第6話 三年間で一番暖かい日
三月は未だに寒い。しかし街の通りは桜のキャンペーンでいっぱい。イラストの向こうは暖かそうな雰囲気だけど、こっちは極寒の中なんだよなと考える。
今日は高校の卒業式、私は先日の受験から解放された気持ちと合否への不安を連れて、駅から学校への直線数十メートルをとぼとぼと歩いていく。
それとなんで合格発表の前に卒業するんだ。気持ちがぐちゃぐちゃになるどころか、実は不安の方がほとんどだ。不安の方が勝つなんて、私はそんなにもこの学校に思い入れがないのだろうか。
廊下や私の教室に向かう途中に見える他のクラスの教室の中ではたくさんの同級生たちが何をしているか分からないが騒いでいる。私はあそこには混ざれない。何せ私の心は真逆の感情に支配されているのだから。こんな日でも自分のことが嫌になる。
教室に入ると他と同様に、見慣れたクラスメイト達が最後の教室で談笑に花を咲かせている。すぐに私の目線は新田君の所に。教室の端の方でいつもの男子達と話していた。今日だけは話したい、そう思いながら机の上に置かれた卒業アルバムを触りながら、数人のクラスメイトと挨拶を交わした後ぼーっと外をみていると、「沢村さん、おはよう。」と横から声がした。
友達との会話を切り上げて来てくれた久しぶりの新田君に頭が真っ白になった。
しどろもどろになり「おはよう」と小さな声で答えると新田君は「卒業アルバム貸して」と寄せ書きをしてくれた。書いてくれている間、新田君の胸の花のブローチを見ていると、何でこの数か月話してくれなかったのという言葉が出てきそうになったが、そこまでの勇気は私にはなかった。卒業式なのに。書き終わるとすぐに新田くんは他の人の場所に行ってしまい、お返しも出来なかった。何で私はこんなこともできないのだろう。会うことができるのは最後かもしれないのに。やるせない、今にも涙が出てきそうな悲しい気持ちを残して卒業式は始まった。
式が終わり、再び校舎に戻るとクラスで写真撮影が始まった。私は数人と写真を撮って、この街を離れるんだというクラスの女の子の話を聞いて、それから全体で写真を撮って、形式的には解散となった。そのまま談笑する人、涙を流す人、先生と写真を撮る人、色々いたけど私は部活の顧問に挨拶に行って、見に来た親とは別々に家に帰ることになった。
頭の中は悲しさだらけだけど、三年っていうのはこんなにあっという間なのかという思考でわざとそれを紛らわす。
少し涙が目に溜まる。校門を出た直後に、後ろから「沢村さん!」と声がして振り返ると走ってきて息を荒げている新田くんがいて、涙が溢れてくる。新田くんは三月の寒さに頬を赤らめながら笑って「言ってなかったよね、卒業おめでとう」と言った。「新田くんもおめでとう」と私。
「ごめんね、受験の邪魔すると思ってあんまり話してあげられなくて」
「今度どっか一緒に行こ、デートだよ。」
新田くんと駅まで歩いて、それから一人で電車に乗って。今日は寒いはずなのに三年間で一番暖かい日だと思った。
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