第6話 君がいた
彼女を見送った後、僕はうとうとしながらも彼女の帰りを待っていた。
しかしその後、やはり彼女は一時間しても帰って来ることはなかった。心配になった僕は、車内に置かれたままの彼女の薄青いカーディガンを持って辺りを探し始めた。
真っ暗だった空が、青く色づき始めていた。もう直ぐ朝になる。急がなきゃ。警察に見つかったら、彼女はきっと補導されて、親の元で悲鳴をあげる。心臓の鼓動が速くなり、急ぎ足で彼女を探し回った後、トンネルを抜けた先の神社の入り口で、倒れ込む人影を見つけた。彼女だ。
「……あ、律っ?! おい、しっかりしろ!」
彼女の身体は酷く震えていて、僕は状況が理解出来ないまま、彼女の背中をさすり続ける事しか出来なかった。
「…………私ね……あの子と、ずっと鬼ごっこしていたの」
突然、彼女は思い出した様にそう言った。彼女の吐き出す言葉の意味が、僕には全く理解出来なかった。
「律? 何を言って……」
「元々一緒だったのにいつの間に私は電車の中に置いていかれて、気づけば、あの子は遠くにいた。私がどんなに全力で追っかけても……あの子は遠ざかっていくの」
彼女の呂律は上手く回ってないようにも感じて、僕はスマホを手に取り、緊急連絡をしようとした。すると彼女は僕のその手を制止し、話し続けた。
「一緒になりたいんだ、あの子と。だって今あの子は……きっと上手く笑えてないから」
混乱する僕と、錯乱する彼女。
「律、どうしたんだよ。なんの話しをしてるんだ」
突然、彼女の荒い呼吸が治まった。そして僕の目を見て、彼女は安堵した様に笑った。
「私、お兄さんのこと、好きだよ。ずっと前から、ずっと今でも」
「……え……律?」
僕は訳も分からず彼女の身体を強く抱き寄せた。彼女の細い腕は冷たくなり、その瞬間、真っ暗な闇に引きずり込まれるように僕の意識は飛んだ。
夢の中で、誰かが僕を呼んでいる。
まるで幼い子の様なその声は、だんだんと近くなってくる。
眩しいほどの光で顔が見えないその姿は、次第に僕の前で立ち止まった。
誰だ。君は一体、誰なんだ。
「……あの子の
じゃあ。あの子って誰なんだ。
「……お兄さんが愛した―――だよ」
目が覚めると、僕は電車内にいた。辺りを見渡し、視界がぼんやりしているのが確認できた。
「……ん……律?」
僕の腕の中にいたはずの彼女も、ちぎれたロープも、花火の残骸も跡形もなく無くなっていた。まるで世界が終わったあとの喪失感の様なものだけがそこにはあり、訳も分からず僕は呆然とした。
確か、僕はここで律という女の子と、たわいもない話をした。コンビニに行って花火をして、夢や自分のことを話して、涙を拭い彼女を抱きしめた。
「……夢、じゃないよな」
僕は重い体を起こし立ち上がり、眩しいほどの朝日に照らされた。その瞬間、何故か心の底から涙が溢れて、止まらなかった。
「…………会いに、行かなきゃ」
眩しいほどの光の先に、君がいた。そんな気がして僕は真夏を、駆け出した―――。
君がいた、 月見トモ @to_mo_00
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