第6話

十月上旬。少しずつ秋の色がついてきたころ。小さな妖精が私たちの前に現れた。名前はカンパ・パープニュラ。


「ここに来たのは他でもない、二人を助けに来たんだよ?そのくらい察してよ。そんな未練たらたらでお母さんが彼岸に行っちゃっていいわけないだろ?」


救いのないこの世界でたった一つの希望と小さな救いの手。それはとてもドラマチックな出来事であった。


―――・・・


「彼岸て?」


顕斗と私はは顔を見合わせて訊いた。


「彼岸てぇ〜ゆうのはな。死者の世界ていう意味だ!いいか?私のいう事聞けば母の命は助かる。そして、仲直りもできる。」


カンパはぱっと一通の便箋を出す。突然でてきたひらひらと重力に従って落ちるA6 用紙程の大きさの薄い黄緑色の紙を遥架が手に収める。その紙の一番上には「Dear my mother」と書かれていた。


「その文章には君たちが母に伝えたいけどなかなか言えない本音が書かれている。」

「でもこれ、空欄ばっかじゃん。」


顕斗のつっこんだとおり、この紙の文章には空欄がいくつもあってこれでは内容が分からない。そしてこれがお母さんを助けるには薄っぺらい紙切れにしか見えない。本音が書いてあると言っても眠った母は聞こえないのだから意味がないではないか。するとカンパは人差し指をピンと立てて言った。


「その通り、その空欄をこれから連れていく世界で探して見つけてもらう。もちろん、ただでその言葉をあげるわけにはいかない。何故なら、人1人を助けるには報酬が足りなすぎるだろ?だからクイズを見つけては答えてもらう。必要な言葉はその答えだ。分かったか?」

「うん!」


元気よく答えたのは遥架だった。こんなバカげた話は信じないのが普通だろうけど、私にはこの小さな妖精のカンパ以外に縋れる人はいなかった。そしてこんな遥架が前向きなのはただ単に推理小説が好きでその主人公になれたような気がしてワクワクしているだけである。目をキラキラさせる遥架は先ほどまでお母さんの前で暗い顔をしていたのが噓のようだ。


「それじゃあ、言葉探しにレッツゴ…」

「いやいやいや待てって。俺はその話には納得していない。どうしてそんな遊びをしたら母さんが助かるのか説明してくれ。」


カンパの合図を遮ったのはやや怒ったような焦っているようなそんな様子で訴える顕斗。それをからかうように笑うようにニマニマするカンパに私は首を傾げた。


「そんなこと言ってぇ〜。いっつも遥架ちゃんのいない時間を探っては病室訪れてたっていうのにぃ〜?」

「・・・。」


その話を聞いてぽかんと口が半開きになって私は思わず顕斗の方を凝視した。本人はというと何も言わず壁にでこをゴツッと当てて羞恥を覚えていた。よく見ると耳が赤い。私は顕斗は家族が嫌いどころか興味がないのだとばかり思っていたのだ。本当にそうなのかと訊きたくなるものの、この反応を見れば嘘ではないと分かった。


「それでは、レッツラゴー!!!!と、言いたいとこだけど今日はもう遅いし明日からにしようか。丁度三連休だから。」


カンパの声を張り上げてからの「明日からにしようという。」と言ったことに対して私と顕斗は案の定がっくりした。


―――・・・


翌日の朝早くにお弁当を持って来たのは私たちが通う学校であった。この時間帯では部活で外を走る人いたり、体育館からの威勢の良い声が聞こえたりした。


「おはよぉ~。お二人さんのバッグからいい匂いがぷんぷんと...。」

「あげねぇぞ。」


冷ややかな視線をカンパに向ける顕斗。どうも心を許していないからなのかカンパへのあたりが強い。


「カンパ、本当にここのどこかに言葉のクイズがあるの?見た感じいつもの学校だけど。」


私は辺りを見回しながら言う。すると、


「いいや、まだない。」


と、カンパは首を横に振った。


「「まだ?」」


重なった声に驚いて私と顕斗は顔を見合わせた。何故ならこの頃は顔も合わすことも非常に少なく、会話もしないでいたのだ。二卵性だとか関係なく双子は息ぴったりであることに自分達で驚いてしまう。それにしても「まだ。」とは何なのだろうか。何か起こるなど誰が知ったことか。するとカンパは首にネックレスのように掛けてある茶色い鍵を手に持った。


「『美言葉の所持者の名において葉鍵ようけん寿ぐ言葉の力。』」


何やら呪文みたいなことを言い出したかと思ったら何も無い空間に鍵を指して右にまわすとガチャッと言う音とともに強烈な光が辺りをキラつかせた。すると現れたのはいつもの学校とはどこか雰囲気の違う。学校の形は変わらないものの、周りの草木は建物にまとわりつくほどに生い茂り、細い川は太くなって緩やかに流れる水は少し早くなっている。上のグラウンドへ上るための急坂からは入れないはずの山には階段が付き、現実ではないはずの通路ができあがっていた。まじまじと辺りを見回す私と顕斗にカンパは得意げな顔をしてその場でひらひらと飛んだ。


「ようこそいらっしゃいました!ここは、あらゆる人の素直な言葉を貯蔵する大きな校舎!その名も、『言の葉の校舎』!なのです!」

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