第7話 椿

 そこまで思い出したとき、ゴトリと背後に鈍い音が響いた。


 落ちてきたのは右腕だった。

残るは頭部のみ。私は小さく息を吐きながら立ち上がると、右腕を拾い上げた。


 腕の肩口に椿の刺青を見つけた私は、これまでの疑念を確信に変えた。

 これは『私の体』だ。


 私がこの屋敷に入り浸るようになると、自分の所有物であることを見せつけるように、彼女は私の体に刺青を施した。


 思い出した。彼女の名前は『椿つばき

 刺青の柄は彼女の名前から取ったのだった。


***

 椿は結核を発症するとみるみるやつれていった。やがて起き上がれなくなると、一階の床の間に布団を敷き、中庭を眺めて過ごすようになった。


「私は椿の花が好きなの。だって色褪いろあしおれることなく、一番美しい姿のままで逝くことができるんですもの」

 庭の椿を見ながら、死の病の床で椿はポツリとそう言った。


 椿の顔の色は紙のように白かった。

 対象的に、べにを指した彼女の唇はやけに赤くぬめくっていた。


***

 記憶はほぼ出揃った。

 ただ、今の自分の状況につながる肝心の記憶が抜け落ちている。

 やはり頭がないことが原因だろうか。

 私は右腕を抱えたまま、頭を探して屋敷の中を歩き回った。


 屋敷には誰もいなかった。椿も熊吉も、痕跡を残さず消えていた。

 椿が寝ついていた布団だけが、そのまま床の間に敷き捨てられていた。


 ふと、椿は身罷みまかったのだろうと思った。

 ならば私は?

 女主人亡き後、私は一体どうなったと言うのだろう?


 あてどなく広い屋敷を歩き回るのに疲れた私は、手に持っていた右腕を例のごとく椿の下へと運ぶことにした。

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