第15話 ネラワレタ!

 私が王城で働きだして2週間が経とうとしていた。ライル王子の侍女の仕事は順調だった。王子が学院に行っている間は、王子宮の片づけをする。私が振り当てられたのは、王子の趣味の部屋の掃除だった。


その部屋の全てが、ザックバードで埋め尽くされていた。

王子は8歳の時にザックバードと初めて会ったらしい。将来の側近候補として引き合わされたザックバードに王子は一目ぼれしてプロポーズをした。すぐに大人達が止め、その後はザックバードは王子の友人として、月に一度王城に通っていたそうだ。


部屋には、8歳から10歳までのザックバードの写真が所狭しと飾られている。肩までの銀髪、長いまつ毛に縁どられた茜色の瞳、紅い唇。たしかに絶世の美少女がそこにいた。線が細く、色白な幼いザックバードは着ている服が男性用だとしても、美少女にしか見えない。


(本当に可愛い。王子が勘違いするのも納得ね。)


部屋の中央には、豪華な写真立てに今のザックバード公爵の写真が飾られている。写真が撮れないというのは本当のようだ。私が渡した写真以外はすべてピンボケしたり、よくわからないものが映っていた。


片付けの後は、学院から帰ってきた王子がお酒を飲みながらザックバードについて語りつくすのを、聞くのが毎日の日課だった。





今日の王城は朝から騒がしかった。もうすぐ帝国から停戦調停の為に皇帝が訪れるらしい。停戦調停の内容のすり合わせの為、ザックバード公爵が登城していると王子と使用人達が騒いでいた。

ライル王子も国王と共に停戦調停の話し合いに参加するみたいで、久しぶりにザックバードに会えると朝からタイやハンカチ、王族服を鏡で合わせ、浮足立っていた。


王子が会議へ行き、居室からいなくなると私はする事がなくなった。今日は王子の帰室も遅くなりそうだ。昼休憩の時にふと思い立ち、王城の庭を散歩する事にした。


王城に来た時に見た大樹を探して進んでいく。

王城の庭の奥へ進んでいくと、あの時の大樹が見えた。生い茂った緑の葉、大きな大きな幹、土から這い進む力強い根。



私はその幹に手を当てた。


今にも生命の鼓動を感じそうな大樹は、変わらず風に吹かれて葉をそよそよと揺らしている。


なんとなく懐かしさを感じる気がするのに、頭の中にモヤがかかったようにはっきりとしない。


(なんだろ。なにか思い出せそうな気がするのに、、、)


その時強い風が吹き、私の制服のスカーフを飛ばした。



風に乗り、スカーフは大樹の向こうへ飛んでいく。



慌てて追いかけると、そこには荒れ果てた石畳の道が奥へ続いていた。スカーフは石畳の中央に落ちている。



(なんだろう。だれも使っていないみたい。少し行ってみよう。)



まだ時間があるからと、スカーフを拾い石畳の道を進んでいく。石畳の道の向こうに見えてきたのは、荒れ果てた離宮だった。


門は開かれ、奥には人の気配がない。正面の扉も開かれているようだ。


(なんだか寂しい所ね。)



私は、ドアをくぐり中に入っていった。



離宮の中は、埃っぽくしばらく使われていない事が分かる。


正面にそびえたつ螺旋階段は、金の古ぼけた絨毯が敷かれていた。何かに導かれるように私は進んでいく。中央の部屋へ入ると、そこは応接室だった。正面には大きな肖像画が飾られている。


金髪で茶眼の20代の肖像画の女性はとても美しかった。衣装は金の刺繡が複雑に施されたドレスを身にまとい、金の王冠を頭にのせている。


(この人、見覚えがある、、、、、どこで?)


ふと、ザックバード公爵邸で見た金髪の幼児の肖像画を思い出す。あの子が大きくなって瞳が茶色であったなら、この肖像画の女性とそっくりになるはずだ。


もっとよく見ようと私はその肖像画に近づく。



すると、私の後ろから叫び声が聞こえてきた。



「やっぱり、ソニアね。死んだと思ったのに、まさか生きているなんて、、、貴方さえいなければ、私の娘が、、、」



後ろを振り向くと、そこには王妃が立っていた。


私は、王妃が何を言っているか理解できなかった。


「王妃様、私はソフィアです。どなたかと勘違いをされていませんか?」


「いいえ、貴方はソニアよ。こんなにそっくりな人間がいるはずがないわ。貴方は死んだ事になっているの。生きていては駄目。今すぐ死んで頂戴。」


王妃は私に向かって、短剣を突き付けてきた。



私は慌てて避けようとしてバランスを崩し尻もちをつく。


王妃はジリジリと近寄りながら、私に言った。


「ザックバードは私の娘と結婚するの。貴方には渡さないわ。」


肖像画の下の壁に私はぶつかる。もう逃げ道がない。


「今度こそさようなら。ソニア。」


王妃は、私の目の前で、短剣を振り下ろしてきた。


(ああ、殺される。)


私は、怖くて両目を強く閉じた。







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