第16話 キエタ!
サザーランドの王妃には、大好きな親友がいた。親友はシルバーの髪の美しい令嬢だった。学院でも常に一緒に過ごしたし、誕生日にプレゼントを贈りあい、長期休暇は一緒に旅行に行った。私物の交換を強請った時は、断られたがいつも一緒に行動する程とても仲が良い親友だった。
その美しい親友が、王妃は大好きだった。長く美しい煌めく銀髪、白く透き通った肌、長いまつ毛に彩られた吸い込まれそうな瞳。彼女と過ごす時間が王妃は一番幸せな時間だった。
学院卒業後、すぐに幼い頃から婚約していた王と結婚し、王妃となった。同じ時期、親友もガイア公爵家に嫁ぎガイア公爵夫人となった。王妃の夫のサザーランド王は優しいが、優柔不断な所があった。帝国との国境で小競り合いが続き、危機感を覚えていた王は帝国からの提案で側妃を娶る事になった。側妃は当時の皇帝の庶子の皇女だった。金髪で茶瞳の美しい皇女は、母親が平民で帝国での嫁ぎ先が見つからず、押し付けられるようにサザーランド王国へ嫁いできた。
王妃は夫に失望した。すでに夫との間には第一王子が産まれており、将来の王は息子に決まっている。優柔不断な頼りない王、庶子とは言え雑に扱う事ができない側妃、公務が忙しく親友になかなか会えない日々に王妃は不満を溜め込んでいた。憂さ晴らしに、恋人を作り遊んでいたら妊娠した。王か恋人の子か分からない状況で生まれた娘は王妃にそっくりだった。耳の形だけ恋人に似ていたが、使用人を含め誰も不貞の子供だと疑うものがいなかった。
娘が産まれる少し前に、側妃が王女を産んだ。側妃の産んだ金髪の美しい王女はソニアと名付けられたらしい。王はソニアの可愛さに、何枚も肖像画を書かせて側妃に送ったと聞き、王妃は不満に思っていた。王妃が産んだイザベラ王女の元にも沢山の祝いの品や肖像画、プレゼントが届く。だが、庶子の娘とはいえソニアは帝国の皇孫だ。帝国からたくさんの品が側妃が住む離宮に届いているようだった。
(ああ、目障りだわ。)
王妃は鬱憤だけを貯めていった。
そんなある日、信じられない知らせが届いた。親友のガイア公爵夫人が亡くなったのだ。長男出産後、体調を崩し床に臥せる事が多くなったガイア公爵夫人は、冬風邪を拗らせて亡くなったらしい。公務の都合をつけて参列した葬式で、王妃は驚いた。親友の忘れ形見は、シルバーの輝く髪と美しい茜色の瞳の天使のようにきれいな息子だった。
(ああ、信じられない。なんて美しいの。)
王妃は、一目で親友そっくりのガイア公爵令息に夢中になった。夫とも相談をして、ザックバード・ガイアを息子の側近件遊び相手として王城に呼ぶようにお願いした。なぜかガイヤ公爵は息子の登城を渋ってなかなか、王城に連れて来なかったが、度重なる呼び出しに根負けしザックバード・ガイアが8歳の時に登城する事となった。
(大好きな親友そっくりのザックバード・ガイアを私の王女と結婚させてみせる。まずは、王子の遊び相手として登城させて、それから娘と引き合わせて親しくなれば、、、、)
王妃は、自分の娘と親友の息子が結婚する姿を思い浮かべウットリとしていた。亡くなった親友。結婚後会う事が出来なくなった親友。だけど、娘とザックバードが結婚すれば、ずっと大好きな親友を側に感じる事ができる。国で一番身分が高い王女である娘が、ザックバードと結婚する事になると確信していた。
ザックバード・ガイヤが登城した日、城が光り輝いた気がした。美しい銀髪の髪、茜色の瞳、白い肌。
(ああ、大好きなあの娘が帰ってきた。なんて美しいの。)
ザックバードをウットリと眺めていたのは王妃だけではなかった。
隣の息子が、ザックバードに近づくと、目の前で片膝をつきプロポーズをした。
「なんて、美しいんだ。結婚してください。」
8歳の第一王子の行動に誰もが唖然とする。
ザックバードに付き添っていたガイア公爵が息子に告げる。
「ライル王子。この子は息子です。」
ザックバードは、王子を屑を見るような極寒の視線で見つめていた。
ライル王子は果敢に反論する。
「大丈夫です。男同士でも問題ありません。一生大事にします。」
ガイア公爵は大きくため息をつき、王妃である私を見て、私に聞こえないような小声でつぶやいた。
「だから嫌だったんだ。妻から王妃に付きまとわれていると聞いていたが、王子もストーカー予備軍だな。親子そろってタイプが一緒とは、、、」
ザックバードは王子と私を交互に見て発言した。
「気持ち悪い。」
王子がザックバードと結婚したいとの希望は国王まで届いたが、はっきりと却下された。男同士の結婚については認められているものの、ザックバード・ガイアはただ一人の嫡男だ。私は直にでもイザベラ王女との婚約を進めたかったが、ザックバードに一目惚れした王子が難色を示す。国王も、公爵家の意向に沿うとイザベラ王女との婚約を進めたがらない。
それでも、私は諦めきれず、王子の遊び相手として登城させるようにお願いをした。ザックバードは1か月に一度登城するようになった。数時間だがザイル王子と外で遊んでいるようだ。侍女と一緒にイザベラ王女も時折遊びに参加している。この調子で距離をつめていき、ザックバードとガイア公爵が王女と婚約する気持ちになればと思っていた。
帝国からきた側妃は、もともと病弱で、王女を産んで3年後に亡くなった。国王は、側妃が亡くなってからは離宮に訪れないようになっていた。同じ時期に帝国では、皇帝が死亡して側妃の異母兄が新たな皇帝になった。新たな皇帝は好戦的な人物だった。前皇帝の庶子の異母妹の事をよく思っておらず、王国と帝国の関係が一気に悪化した。帝国兵が王国へ侵入して来る事が増え、国境の緊張が高まっていた。
王妃は、ソニア王女の世話を国王に依頼されていた。離宮に住むソニア王女の周りは、元々側妃が帝国から連れてきた使用人で固められていた。しかし、帝国から見捨てられた王女に見切りをつけて離宮の使用人達はどんどん帝国へ帰っていった。離宮にはソニア王女と通いの使用人しか残っていない事を王妃は把握していた。
(いらない王女なんて、そのまま死ねばいいわ。)
王妃は、離宮の状況を把握していたにも関わらず放置していた。
いよいよ帝国との戦争が始まろうとしていた時、王妃は国王に告げられた。
「ガイア公爵とその息子は、帝国との戦争に行くことになった。ガイア公爵家からソニア王女との縁談の申し込みがあった。戦争が終われば婚約させて欲しいとの事だ。」
王妃は驚いた。
「どういう事ですの?ザックバードはイザベラ王女と婚約するのでは?なぜソニア王女なのです。」
国王は何かを思い出し不愉快な顔で告げる。
「ガイア公爵家の希望だ。今ソニア王女とザックバード・ガイアが婚約するのは認められない。ガイア公爵家が帝国に寝返ったとの噂が立っても困る。ガイア公爵には、戦争が終結し帝国との和平が整ってからと告げている。かなり難しい条件だ。」
王妃は聞いた。
「では、婚約は整わないと?」
国王は言う。
「私も、ザックバードにソニアを嫁がせる事に抵抗がある。婚約する可能性は限りなく低いだろうな。だが、其方はザックバードを気に入っているだろう。一応伝えておこうと思ってな。」
王妃は言った。
「そうですか。教えていただきありがとうございます。」
国王は、ザックバード公爵令息が気に入らないらしい。あれだけ優秀で見目もいい高位貴族は他にはいない。王女の降嫁先として最有力候補なのにと訝し気に思う。きっと帝国庶子の側妃の娘と、ガイア公爵家が縁続きになる事が嫌なのだろうと王妃は疑問に蓋をして無理やり納得した。
帝国との戦争が始まって数年が立とうとしていた。ソニア王女がいる離宮を王妃は放置していた。離宮とソニア王女の公費予算は、王妃が着服していた。戦争中の帝国と関わりの深い王女には近づこうとする貴族も使用人もいない。国王は、戦争の為、倍増した公務に追われ離宮の王女を顧みようとしない。
王妃は思い立ち、離宮に足を運んだ。
いくら、価値がないと言えど、ソニアは王女だ。だれかが面倒を見ていると思っていた。だが、離宮に入った王妃は愕然とした。埃被ったテーブル。使われた形跡がないシーツ。空の食材庫。離宮には誰もいなかった。
幻のようにソニア王女は消えてしまっていた。予算もなく、だれにも見向きされない王女がどうなったか分からなかった。離宮の様子では、消えたのは最近の事ではない。
王妃は不味い事になったと焦る。幾らいらない王女でも、王妃が故意に世話をせず、公費も渡さなかったとバレたら王妃の資質を問われるだろう。だが、今ならだれも気が付いていない。そう、バレなければいいのだ。どうせ邪魔な王女だ。ガイア公爵家から縁談申し込みもあり、戦争が終わった時に、ソニア王女が存在していたら困る。
王妃は、離宮のソニア王女が病に倒れ臥せっていると王へ報告した。口が堅い使用人を数人離宮に配置し、病のソニア王女が存在しているように見せかける。
国王は、少し心配そうにしていたが、移る病だと伝えると離宮へ見舞いに行くことはなかった。
1年後、ソニア王女が死んだと王へ告げた。離宮に配置した使用人は全員殺し、王女の代わりに棺にいれた。国王はソニア王女の死は終戦まで公表しないと決め議会もそれを承認した。
庶子とは言え、帝国の皇女の血を引くソニア王女の死は戦況に影響する可能性がある。国王の意見に議員達も納得し、ソニア王女の死は議会の極秘事項となった。そもそもソニア王女は誰にも顧みられない厄介者の王女だ。その事を気にするものはいなかった。
帝国との戦争は10年かかり終結した。最後は、帝国を圧倒し王国に有利な状況だったらしい。戦争でガイア公爵も死亡していた。親友とそっくりな美しいザックバード・ガイアが騎士団長と公爵位を引き継いで帰ってきた。
(ふふふ。もうイザベラ王女との結婚を反対する前公爵はいない。今度こそ、ザックバードとイザベラ王女の婚約を整えてみせるわ。)
戦後すぐに登城したザックバード公爵は、国王と二人きりで謁見する事になった。なぜか国王は目の下に隈を作り酷く緊張した面持ちでザックバード公爵との謁見に望んだ。
王妃は、謁見室の外で、ザックバード公爵が出てくるのを待っていた。国王にイザベラ王女との縁談を進めるようにお願いしたが、それより先に話さないといけない事があるからと了承されなかった。
国王が当てにならないなら、私が話をするしかない。もうすぐ、親友の息子と、私にそっくりな娘が結ばれる。王妃は期待に胸を膨らませていた。
ザックバード公爵が謁見室に入って、しばらくするとザックバード公爵の怒りの籠った声が聞こえてきた。
「約束が違う。」
「信じられない。」
「死んでいない。」
時折聞こえてくるザックバードの声は、驚きと怒りに満ちていた。
(なんなの?あの冷静なザックバードがこんなに叫ぶなんて、、、)
すぐに、ザックバード公爵は謁見室から出てきた。
王妃は話しかけようとするが、怒りの籠った鋭い茜色の瞳で睨まれて声をかけるタイミングを失った。
ザックバードは、謁見室から出てすぐに離宮に向かったらしい。
(そういえば、ソニア王女との縁談申し込みがあったとか言っていたわね。もうあの子はいない。落ち着いてからイザベラとの婚約を進めればいいわ。)
王都に帰ってきてから、何度呼び出してもザックバード公爵は登城しない。イザベラ王女だけでなく、ライル王子も学院でザックバード公爵に話しかけようとしているらしいが、隙がないらしい。イザベラ王女はザックバード公爵と絶対結婚したいと言い出していた。
(ふふふ、やっぱり私の娘ね。可愛らしい事。)
戦勝会で、やっとザックバード公爵にイザベラ王女との婚約について話をした。国王は相変わらず婚約話に消極的で当てにならない。イザベラ王女は最も高貴な身分の結婚相手だ。ザックバード公爵は了承すると思っていた。
だが、ザックバード公爵の返答は信じられないものだった。
「お断りします。王妃様。」
王妃は驚き、問い詰める。
「どうしてです。イザベラ王女になにか不満でもあるのですか。私は貴方の亡くなった母の親友でした。亡くなった公爵夫人も望んでいるはずです。」
ザックバード公爵は言った。
「王妃様。母は貴方の事を親友とは思っていなかったはずです。父に付き纏われて嫌だったと言っていたと聞きました。私には愛している人がいます。私も付き纏われるのは不愉快です。」
王妃は驚き反論する。
「そんなはずないわ。私は公爵夫人と親友だったわ。貴方は私の娘と結婚して子供を産むの。きっと公爵夫人と私に似た子が産まれるわ。どうして分からないの?貴方が結婚するのはイザベラ王女よ。」
ザックバード公爵は、なぜか国王を睨みながら告げた。
「ストーカー行為ですよ。もうやめてください。強硬手段にでますよ。」
私は、我を忘れ強い口調で言う。
「ストーカーではありません!」
隣に座る国王が、私の腕を掴んで止めた。
「ザックバード公爵。すまなかった。私が間違っていた。結婚相手は其方が選べ。もう2度と反対はせん。だから、王妃と子供達の事は許してくれ。」
ザックバード公爵は、頭を下げる国王を見て、満足そうに笑った。その微笑みは美しい天使のようで王妃は思わず見惚れてしまった。
「国王様。その言葉忘れないで下さいね。」
王の隣にいるザイル王子が立ち上がる。
「母上も酷いです。私の目の前でイザベラ王女との結婚を進めるなんて。私はザックバードの側にいれるだけでいい。もう結婚したいとは言わない。一緒に食事をしたり、話をしたいだけなんだ。ザックバードこれから、、、」
私の隣に座る。イザベラ王女も立ち上がる。
「ザックバード様。お慕いしております。貴方と一緒になる為なら、何でもします。貴方みたいな綺麗でカッコイイ方は初めてなんです。ずっとお側に、、、、」
ザックバードはザイル王子とイザベラ王女を、極寒の茜色の瞳で睨んで言った。
「気持ち悪い。2度と俺を見るな。話かけてくるな。」
「「あああああ、そんな」」
ザイル皇子とイザベラ皇女は崩れ落ちた。王妃も一緒に涙を一筋流す。
ザックバード公爵は、そんな王族達に目も向けず去っていった。
戦勝会の後も王妃はまだ諦めていなかった。10年以上前からザックバードとイザベラ王女が結婚する事を楽しみにしていたのだ、そう簡単に諦めるわけにはいかない。
ザイル王子は、ザックバードとの結婚は完全に諦めているようだった。ザックバード公爵の従妹と婚約し意気投合したと聞いている。従妹ならザックバードと話ができるかと思い、王妃はザイル王子と婚約者のお茶会の場へ訪ねて行った。
王妃はその場にいた金髪の侍女を見て衝撃を受ける。瞳の色は違うものの、その娘は側妃にそっくりだった。ソニア王女の姿を知るものは殆ど王城にいない。ソニア王女が失踪してから離宮を隈なく探したが、なぜかソニア王女の肖像画一枚さえ残っていなかった。だが、側妃の肖像画は離宮に残っている。何度も側妃の肖像画を見たことがある王妃は、侍女を見て驚いた。
(まさか、ソニア王女なの?そんな、今更帰ってくるなんて。)
侍女はソフィアと名乗った。後日王妃は、確かめようと側妃の肖像画がある離宮を訪れた。
そこには、例の侍女が肖像画の前に立っていた。
煌めく金髪。美しい顔立ち、立ち姿、頭の形まで側妃とそっくりな目の前の娘。
王妃は確信した。この娘はソニア王女だと。
王妃は、短剣を持ち、ソニアに振り下ろした。
ガキーーーーーン
短剣がソニアに当たりそうになった時、硬いものに跳ね返された。
「どういう事。死ね。死ね。死ね。死ね。」
王妃は何度も、短剣を振り下ろす。
ガン、ガキ、ガン、ガン。
目の前の小娘は怯えたように震えながら座り込んでいる。
明らかにおかしい。どうしても短剣がソニアに突き立てれない。
「お前さえ、お前さえいなければ!」
王妃は、再度高く短剣を振り上げ、ソニアに突き立てた。
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