第15話

私たちは食堂の席へ二人して腰を下ろす。カンパはちょこんと私の肩の上に座った。


「こんなことして時間大丈夫かな?それに、今私たち私服よ?誰か来たらどう言い訳するのよ。」

「まぁ、なんとかなるだろ。それに、ここにくるのは大抵吹部だろうし。この時間はほぼほぼこっちに降りてこない。」

「どうしてそんなこと言い切れるのよ?」


私はちょっと強張ったような焦ったような、そんな感じで早口で言うと顕斗は「落ち着け」とでもいうように穏やかな口調で言った。


「夏期講習のとき吹部の動きをなんとなく見てたからな。食堂でご飯食べてそれ以外はここで夏休みの宿題をするか本読んで時間潰したたんだけど、今は13時45分。上から楽器の音聞こえるだろ?今は必死で練習してるところだから下りる暇ないんだよ。」


私は「それもそうか。」と落ち着きを取り戻し一呼吸置いた。すると顕斗は、


「もし、足音がしてヤバイってなってもそのときはカンパに急いで戻らせてくれればいいだろ?」


私は少し考えた後に「今戻るのは?」と聞いた。でも、


「後でまた別のが食べたく、あるいは飲みたくてまた買いたくなるかもしれんだろ?」


と、拒否られて私はカンパと同意であることを確認するように目を合わせた。


―――・・・


 ここに来たのは場所を変えるという名の現実逃避しに暗黙の了解で逃げてきたのだ。そのことについてはカンパは少し疎かったというのは可哀想なので触れないでおく。


「顕斗、そろそろ続きをやりましょう?」


といってスマホを取り出すことを要求する。それに応じて顕斗はしぶしぶスマホを取り出す。まだ3問目にしてもう既に頭が疲れてきていたのだ。顕斗は


「ほらよ。」


と例のものを見せる。今の時代は楽なものだ。画像であれば写真で撮ってどこに行っても拝見することができる。


『横になっている女性 海と青空    :④□□□③□

           三本の木と芝生 :□□□□③□

           太陽      :□②①□⑤□

※最後の二文字はイコール


①①ろ②’③④②(小さい)た』


この問題の説明がイラストとなったものが小さなスマホで意味もなく拡大したり縮小したりして考える。私は必死になって問題を解こうとしているというのに、顕斗はボケッと大きな窓ガラスの向こう側を眺めていた。


「やっぱり分からないわ。この女性と右のイラストの関連性も何も見当たらない。」


特に分からないのは四角の列の右2文字のイコールだ。つまり、右の三つ縦に並んでいるイラストにも何かしらの共通点があるということだ。繭を寄せて難しく考えていると顕斗が喋りだした。


「『海と青空』と『寝そべっている人』。綺麗な海が見える砂浜で横になって太陽の日を浴びたり海に入って泳いだりするものは?」


私は一瞬何を言っているのか分からなかった。真剣に問題を解いているのだというのにいい迷惑だ。でも待てよ?「綺麗な海が見える砂浜で横になって太陽の日を浴びたり海に入って泳いだりするもの。」それは...


「『海水浴』?」


疑問系で顕斗に尋ねると「正解。」と言ってにやりと笑った。


「この3つの中で一つ分かればもう簡単だ。この1つ下の三本ある木はきっと森林をさしてるから『森林浴』。最後の太陽は、左の人と合わせて『日光浴』。そして、番号の通り読むと、」


顕斗は手持ちのメモ帳とペンで番号に当てはめるべく文字を入れると、


「『心強かった』ね!」


私はぱっと一瞬笑顔になるが、すぐに難しい顔をした。


「分かってたのならどうして回りくどく言ったの?」


顕斗はまたにやりと笑った。私はからかわれたのだと理解した。


「意地悪。」


私はふてくされたような顔をするのも、内心では喜んでいた。緊迫したこの場を和ませようとしてくれたのは兄弟ながらに分かっていたのだ。昔から気が利く顕斗は今でも変わらない。それが私にとって、たまらなく嬉しかった。でも、照れくさいから表はふてくされた顔を維持していた。


―――・・・


南校舎の下駄箱の周辺にあった問題は解かれると上から7番目の言葉になった。内容は「遥架が『・・・・・・・・・・』は『・・・』を『・・・』くれたときもとても『心強かった』です。」となる。この一文には空欄が多くてまだ読める状態になかった。


「次行くぞ。」


顕斗は急かすように言った。突然低い声を出した顕斗にびっくりして思わず心臓が跳ねた。でも、平然に歩く後ろ姿を見て気のせいだと思った。


「顕斗。」


私は大きな背中に話しかけると、顕斗は首を傾げてこちらを向いた。私は顕斗の顔を見ると一瞬怯んだ。けれど、言いたいことはちゃんと言おうと思った。


「ありがとう。」


顕斗はびっくりした顔になって「お、おう。」と短く返した。私は「ふふっ」と小さく笑った。今の私にはそれだけで十分だった。

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