ギルドは謂わば個人経営のプレイヤー管理組織だ。

 それで協会は国。


「……この度は誠に申し訳ありませんでした。私達の問題なのは承知しており、只今全力で対応している状態です」


 そう言って綺麗に九〇度のお辞儀をする朝霧さん。

 彼女のせいでは無いのだろうが、彼女はこうして組織の代表として来ているのなら到底許すことなど出来ない。


「……貴方方のせいで何百、何千の人が死んだんです。俺も梨花も後少しで殺される所だった」

「申し訳ありません……ですのでまず専属契約のお話の前に補填の話から始めましょう」

 

 そう言って何かの書類を出す朝霧さん。

 俺と梨花はこぞって書類を覗き込む。

 すると朝霧さんが話し始める。


「まず今回のダンジョンブレイクのクリア報酬として一〇〇〇万円」

「「一〇〇〇万円!?」」


 俺たちはとんでもない額に目を剥く。

 今までの俺たちの手元に残る月収が約15万のため、その…………66倍!?

 俺たちが5年以上過ごせるじゃないか!

 

 報酬金を見てガクガクとしている俺たちに朝霧さんか詳細を話して来る。


「プレイヤーであれば一〇〇万程なのですが、今回はお二人ともプレイヤーではなかったので10倍の報酬となります」

 

 まぁ妥当な所なのだろう、きっと。

 俺はこのダンジョンブレイクでプレイヤーになったし、梨花はそもそもプレイヤーではない。

 命の補填としては少な過ぎると思ってしまうが、これが全てではない様なのでまだ黙って話を聞いておこう。


「更に私達プレイヤー協会が個別に、八神響也様と梨花様にそれぞれ五〇〇万円の慰謝料をお支払いいたします」

「「…………」」


 淡々と規格外な事を言い続ける朝霧さんに呆然と声も出ない俺達。

 いきなり俺たちの生活一〇年分のお金が入って来るのだ。

 こうなってもしょうがないと思う。


 しかしこれだけでは終わらなかった。


「更に協会が所持している最高装備を無料でお渡しします。これは専属にならなくても差し上げます」

「そ、装備の無料配布!?」


 梨花がそう言うが、俺は驚き過ぎて声すら出なかった。

 本来装備は武器でも防具でも一番安くて一〇〇万円ほどするため、底辺のソロプレイヤーなら買うことすら出来ない高級品だ。

 しかもその中でも一番高い装備をくれるとか言う話……怖いよ。


「本来響也様はプレイヤーになるつもりはなかったはずです」

「……そうですね。両親もそれで死んでしまいましたから」

「ですのでこれくらいの事はしなければ協会の面子も立ちません」


 まぁこう言った命の預かる仕事をしているのに何もしなかったら人も入ってこなくなるからそれは避けたいんだろうな。

 それに此方としてもどうせプレイヤーになったんだから稼ぎのいいプレイヤー家業をやらない手はない。


「更に響也様がダンジョンに行かれる際は、梨花様の護衛を協会から派遣しようと思っています」

「……それは有り難いですね。しかしその護衛が裏切る――なんてことはありえないんですか?」


 護衛が付くのは俺としては物凄く有り難いのだが、多分協会の護衛なら絶対にプレイヤーだろうし、俺が居ない間に梨花を連れ去ることなど朝飯前だろう。

 今協会への信頼がゼロな俺にとって護衛の件は慎重にならざるを得ない。

 

「それに関しては協会の中でも特に信頼できる方に任せますのでご安心下さい」

「……それでは心配なので一度会ってから決めることにします……」

「分かりました。それでは取り敢えず今日はこの辺でお暇させて頂きます。次は一週間後に護衛の者も連れてきます。この度は誠に申し訳ございませんでした」


 そう言って頭を下げた朝霧さんはそのまま帰っていった。


 俺と梨花二人となった病室はしんと静まり返っており、どちらも口を開かない。

 なんと言えばいいか分からないからだ。

 いきなり大金や武器を得たり、護衛がついたりと非現実的なことが一度に起こりすぎた。


「「…………」」


 しかしこのまま黙っていてもしょうがないので俺が話しかける。


「……梨花、護衛の件はどう思っているんだ?」

「私は……お兄ちゃんが安心できるんだったらいいよ。でも……」


 そう言って口を噤む梨花だが、言いたいことは手に取るように分かる。

 俺も梨花と同じ立場だったらきっと言っていたと思うから。

 でも――


「――俺はプレイヤーになるよ。そして梨花が普通の高校生と同じ様に生活できるようにしてやるさ。勿論大学にも行かせてやるぞ?」

「……絶対になるの……?」

「ああ」


 俺が力強く頷くと、梨花は色んな感情が絡み合った複雑な表情をしていたが、突然深呼吸をすると俺の前に小指を出す。


「なら絶対に死なないこと! これが私との約束ね? それと…………私を置いていかないでね……」

「……ああ、約束だ」


 俺も小指を出して梨花の小指に絡ませる。


 小さい頃にもよくやっていたことだが……今日の俺達は昔の様に子供らしい笑顔を浮かべていただろうか?


 ―――いや……何処か覚悟を決めた顔をしていたに違いない。

 

 

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