第3話 抱擁
三キロほど歩き薄暗いトンネルを抜けて、ようやくコンビニに辿り着いた。付近にある唯一のコンビニで、度々村の人が買い物に来る様子が伺える。僕は怪しまれない様に紺色のパーカーのフードを被り、彼女はマスクをして店に入った。外との寒暖差が激しく、一瞬、身震いした。
店内に入ると早速彼女はお菓子のコーナーに向かって、チョコやポテトチップスなどのお菓子と、炭酸ジュースを手にした。
「さすが高校生って感じだな」
「お兄さんこそ、さすが大人って感じ」
僕が手にした缶珈琲とアルコール濃度の高いお酒を見て、彼女は笑った。僕も彼女の笑顔につられて、つい笑みが溢れた。コンビニで誰かと話しながら好きなものを買うなんて、まるで青春をしているみたいだと、僕の気分は高揚した。
「あとはー……。何か忘れてる気がするんだよなぁ」
彼女は再び店内を物色し、棚からお菓子を手に取るとまた迷って元に戻した。そんな彼女を横目に、ふと、グラビア雑誌が目に付いた。僕は手を伸ばしそれを取ると、表紙の女性と、記憶の中の彼女の姿を重ねた。
彼女も近いうちに、こんな笑顔で仕事をしていくのだろうか。ほとんど裸の状態で、カメラに向かってはにかむ。いや、これはまだマシな方だ。
記憶の中の彼女なら絶対にしないだろうと思う度、彼女は変わってしまったのだと思い知らされた。
「お兄さーん、なに見てる……の」
「あ、」
彼女は僕の手元を見て立ち止まった。その瞬間、思わず息をするのを忘れた。
「…………お兄さん、そういうのが好きなんだ」
「……、違うんだ! 好きな訳じゃなくてっ! 気になった、気になったっていうか、そのっ」
雑誌を棚に戻す間もなく、僕はあたふたして口が吃った。額から流れる冷や汗がまるで漫画のようにだらだらと溢れて止まらない。
「……最低」
彼女は突き放すような口調でそう言った。彼女の口から出てくる言葉が、やけに重たく感じて、僕は罪悪感に苛まれた。
「……ごめん」
僕が謝ると彼女はまた拗ねた様子でさっき棚に戻した流行雑誌とお菓子の袋、それから線香花火をばんっと、カゴに追加した。
その後、僕達は何も喋らないまま、コンビニをあとにした。無言の時間が長くなればなるほど、自分のしたことの酷さと恥じらいをジワジワと感じた。確かに、あんな雑誌を見ていたら、自分もそういう目で見られてると思って警戒するだろう。女子高生の前でやることでは無い。酷い大人だ。
「……律、あのさ――」
「聞いた? 桐島さんの所の中学生の娘さん……らしいわよ」
「えぇ……また……この頃多いわね……」
彼女にきちんと謝ろうと口を開いた矢先、通り過ぎた人々のそんな会話が聞こえた。二人組の女性が険しい表情で話し、僕はなんの事か直ぐに察して、彼女と目を合わせた。
「……あそこで、何人が亡くなったと思う?」
「……え? ……えと、」
突然の質問に、僕が答える間もなく彼女は続いて「今月二人目。でもきっと、私が三人目になるね」とアイスを片手に寂しそうにそう言った。諦めとも取れる彼女のその言葉に、僕の胸は抉られるほど痛くなった。
「律は、どうしてあの場所にいたの」
「…………どうしてだろう」
「……っ、」
こんな事は良くないと分かっていても、彼女を諭す理由が見つからず僕は黙り込んだ。彼女には彼女なりの、僕には僕なりの消えてしまいたい理由があるのだから。
「強いて言うなら、誰かに抱きしめて欲しかったからかな」
「……それって……」
彼女は遠くを見つめたまま、アイスを食べる手を止めた。
「私の両親共働きでね、いつも家には私しか居なくて、でもたまに帰ってきた時は、仕事のストレスのはけ口にされて、よく怒鳴られたり殴られたりする。私がどんなに傷ついても、あの人はきっと何も思わないし感じない。学校でも先生に期待されてばかりで疲れるし、周りと上手く溶け込めなくて、いつもロボットだってからかわれて、笑われて。その度に私の中に痛みが走る」
そう言って彼女は線路際のフェンス付近に落ちてた空き缶を踏みつけて、遠くへ蹴っ飛ばした。
「辛くないはずがない。苦しくない訳ない。でもみんな前を向けって言うから、私ばっかりが、ずっと笑って傷ついてないフリしてさ」
そう口を開いた彼女は、涙声になりながら絞り出す様に言葉を吐いた。
「家族の愛とか、信頼出来る友達とか、無条件の優しさとか、本当はそんなものどうでもいいの」
そして一言、
「ただ頑張ったから、抱きしめてよ」
震えた声でそう呟いた。その言葉が、今の彼女の全てに聞こえた。僕は彼女の手を握り、無責任な言葉と共に彼女を抱きしめた。
「……大丈夫だよ」
そう言うと、彼女は僕の肩に大きな涙の粒を零した。僕の背中にしがみつく彼女の腕は確かに力強く、確かに脆かった。
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