第5話
「お母さん、ここに来るの私だけになっちゃったよ?顕斗は最初から来る気はないみたいだし、お父さんも最近帰りが遅いわ。」
相変わらずの片方だけの会話だ。私は早くお母さんが目を覚ましてほしい。早く喧嘩の仲直りをしたいのだ。片方だけが仲直りをしたい。こうやっていくら望んでも、母はきっと私とは口も聞きたくないのだから、目を覚まさない。
「お母さん、私は素直な人じゃないんだよ。お母さんが小さい頃に言ってくれた『素直な子』じゃないんだよ。」
あの時、嘘はついていなかったと思う。でも、本当に言いたかった事ではなかった。このまま目が覚まさずにあの世に行ってしまったとしたらとネガティブな思考が募って血の気が引く。
『泣いて、悔やんで、怒って、蔑んで、人のせいにして、自分は悪くないと言い張って』
―――・・・
俺は部活をサボって学校から病院へ向かっている。今日は遥架は病院へ行かないという情報を遥架と仲の良い鈴木さんに教えてもらい内緒で行こうと決心していた。上手く顔を合わせられない気まずい雰囲気の中、遥架に会うのはまだ勇気が足りていなかったのだ。
『泣いて、悔やんで、怒って、蔑んで、人のせいにして、自分は悪くないと言い張って』
ぶつぶつと呪文のように、歌を歌うように口ずさむ。誰もいない場所で『泣いて』、ただひたすらと過去を『悔やんで』、意味も分からずカッとなって『怒って』、自分より楽しそうにしているやつを八つ当たりして『蔑んで』、自分の失態でも自分のせいにしたくなくて『人のせいにして、自分は悪くないと言い張って』。俺は今までのことを頭の中で映像のように台詞とともに張り巡らして病室の扉を開きながら無意識に普通の音量で、それでも力強く声を出した。
『『後悔してるんだ!!!』』
俺ははっとして下を向いていた顔を上げて目を見開いた。遥架が目の前にいるではないか。そして、もう一つ。
『独りじゃないよ。』
小さな、小鳥のようなさえずりのような声だった。顕斗と遥架、共に耳に響き渡る。可愛らしくて、なんだか切なくて胸がいっぱいになるような、そんな声。
『『誰?』』
~後悔の叫びが轟いて~
「心の声に素直でいれたら何かが変わっていたのだろうか。」
「反発して、体当りして、抗って...」
「変わらない過去を変えることができないのかと、」
「ずっと一人で悩んで、泣いて、悔やんで、怒って、」
「「泣いて、悔やんで、怒って、蔑んで、人のせいにして、自分は悪くないと言い張って、
後悔してるんだ!!!!」」
『独りじゃないよ。』
これは双子の兄、菅野顕斗と双子の妹、菅野遥架、そして突然現れた妖精のカンパ・パープニュラが繰り広げる言葉を探す謎解きゲーム。始動。
「「誰?」」
轟キ届ケ!!言葉で命を繋いで家族を取り戻せ!!
~in言の葉の校舎~
「後悔してるのよ。」
「後悔してるんだ。」
ハモッた声に驚いてお互い目を見合わせた。シーンとどこかの水滴が落ちる音でも聞こえるのではないかと思うほど静かで、耳を疑うほどに。今さっき、外は強い風が吹いて木から枯れ葉が十数枚、舞い落ちたらしい。それを背景に顕斗は驚いた遥架の顔を見つめていた。今なら本音を言える。そんな気がして。すると、小さな小さな小鳥のさえずりような声がどこからかしたのが聞こえた。
「独りじゃないよ。」
「独りじゃない。」て、どういうこと?すると現れたのは手のひらほどしかない小さな蝶のような羽を持った女の子であった。紫色の服を着て、風鈴のようなスカートを着ている。その声の主を発見した顕斗はびっくりしすぎたのか腰を抜かし、春香はまじまじとその姿を観察していた。
「そんなに見られたら照れちゃうなぁ〜。えへへ。」
小さな空飛ぶ女の子は照れくさそうに体をよじる。
「まぁ、可愛い。お名前は?」
興奮気味に訊く遥架とは反対に顕斗は現実を受け止められないといった顔はポカンと口を開けてどこか上の空。よく見たら尻もちしていて情けない見た目をしている。
「僕は妖精!名前はカンパ・パープニュラ。カンパでいいよぉ〜。」
自分は妖精だという女の子は可愛らしく片手を口に当てて「にひひ。」と笑う。
「はじめまして、私は菅野遥架よ。可愛いわ。」
「・・・。」
ポカンと口を開けて固まる顕斗は魂を抜かれたように思考停止状態になっている。それを私は「顕斗、だらしがないわ。」と言って無理やり立たせた。
「あー、えっと、妖精さん。俺は現実主義者なのでこれは夢だと判断し...」
「顕斗、馬鹿なこと言わないで。カンパ、こっちは私の兄の顕斗よ。それで、どうして私たちのところに来たの?そして、『独りじゃないよ。』てどういうことなの?」
するとカンパはニカッと素敵な笑顔で言った。
「そのまんまの意味さ!二人とも敵だとか思ってんならそれは大間違いだ!お互い思いやりすぎて一歩踏み出せてないだけでちゃんとお互いのことを思いやっている。そして、ここに来たのは他でもない、二人を助けに来たんだよ?そのくらい察してよ。そんな未練たらたらでお母さんが彼岸に行っちゃっていいわけないだろ?」
カンパは言い終えるともう一度ニカッと素敵な笑顔をこちらに向けたのだった。
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