第3話

『変わらない過去を変えることができないのかと、ずっと1人で悩んで』いた。


 もっと早く母に休むように言っておけばよかった。戻ることのない過ぎ去った日々を変えることができないのであればどうすればよいのだろうか。

 病室のネームプレートに書かれた菅野すがの凪月なつきという母の名前を見て私は愕然とした。扉を横にスライドすると真っ先に目に写ったのは父の後ろ姿だった。


―――・・・


 3時間目の芸術の授業の時に先生に呼び出された俺と遥架は席を外れて。廊下に出る。周りからの視線を感じながら。呼び出した先生の名前も顔も分からないので頭に大量の疑問符を浮かべた。

 廊下に出ると不安そうな表情が顔に張り付けられた遥架と目を見合わせた。すると先生は言った。


「二人のお母さんが会社で倒れて病院へ搬送されたそうなので今から早退して病院へ行ってください。」


と。

 教室へ戻り部活バックを肩に掛けバス停へ向かうと先に遥架の姿があった。バス停で二人そろってバスを待っている。普段は俺は自転車で学校の最寄り駅と学校を行き来しているが、今日は朝に雨が降っていたのでバスで学校へ来ていた。今は授業中なので外に出てくる生徒や先生などいなし、ブオーと音をだすトラックも一台目の前を通ってそれっきり、お互い何も言わずただずっとのどかな田舎の風景を眺めていた。俺はふと思い出してスマホを取り出してサッカー部のグループラインに事情と今日は部活を休むことを書き込んで送信ボタンを押した。バス停の屋根の向こうにあるすっかり青で満たされた空を眺めた。それは雲一つない綺麗な空だった。まるで、俺たち二人の感情を少しでも明るくしてあげようと必死になって励ましているかのようだ。俺は遥架の長い髪を上から見下ろした。とても綺麗に整えられたそれは、いつも洗面所から聞こえるドライヤーのごく日常的な光景を音と画面共に、目の前に映し出される。俺は話しかけようと口を開こうと半分開けたが、ゆっくりと閉じてしまった。この気まずい今の状態で何かを言うのを躊躇ってしまったのだ。俺はただ、「昨日の晩御飯のコロッケが美味しかった。」と、言いたいだけだというのに。もう一度、しっかりと本人に伝えようと口を開くとタイミング悪くバスが来てしまい遮られた。遥架は黙って乗って、一人席へ座ってしまったのを見て、俺は何事もなかったかのように後ろの二人席へ座って横に部活バックを下した。


―――・・・


 病院へ入って、背が低くい女性の看護師に母さんがいるか聞くと、「菅野さんですね。」と、それはそれは人を寄せ付けそうな可愛らしい微笑みでそう返された。俺と遥架は案内されて、病室の「菅野凪月様」と書かれたネームプレートを見てこれが現実であることを突き付けられた。病室のドアが横へスライドすると、真っ先に目に映ったのは大きな背中を丸めてたっていた父さんだった。


「父さん、先に来ていたんだな。」


 毎日喧嘩の絶えない日々でも、父さんは母さんのことを愛しているのだと俺は悲痛な目と重々しく口を開けたその姿を見て思った。遥架は横になっている母さんの顔を見て何も言わずにただただ顔が青くなっていた。だけど俺は「大丈夫だ。」という確信のない一言でさえ喉をつっかえて何も言えなかった。母さんの倒れた原因については数分後に訪れた医者に教えてもらった。母さんは今昏睡状態であること。その原因は過労と日々のストレスからくるもので、高血圧性脳症だと診断された。俺はどうして母さんは自分の状態を言わなかったのかと疑問に思ったが、それは俺も同じことで、親には内緒で部活をやめようとしていたところを母さんにバレて結局やめるのを止めた二日前の朝の出来事を振り返ると人のことが言えないなと思った。

 家に帰ると三人でテーブルを囲んで家族会議が行われた。とても重苦しい空気の中、父さんは口を開いた。


「お母さんが今の状態になったのは俺たちの責任だ。お母さんはいつ目を覚ますかは分からない。でも、目を覚ますまでに、三人でできることをしよう。」


できることと言っても何をするのだろうか。それを聞いた俺は遥架のほうを見た。けれど、遥架は暗い表情のままテーブルを見て言った。


「お母さんは家では笑ってた。」


一瞬何を語りだしたのかと思ったが、俺と父さんは黙ってそれを聞いた。


「お母さんは何があっても明るい口調で私達と話してたわ。何事もないかのように、何かあっても表では隠し通そうとしてたわ。それでも隠せてなかった。お父さんも顕斗も分かってたでしょ?なんで気づかないふりしてたの?そしたら私たちの見えないところで倒れてて、どうして二人はお母さんの心配してなかったの?これからできることをしよう、て何ができるの?これから何かが変わるとでも?」


すると遥架はガタッと椅子を引いて隠しきれていない涙を見せないようにしてこの場を後にした。俺は父さんと二人になった後、俺は


「俺も、もう遅いと思う。」


とだけ言い残して遥架の後に続いてこの場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る