第18話 ナメタ!
ザックバード公爵は私を抱きかかえたまま、王城を後にした。
私を抱きかかえているにも関わらず、長い脚を優雅に動かしどんどん前に進んでいく。
王城の正門を通り抜けようとした時、後ろからザックバードを呼ぶ声がした。
「ザックバード。待ってくれ。好きなんだ。」
なぜか、ライル・サザーランド第一王子が大声で愛の告白をした。
ライル・サザーランドはザックバードに近づこうとしているようだが、5m程離れた場所で、前に進めず小刻みに震えている。
「ブベシ。」
ライルも何かに押しつぶされた。
王妃より手加減されたらしく、王子は顔を上げて更に叫ぶ。
「お願いだ。まずは友達から、、、」
その言葉を全て聞かずにザックバードはスタスタと歩いて行った。
まるで悲劇のヒロインになったかのように、涙目でザックバードを名残惜しそうに見つめている王子へ私は話しかける。
「ライル様、ソフィアです。すみません。侍女を辞めます。」
ライル皇子は、どうやら私に気が付いていなかったらしい。
「え?ソフィア?」
ザックバードに抱き上げられている私に目を移し、戸惑った声を出した。
「さようなら。またどこかでお会いしましょう。」
私は、とりあえず腕を振り、別れの挨拶をした。
公爵家の馬車に乗る。ザックバードがやっと私を反対側の座席に下した。
「ライル王子とは知り合いなのか?」
ザックバードの質問に私は答える。
「ええ、酒場で出会った後、2週間前から王子付きの侍女として働いていました。」
ザックバードは不機嫌な顔をして言った。
「そうか。まさか王城にソフィアがいるとは思っていなかったよ。王都にいる事は分かっていたんだが、はっきりと居場所が分からなかったんだ。」
私は違和感を覚え、ザックバードに尋ねる。
「え?どうして私が王都にいると分かったんですか?」
ザックバードは笑いながら言った。
「どうしてか知りたい?」
今は公爵家に行く決心をしたが、タイミングを見て逃げるつもりだ。居場所が分かるのは困る。対処方法を知っておきたい。
「ええ、教えてください。」
ザックバード公爵は、紅い舌で唇を少し舐めて妖艶な声で言った。
「いいよ。詳しく教えてあげるさ。」
私は、ザックバードの膝の上に座らされて、濃厚なキスをされている。
抱きしめられたまま、舌を絡められる。
「ん、ん、うん。」
長いキスで唾液が、口の中であふれる。
胸がドキドキして、体の中心が熱を持つ。
「ソフィア、飲んで。」
私の唾液とザックバードの唾液が絡まりあう。ザックバードは私に覆いかぶさり、舌と唇を使って唾液を押し入れてきた。
ゴクリ。私は言われるがままに飲み込む。
「ああ、いいね。ソフィア。もう少し。」
唇と唇が離れたタイミングで私はザックバードへ懇願した。
「もう、いい。変になる。やめて。」
「居場所が分かる方法を知りたいんだろ。俺の魔力が籠った対象を見つける事が出来るんだ。魔力は髪や体液にこもる。だからね。もう少し飲み込んで、それとも唾液じゃなくて別のものがいい?」
なんとなく、別のものが何か想像がつく。公爵家でかけられたアレだ。
「ああ、う、イヤ。」
「じゃあ、もう少しキスをしようか。」
そう言うとザックバード公爵は、私の唇を啄み、舌を入れてきた。
公爵邸に着くまで、ずっとキスをさせられた。時々唾液を飲まされ、胸をもまれる。
顔や体が火照り、公爵邸に着くころには私はぐったりとしていた。
また、ザックバード公爵は私を抱きかかえ、公爵邸の中に入っていく。
(あれ?命の危機は去ったはずなのに、歩けない。おかしいな。)
「まあ、お帰りなさいませ。ソフィア様。屋敷の使用人一同お待ちしていましたわ。お部屋の準備も整っております。」
出迎えてくれたのは、私を逃がしてくれたメイド長だった。
「ああ、今日からソフィアがここに住む事になった。王妃とライル王子が追ってくるかもしれない。屋敷の警備を万全にするように。」
「かしこまりました。ザックバード様。徹底的に外部の者が出入り出来ないように致します。」
そう告げたメイド長は私を見てにっこりと笑った。
(あー。これは逃げれない感じかな。)
私はそっとため息をついた。
ガイア公爵邸では、以前の部屋に通された。今回は、閉じ込められる事もなく、自由に出入りしていいと言われた。食事は相変わらずザックバード公爵が運んで食べさせられる。ザックバード公爵は日中は王城や騎士団へ行っているようで不在だった。
毎日ガイア公爵邸には、王城から使者が来る。使者は門で止められ、中に入ってくる事がない。
でも、その度に私は、王妃から向けられた強い殺意を思い出し、どうしても屋敷の外へ行くことができなかった。
毎日出される最高級の食材を使ったおいしい料理。用意されたブランド品の高価な服。用意された宝飾品。
ザックバード公爵の命令があるとは言え、あまりの好待遇に申し訳なかった。
私は、ザックバード公爵が不在の時に使用人達になにか手伝えることがないか聞いて回った。
だけど、メイド長以外は、私が近づこうとすると何故か離れていく。5m以上近づくことができない。厨房に行き料理長へ料理の下ごしらえを手伝いたいと告げたが、料理長は私からどんどん離れて壁に追い込まれた状態で言った。
「お許しください。これ以上近づかないで。」
料理長は顔を真っ青にして、脂汗をかいている。
私は、ゆっくりと後ずさり言った。
「私はグレゴール侯爵家で働いていました。なので役に立てると思います。」
料理長は少し良くなった顔色で言った。
「とんでもございません。ソフィア様を働かせるなんて、それにソフィア様が厨房に入れば、他の者が仕事になりません。」
私は、困惑する。だれも私に近づけない事に関係しているのだろうか。
「それは、どういう事でしょうか。」
その時、メイド長が厨房に入ってきて言った。
「料理長。」
料理長は口をつぐみ姿勢を正す。
メイド長は私を見て言う。
「ソフィア様にぴったりの仕事がありますわ。」
メイド長が私に依頼したのは、ザックバード公爵の身の回りの世話だった。
メイド長の話では、最近のザックバード公爵は、食事や入浴が疎かになり、夜もよく眠れていないらしい。
(なんだか、忙しそうだものね。王城からの使いにも対応してくれているし、戦争の後処理もあるだろうから。)
王城からの使いについては、私を引き渡せという内容も含まれているらしい。少なからず私の存在も影響しているようだ。
「わかりました。お任せください。」
帰宅したザックバード公爵は、確かに疲れているようだった。
「ただいま。ソフィア。待っていてくれたんだね。うれしいよ。」
「ザックバード公爵様。メイド長から食事や入浴する時間もなく、あまり眠れていないと聞きました。今日から私が、お手伝いしますね。」
「ああ、王妃だけでなく、国王もソフィアを狙っているらしくてね。今日も話をしてきたんだ。ソフィアが俺の世話をしてくれるなんてうれしいな。」
「え?国王もですか?王妃様の勘違いなのに。」
(ソニアって人はどれだけの事をしたのだろう。サザーランド国を敵に回すなんて。)
怖くなり、私は涙目になる。公爵邸にいる今は、大丈夫だが日に日に公爵邸を訪れる王城からの使いが増えてきている。今日は近衛兵の姿も見えた。
「ああ、かわいそうに。ソフィア。俺が守ってあげるからね。」
ザックバード公爵は私を優しく抱きしめてきた。
公爵家に来てから、ザックバード公爵はとてもやさしい。閉じ込められる事もないし、毎日かいがいしく食べさせてくれる。最近は王城へも毎日行き、仕事も熱心にしているようだ。幼児愛好家の変態さぼり魔だと思っていたのは、私の気のせいだったかもしれない。
「はい。」
毎日、訪れる王城からの使者。公爵邸を取り囲むようになった近衛兵。沢山の国王からの手紙。
ふと思い出す王妃の殺意。
私は、怖くてしかたがなかった。ザックバード公爵に抱きしめられている時が、一番安心する。防御魔法に秀でた魔法使いで王国の英雄。
もう、私に公爵邸から逃げる気持ちは無くなっていた。
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