第5話 出会い

 これまでに蘇った記憶で解ってきたことを、私は整理した。


 私は大学校に通う学生であった。

 田舎では神童と呼ばれ期待を背負って帝都に送り出された。

 しかし都会で私は、自分が井の中の蛙であることを思い知らされた。


 単位を落とし留年すると、仕送りは途絶えた。勉学もそこそこに日雇いの仕事で食いつないでいた私は、ある日いよいよ最終勧告を受けた。


「いいかね君、今度の試験で『優』を取れない様なら、遺憾ながら私は君に退学を宣告せざるを得ない」

 苦々しげに口もとを歪める教授プロフェッサーの表情まではっきりと思い出せる。

 彼女に出会ったのはまさにそんなときだった。


 崖っぷちに立たされ、レポートのための文献を読み漁っていた私は、ある日小雨に降られて逃げ込んだ椿屋敷の門下で声を掛けられたのだ。


『一体何をそんなにも夢中になって読んでいらっしゃるの?』

 涼やかな一陣の風が吹き抜けるような声であったことを耳が記憶している。



 

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