第11話 オイダサレタ!

メイド長に貰った巾着には数十枚の金貨が入っていた。


私は、ガイヤ公爵家を出て、城下町へ向かって歩いていった。ガイヤ公爵家は、城下町の高級住宅街にある。この辺りは王都で最も地価が高い場所の一つだ。乗合馬車なんて通っていない。1時間程歩き王都の中心にたどり着いた。メイド長のおかげで、早く脱出することができた。私は、裏道の目立たない服飾店に入り、目立たないロープと服、靴を貰った金貨を使って購入した。

店の中で着替えて着ている服は引き取ってもらった。私はお釣りの銀貨と銅貨を持って、中央乗合馬車乗り場へ向かった。すでに周囲は真っ暗だが、中央乗合馬車乗り場には沢山の人がいる。品種改良で夜目が効くようになった馬車は、夜遅くでも乗る事ができると需要が高い。


周囲をみても、私と同じような服装の人たちが多くいる。明日は休日。これから地方に帰ったり、旅行に行く労働民達だろう。


私は、北方向へ行く目当ての馬車を見つけて乗り込んだ。


馬車で30分程走ると、王都の外れに出た。王都の端で馬車から降りると、そこから私はさらに北へ歩いて行った。

王都の北は森が近く、不便な事からあまり人気がない住宅街だ。グレゴール侯爵邸はそんな場所にひっそりと佇んでいた。敷地だけは広いグレゴール侯爵邸だが、建物の老朽化は進んでいる。裏道からグレゴール侯爵邸に私は入る。もう夜中だが、一刻もはやくお嬢様に報告しなければならない。私は、本邸の使用人口にむかった。





使用人口から中に入ろうとしたとき、声をかけられた。


「ソフィア。帰ってきたんだね。心配したよ。」


私に声をかけてきたのは、見事な赤毛の女性のシーラだった。シーラは私と同じように子供のころからグレゴール侯爵邸で働いている。シーラは私を、使用人口から少し離れた木陰に連れて行った。


「あんた。なにがあったんだい。お嬢様が、ソフィアを追放するって大変お怒りだよ。なんでも学院でソフィアの主を探している貴族がいるって。昨日は私達を集めて、ソフィアを見かけたらすぐに追い出すように言っていたんだよ。あんたの事は絶対に誰にも言うなって。」


シーラは、小声で私に伝えてきた。


私は驚き、シーラに告げた。

「お嬢様の命令であの方を探っている時に、例のあの方にバレちゃったんだ。グレゴール侯爵家の事は喋って無いんだけど、、、そう、お嬢様がそんな事を。」



「それにね。昨晩ジョンの容体が急変したんだよ。今朝亡くなっている所を庭師のマイクが見つけたんだ。明日にはジョンの小屋を取り壊すようにお嬢様が命令していたんだ。たぶんソフィアの痕跡も消したいみたい。今日帰ってこれてよかったよ。明日の昼間まで、取り壊すのを待ってもらうように伝えてみる。大丈夫。みんなソフィアの味方だよ。」


ジョンはもう1か月近く寝たきりの生活だった。使用人達で交代で様子を見ていたが、とうとう亡くなったらしい。グレゴール侯爵邸に残っている高齢の使用人達は身寄りがいないものばかりだ。


「ありがとう。シーラ。明日の昼までには出て行くよ。シーラも元気でね。」


お嬢様に会うのは止めておいた方が良さそうだ。元々グレゴール侯爵家を辞めようと思っていた。でも、いろんな仕事を任されてきた私はお嬢様から捨てられるとは思っていなかった。少し寂しいが、仕方がない。


「ああ、後の事は任せて。なにかあれば町の皆を頼るんだよ。」


「ええ。」



私は暗闇の中ジョンの小屋へ向かう。


ジョンの小屋は、グレゴール侯爵邸から歩いて10分程の林の中にある。


古い木材の壁に覆われた小屋は中心に立派な大黒柱が立っている。小屋の中には年老いたジョンが安置されていた。そっとジョンの冥福を祈って手を合わせる。

ジョンは私が物心ついた時から、一緒に暮らしていた。私は、グレゴール侯爵邸の託児所に預けられていたらしい。10年前、グレゴール前侯爵が領地の土砂災害で亡くなった。妻と嫡男と共に滞在していた別邸が土砂崩れに巻き込まれたのだ。


その後、前侯爵の姉が噂を聞きつけて侯爵家に戻ってきた。姉のマリアンヌ・グレゴールは、舞台俳優と駆け落ちしてグレゴール侯爵家から勘当されていた。舞台俳優とは別れたのか、戻ってきた時には5歳のマーガレットお嬢様だけを連れて帰ってきた。


マリアンヌ・グレゴールは屋敷について早々気に入らない使用人を解雇して行った。領地へついて行き前当主と共に亡くなった使用人もいて、屋敷は混乱した。使用人の中には金目の物を持って逃亡する者まで現れた。


グレゴール侯爵邸の託児所には、いつの間にか親がいない子供で溢れていた。


それに気がついたジョンは、すぐに親を探した。中には親が見つかる子もいたが、逃亡した使用人もいて、親が分からない子供もいた。その中の一人が私だった。




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