第16話
人々の足音。人々の話声。独特な音楽。鉄板で何かを焼く音。混ざる匂い。白い煙。隅に置かれたベンチの上で私は眠っていた。ある夏の記憶。夏は嫌い。暑くて、汗の臭いを思い出すから。
―――・・・
(顕斗がなんか喋ってる。カンパも何故か分からないけど焦ってる。)
ラジオの電波が届きにくくなった時のように音が...彼らの声が掠れて、映像が古くなって消えかかったように顕斗とカンパの顔もかすれて見えなくなっていく。そして背景も、素晴らしい程に色鮮やかなものが透過していく。
「遥架!」
「遥架ちゃん!眠らないde...」
顕斗とカンパが揃って私を呼ぶ声がプツンと消えた。
~秋が訪れる頃に母から訊いたこと~
「遥架。こんなところで寝たら風邪ひくわよ。」
よく知る人の声が聞こえて重たい瞼をゆっくりと開く。
「遥架。どうしたの?そんな驚いた顔をして。」
喉の奥でつっかえる声を絞り出して言った。
「お母...さん?」
「さぁ、行きましょう。顕斗とパパが待ってるわ。」
そう言って私の腕を軽く引く母の手を拒んだ。私は辺りを見回した。知っている場所だ。よく知っている場所。そして忘れたふりをしていたかった場所。私は「ごめん。」とだけ言ってこの場を後にした。
―――・・・
私は母と同じような浴衣を着て、下駄を履いた。いつもより見ている世界が低く感じる。当たり前だ。今ではやっているはずのない夏祭りに来ているのだから。今の私は5歳児になってこの夏祭りの人ごみの中人とぶつかりながら何かから逃げるように走る。
「ここ知ってる。でも、いきなりなんで?」
一刻も早くカンパと顕斗の元へ帰らねば。でも、私はこんな格好。そして5歳に戻っている。つまり過去に戻ったということなの?
「いてっ」
慣れない下駄で思いっきり走ったからなのか、躓いて思いっきりこけてしまった。痛みに必死に悶えながらもゆっくりと床に手をついて起き上がる。
「遥架、大丈夫?」
私はびっくりして声をかけられた方に顔を上げると、幼いけどよく知る人物が目の前にいることにびっくりした。
「顕斗?おとうさ...パパは?」
「んー、どっかいっちゃった。」
顕斗は片手にりんご飴を持って片手をこちらに向ける。私はそれに応じてそれに手を乗せて痛みを我慢しながら立った。
「血ぃー出てるよ?」
私ははっとして顕斗の指さす先を見やると浴衣に血が染みているのに気付いた。「あーあ。」とため息をする私とは裏腹、顕斗はぱっと笑顔になっていった。
「遥架えらいね!泣いてない。」
「えっ」
顕斗の反応にびっくりして言葉を失っている間に腕を引っ張られてどっかに連れていかれた。
「顕斗!?」
顕斗は笑っていた。顕斗の幼少期はこんなんだったっけと混乱しながら顕斗の後をついていった。
―――・・・
私が小4のときぐらいまで毎年、夏祭りが地元で行われていたので家族と一緒に行っていた。もちろん友達と行くこともあった。だけど、何かの影響で夏祭りは廃止になった。理由はあまり覚えていない。
「おじさん、ちょっと染みる...」
「おじさん、遥架をいじめちゃだめだよ!」
夏祭りの主に迷子の知らせをする放送室のおじさんに傷の手当をしてもらっていた。おじさんは顕斗の怒った顔と私のしかめた顔にヘラっと「ごめんなー。もうちょっと我慢してくれ。」と返した。傷の手当てをしてもらうとおじさんは「ご両親に来てもらおうな。」と、この場を後にしてマイクを手に取って迷子の放送をした。私はその間にこのおじさんのことぼんやりと思い出していた。毎年毎年、夏祭りに行くときになんとなく関りがあったおじさんだ。今は何をしているだろうか。
「よいしょ。もう少しでご両親来るからね。」
と、おじさんは放送を入れたら私達の元に戻って椅子に腰かけた。
「えっと。ありがとうございます。」
「ありがとうございます!」
礼儀正しくお礼を言うとおじさんは「いい子たちだね~。」と言って私達に飴を渡した。
「顕斗、ちゃんとお兄ちゃんの役割しててえらいぞ~。」
「えへへ。」
と、顕斗の子供らしく照れた感じを見て私はどこか上の空になって暗い空を見上げた。今の顕斗では考えられないほど私になついている。人はこんなにも変わるものだろうか。するとおじさんは「大丈夫か?」と、私の顔を覗いて心配したように言われた。
「遥架は楽しくないか?今年の夏祭りは。」
「い、いえ。」
と、ぶんぶん横に首を振る。
「なんだか遥架だけ大人になったみたいだなー。」
「そんなことないですよ。」
と、今度は手も一緒になって横に振って否定する。
「そうかなー。あ、そうだ。ちょっとゲームするか?」
と、言っておじさんはあるホワイトボードを持って何かを書き始めた。すると顕斗が「なになにー?」と身を乗り出す。おじさんは書き終えたホワイトボードをこちらに向けたのを見て私は目をしばたかせた。
「謎解きだ...。」
「そうだ。これを解くと君たちにとって大事な言葉になる。やってみるか?」
「やる!」と、先に満面な笑みで答えたのは顕斗の方だった。私はじっと与えられた問題を見て真剣な目をしておじさんの目を見て大きく首を縦に振った。
「やります。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます