第2話 目覚め

 まぶたを持ち上げると、真っ先に薄絹うすきぬの天蓋が目についた。


 ベッドの上で、私がまず取り戻した感情は『不安』だった。


 そっと体を動かしてみる。

目は見えている。体も動く。起き上がった私は部屋の中を見回した。


 ここはどこなのか、私は誰なのか。


 この漠然とした不安の正体が『記憶の喪失』であると気付くのに、さほど時間はかからなかった。


 周囲に人の気配はない。声を出してみても、あたり前のように何の返事もない。


 私はベッドから降りクローゼットを開いた。美しいドレスが何着もかかっている。

私は扉を閉じて部屋着のまま廊下に出た。


 あかり取りの窓から差し込む陽の光は弱々しく、廊下は寒々しかった。


『ゴトリ』

 鈍い音を響かせて突然落ちてきたは、私に恐怖心を与えるのに十分だった。


 天井から落ちてきたのは、人の右足だった。

「ヒィッ!!」

 私は逃げるように、元いた部屋へと飛び込んだ。廊下に転がっている右足は、股の付け根より下の部分。筋肉の付け方からして男の足だ。


 驚いて逃げたはいいが、何故か私の頭は『この足をどうするべきなのか』という問いに対しての答えを持っていた。


 私はビクビクしながら扉を開けると、廊下に転がる足に近づいた。


 足はピクリとも動かない。臭いもなく、血も付着してはいない。衣服に相当するものは何も付随しておらず、切断部はツルリとしていた。


(これは人形の足なのではないか?)

そう思えば恐怖も和らいだ。


 私は廊下に出て、恐る恐る足を持ち上げてみた。

 硬直した足は筋肉の形も肌質も体毛も、紛れもなく人のものであると感じられた。

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