第2話 同窓会

 僕は市内でおそらく一番豪勢なホテルのおそらく一番大きな会場の中でおそらく一番つまらそうに友達とちょこんと座って皆が集まるのを待っていた。中学を卒業してから遊ぶ人間は片手で数えられるほどで、僕は彼ら以外の価値観が大嫌いだったから、同窓会も本来行く気がしなかった。彼らはとても閉塞的で、特に大きな野望も抱かず、ただ適当に生きているというような人間たちだった。東京にそう遠くなく、すぐに帰って来れるというのにこのボーリング場も映画館も無くなりかけた街から出ようともせず、死んだ魚の目をして他人から注目されることに怯え、少しでも出る杭は叩き、深く刺さる釘を抜こうとする。そんな人間たちばかりだった。僕は抜きん出た杭だったから、まるでこのホテルの様な完璧な建物の部品たちには排除されるのが当然だった。ただ、そんな部品の中にも僕と気が合う正規品の部品と、僕と同じ様に打っても打っても曲がって入る釘ような友達がいた。その数少ない出来損ないの部品みたいな女友達を一目見たくて今ここにやってきたというわけだった。

 部品たちは自分の規格を気にしながら、当たり障りのない会話を楽しんでいる。こちらから見たら会話というより商談かなんかの様に重々しく見えるのだ。特に女性陣は酷いもので、いわゆる"ヨウキャ"や"インキャ"ですぐに形成を固め、これまたその中の"ヨウキャ"に気を遣っている。皆顔は笑っているが、目の奥は笑っていない。それはそうだと僕は思った。いつ自分がこの中の逸脱した人間になるかを恐れて、その確信的な、自分とはどういう人間なのかという部分をぶつけることができないのだから。僕はやれやれと思って、不味い赤ワインを口に含み、不味い焼き豚と不味い刺身を摘んでいた。

 かれこれ一時間ほど経った頃だろうか、僕は不良品の友達たちと昔話や自分達がいかに不良品であるのか、また対面にいた同級生の眉毛の細さなんかを話していた。そこに三年生の頃の担任を持った先生三人が登場してきた。高スペックの川西、坊主の大内、そして、ほくろサッカーバカの菊池の三人だ。僕はこの菊池が大嫌いだった。中学生だった当時、この菊池は女贔屓が酷い男で男の生徒を信じようとする心がなかった。サッカーしかやる脳がなく、それでいて考える容量もないのだから平気で人を貶す。僕は親が塗装業の経営者で、天気予報ついでにニュースを見させられていたことが原因かはわからないが、他の子に比べて社会知識はあった方だし、実際のところ割と勉強が出来る方だった。そして約20校ある市内の高校の中でトップの高校を狙っている時期もあった。その高校を目指す同級生もクラスに5人ほどいて、今思うとつまらない連中だったが、きっと皆が誰もが夢見る一流大学、また責任のある仕事に少なからず就きたいと思っていた。しかしそんな僕らに向かって菊池は「今どき、トップの高校に行って、東大に入れても幸せになれないんだぞ」と言い放った。僕はひどく憤慨して、またひどく哀しかった。そもそも自分がその道を辿ったわけでもなく、下から数えたほうが早い高校とこれまた下から数えたほうが早い大学を出て、何を思ったか教師になり、まるで世界は自分が言うことが絶対かのような教育を施している部品に何が解るのか。僕は憤怒した。ではこいつが付きっきりで支えたサッカー部の馬鹿はどうなのか。新作のポケモンに入れ込んで、高校に行けるのもやっとの状況ではないか。そしてそういう奴に対しては「お前は頑張れ。やればできる」と言う。僕は心底哀しかった。上を向いて向上心を走らせている人間には暗い未来を想像させ、下を向いて適当に生きてる人間には明るい期待を持たせる。極め付けは、僕が修学旅行から帰ってきた時だった。一限の授業が始まる前に僕は隣の準備室へと毎朝呼ばれ、修学旅行に僕が携帯電話を持っていった噂を嗅ぎつけて真実を言えと詰め寄られていた。僕は毎度毎度持ってきていないと言い張った。本当に僕は持っていっていなかったのだ。僕は旅行当日の朝、きっちりと母親に預けていた。また古民家生活を共にした仲間の四人も僕の無実を証言してくれた。それでも菊池は母親が出て訴えてくれるまで、噂を掻き立てたド底辺の男垂らしのブスの女の話を信じきっていた。確かに僕は素行が悪く、信頼に欠ける生徒であったのは間違いないが、そんなくだらない校則を破る様な性根の腐った人間ではなかった。生徒の主張を、それもこんなくだらない規則違反のことですら、聞き入れない、信じようと思わないこの男の言うことを今後一切教育者と捉えなかった。この時から僕は素直に教師に、大人に、人間に、信じられようと思わなくなってしまった。

 

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