第18話
「で、遥架を起こすにはどうすりゃいいんだ?」
「ない...。」
「は?」
俺の双子の妹の遥架が倒れて眠ってしまった。そしてカンパは、
「起こす方法はない。」
「・・・。」
カンパの言うことがそもそも現実として受け止められず言語として頭に入るのに時間がかかった。
――・・・
「もしかして、これは『さきいか』?」
やりの先に矢印がある。もしかして、やりも矢印も関係なくて「さき」だけを使ってほしいということなのか?よくコンビニとかで見る「さきいか」を口に出すとおじさんは頷いた。
「それじゃあ、マスに入れると、『だいおういか』、『するめいか』、『さきいか』。左から読むと、『だい』、『す』、『き』。て、ことは『大好き』ね。」
問題を答えると静かにおじさんは「正解だ。」と、なにやら語りだした。
「これは、みんなにとって、『気持ちが伝わる大事な一言。』だ。大事な人には絶対に、恥ずかしがらず素直に伝えること。分かったか?」
おじさんは突然、何故か寂し気に瞳を揺らした。それはまるで何かを知っているようで。私は拭いきれない不安とともに唾を飲み込んだ。そして、
「はい。」
と、ゆっくりと大きく頷いたのだった。
―――・・・
「ごめん、顕斗君。言い方が悪かった。外部の人間から遥架を起こすべがないと言いたかったんだ。お願いだからその負のオーラを止めて?」
カンパの言う負のオーラは自分ではよく分からないが、とりやえず机に突っ伏していた顔を上げて言う。
「ちゃんと説明しろ。」
「はい。」
反省したようにカンパは言うと、わざとらしくゴホッと咳ばらいをした。
「遥架ちゃんは黒歴史を克服しなくては起きることはできない。それに関しては外部がなんとかできるわけではないんだよ。」
「克服しなかったら?」
カンパは重々しく一息ついて口を開いていった。
「一生起きない。最悪死する。」
「・・・。」
俺は突然の恐怖と不安と後悔が津波のように押し寄せてきた。それも脳死でもするんじゃないかというほどに自分でも分かるほどに血の気が引いて青ざめていく。
「寒波。俺は何にもできないのか?」
遥架ともう少し早く向き合えばよかった。母さんの疲労困憊であることを気にしていればよかった。父さんと家族のことを話し合えばよかった。遥架にあんな態度しなきゃ良かった。
どんどんでてくる後悔が頭の中で凄いスピードで文章が流れていく感覚に陥る。駄目だ。遥架、早く帰ってきてくれ。死ぬな。あーだこーだあーだこーだ頭の中で混乱しているとカンパが俺の頭の上まで飛んできて足で頭上を蹴られた。
「イタい。」
俺は涙目になりながら蹴られた部分に手を当てて抑える。痛みのおかげでようやく現実に戻ってこられたのはいいがもう少しましなやり方があっただろうに。
「一つだけできることがある。」
さっき「ない。」と言ったではないかという反抗心は心に留めて大人しく訊いた。この場所について何も知らない俺にとってはカンパしか頼れない。
「どうすればいい?」
身を乗り出して訊く。すると、カンパは答えた。
「問題を解いて言葉を見つける。それを遥架に伝えれば夢の中で遥架に届くかもしれない。」
「それって、問題を解かなきゃいけないのか?今適当に語り掛ければいいんじゃ?」
カンパは首を横に振った。
「いいや。ここの問題を甘く見ちゃだめだね。言葉は魔法なんだ。それもここの魔法を取り出すなんて本来は容易じゃない。それぐらい手厚く守られている言葉なんだ。だから問題を解いて言葉を見つけなきゃ!」
「分かった。蝶を探そう。」
俺はしっかりと頷いてカンパに意思を示した。でも、カンパは「その必要ない。」と首を横に振った。
「ここにいるよ。」
カンパは顕斗の背中を指さす。だが、俺には見えず「どこだ?」と辺りを見回して、近くの鏡で背中に留まった四葉の羽を持つ蝶を見つけたのだった。
―――・・・
「ママとパパ来たよ!」
5歳の顕斗が私を呼ぶのと同時だった。突然地面に亀裂が入って地を切り裂いた。
「誰か!助けて!」
今よりも元気で若々しい父と母の顔を一瞬だけ見え、顕斗の懐かしい無邪気な顔もスッと消えた。奈落の底は真っ暗。壁はコンクリートでできているのか灰色だった。そして、もう一つ見えたのは先ほど問題を私達に出したおじさん。そのおじさんの表情がこの楽しい雰囲気を醸し出す夏祭りにそぐわない、とても悲しそうだったから脳裏に焼き付いて離れず全てがスローモーションのように事が流れていった。落ちていく。何処までも。浴衣の面積の広い布がバタバタと泳ぐように蠢くようだった。
「誰か!!!」
大声を出すも虚しく。この広い溝の中に木霊していた。
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