第12話 ノンダ!
私は、ジョンの小屋で夜を明かした。早朝5時に起きて身支度を整える。
私の持ち物は少ない。衣服は肌着と使用人服、数着の私服のみだ。グレゴール侯爵邸では給金がとても少なかった。私は肌着と私服をバックへ詰めた。ジョンから譲り受けた短剣をベルトに装着する。
ふと、思い出して黒い袋に入った粉もバックへ詰めた。
ジョンの小屋は、私が物心がついた時から暮らしていた場所だ。
「ありがとう。ジョン。」
私は夜が明ける前にグレゴール侯爵邸を後にした。
私は東に向かって進んでいった。
グレゴール侯爵邸の使用人達は、仲間意識がつよい。少ない給金に急な解雇。東町に解雇された使用人たちが多く暮らす町がある。私は、東町を目指して進んでいった。
3時間程歩き、東町に到着した。
東町の外れにあるグレナ亭にたどり着いた。
カランカラン
オーク材の重厚感のあるドアを開けると、昼間なのに中は薄暗く、落ち着いた店内が見渡せる。
グレナ亭の中の机や椅子はすべてオーク材で統一され、アンティークのランプが設置されている。奥のカウンターには年代物のウイスキーが並び、グラスは一つ一つ丁寧に磨き上げられていた。
店の掃除をしていた50代の女性が私に声をかけてきた。
「あら、いらっしゃい。ソフィアじゃないか。」
「久しぶりです。メアリーさん。」
その声につられるように奥から出てきたのは、大柄な壮年の男性だった。
「おう、ついにソフィアまで追い出されたか!」
男性はグレア亭の店主のガイクだ。もともとグレゴール侯爵家の騎士をしていた。前グレゴール侯爵が亡くなった時は、初孫が生まれるからと王都へ残り、侯爵についていかなかった。ガイクはマリアンヌ・グレゴールが女当主になった時に反発し真っ先に追い出された使用人の一人だった。
「ええ、ちょっと仕事で失敗しちゃってお嬢様から追い出されたわ。それにジョンが亡くなったの。」
「そうか。ついにジョンの爺さんが亡くなったか。爺さんは面倒見がよかったからな。慕って残っていた奴も多い。辞める奴が一気に増えるかもしれんな。」
「どうするんだい。ソフィア。しばらくうちで泊っていくか?」
グレナ亭は、グレゴール侯爵家の元使用人夫婦が営んでいる。香草や山菜を生かした森の獣料理がメインの店だ。王都から離れている事もあり、時折貴族もお忍びで訪れる隠れた有名店だ。裏で宿屋も経営しており、グレゴール侯爵家を追い出された使用人達が追い出された時、給仕を手伝えば一時的に寝泊りする場所を提供してくれる。
「ええ、お願いしようと思ってきたの。」
「ああ。いいさ。夜の給仕を手伝ってくれよ。ソフィアなら大歓迎さ。」
私は、グレナ亭の裏の宿屋の一室に荷物を置いた。5時に店に来るように言われている。私は、部屋で仮眠をとる事にした。
(ああ、大変だったな。でも、もうこれでお嬢様の命令でザックバード公爵を探らなくていいし、変態公爵の所からも脱出できた。明日は昼間に仕事を探しにいこう。いつまでもここでお世話になるわけにもいかないから。)
私は夕方5時にグレナ亭へ行った。髪を纏め、給仕服に身をつつむ。
猪の香草焼き、山菜のフライ。川魚とキノコのホイル焼き、山ブドウのジュレ。色とりどりの香り豊かな料理をテーブルに運ぶ。料理と共に高級なブランデーやワインがどんどん注文されていく。
いつの間にか閉店時間が迫っていた。
店の中には一番奥の席にフードを被った一人の男性客が座ってウイスキーを飲んでいる。
「あとは、あの客だけだね。」
「私、声をかけてきますね。」
私は、男性客へ近づいていった。
「お客様。」
「ウウウウウ、どうして、どうしてなんだ。」
(うわー。泣いているよ。この人。)
180㎝はあるその男性は、一人で酒を飲みながら泣いていた。涙がこぼれテーブルに落ちる瞬間を見てしまった私は、戸惑った。
「ねえ、君は恋をした事がある?」
周囲には誰もいない。とにかく話を聞いて帰ってもらおうと私は、話を聞くことにした。
「恋ですか?」
「一目ぼれだったんだ。初めて会った時から好きで、両親にも結婚したいとお願いしたんだ。だけど、両親が反対して、あの人を遠くへやってしまった。最近やっと再会できたのに、すごく冷たい。目も合わせてくれない。どうしてなんだ。こんなに好きなのに」
その声はあまりにも必死で、つい私は話に聞き入ってしまった。
「ただ、僕は一緒にご飯を食べたり、話をしたりしたいだけなんだ。もう結婚したいなんて言うつもりはない。だけど、昨日直接その事を伝えたら僕の事を気持ち悪いって、、、、もう見るな、話しかけてくるなって、、、ウウウウウウ。」
そう言うと男性は、テーブルに崩れ落ち泣き出してしまった。
メアリーが近づいてきて私に声をかける。
「あらあら、この人どうしたんだい?」
私はメアリーに告げた。
「どうやら告白したら酷く振られたみたいで、、、。」
「まあ、若いね。ここまで泣くなんてよっぽど好きだったんだね」
その言葉に、男性は頭を上げて話し出す。
「そうなんです。でも、どうしてもわかってくれなくて。僕はずっと好きなのに伝わらない。それに母は、結婚は下の子にさせるから、僕にはもう諦めろって、、、、」
「うわー、母親もえぐい事するね。そうだ。ソフィア、賄を用意するから、この人の話を聞いてあげてよ。今日は余裕があるからね。」
「ありがとうございます。」
メアリーが持ってきたのは、ご飯の上に山菜と野鳥の照り焼きが乗ったどんぶりだった。私は賄を食べながら、彼の話を聞く。
「本当に素敵なんだ。美しくて何度見ても飽きない。いつも清潔でいい香りがする。僕は初めて会った時天使が舞い降りたと思った。あの時に比べたらだいぶ変わってしまったけど、清らかな空気は変わらないんだ。」
「そうなんですね。」
「銀髪に美しい瞳。涼やかな声。」
私は頷きながら、銀髪の美少女を思い浮かべる。
「少しだけでいいんだ。髪の毛1本でもいい。でもどうしても手に入らない。何度もロッカーを探ったし、服も借りた。使ったスプーンもタオルも回収したのに、何一つ手に入らない。」
どんどん話が、おかしくなってきた。なんだ?デジャブかな。
「どうやら、清潔魔法を常にかけているらしい。魔術師も雇った。だけど、あの人に敵う者がいない。」
魔術師、、、魔術師!
「あの茜色の瞳で、僕を見てくれたなら、それだけで満足するのに、ああザックバード。」
私は、その名を聞き驚き立ち上がった。その勢いで私の座っていた椅子が後ろに倒れる。
ド‐ーーン
「わあ、急にどうしたんだ。」
驚いた彼はフードが脱げた。
フードの下の彼は私もよく知っている人物だった。
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