第30話

 ええい、仕方がない。


「こちらリック、敵機より一旦離脱する! 敵機の損傷箇所に集中砲火、願います!」

《こちらモーテン、ブルー・ムーン、了解。最寄りの部隊は我々だ、リック准尉が離脱を完了し次第、地対空ミサイルで弾幕を張れ!》


 了解、という威勢のいい声が聞こえてくる。

 それを聞いていた俺は、スラスターを逆噴射。味方の射線と敵機のレーザー発射口を見切り、そのどちらにも当たらないよう回避運動に移る。


「モーテン隊長、退避完了です!」

《了解、全兵装の使用を許可、総員、攻撃開始!》


 敵機の側面に降り立った俺の目の前で、爆発音が連続する。それに伴う熱が、ビル群のガラス窓を溶かし、アスファルトの破片を撒き散らす。そして、敵機の装甲部品も。


 よし、これなら勝てる。

 浅はかにもそう思った俺は、爛々と目を輝かせた。


 が、しかし。

 敵機に装備されていたのは、何も高出力レーザーと装甲板だけではない。

 敵機の上部から、銀色の紙吹雪のようなものが、ひらひらと噴出したのだ。


「あれは……チャフか?」


 チャフとは、アルミニウムの小片をばら撒くことで、敵の発射したミサイルやロケット弾を誤爆させるというものだ。

 案の定、モーテンたちの放った誘導兵器は見事に撃墜された。


 マズい。俺は直感した。

 これでは一方的に、歩兵部隊が敵機に自分たちの居場所を教えてしまったようなものではないか。


 キュイン、と甲高い音がする。敵機の円周部に赤い点が生じ、それはどんどん大きさを増していく。

 エネルギーをチャージせずとも、味方のAMMを半壊させるようなレーザー。

 もしそれが収束して一気に撃ち込まれたら、歩兵部隊は間違いなく全滅だ。

 かといって、今の俺の機体に大した武器は残っていない。


「……ッ」


 俺は操縦桿を握る手が汗ばむのを感じた。

 もうこうなったら、AMMとしての巨体を活かすしかない。早い話、スラスターを全開にして体当たりを仕掛けるのだ。


 燃料残量を確認し、俺はビルの屋上を点々と跳び回る。

 そして腕を思いっきり引き伸ばし、敵機に両腕でぶら下がった。


「素手を使ってでもッ!」


 俺は右の拳を握り締めた。メリケンサック状の硬質なパーツを突き出し、思いっきり敵機をぶん殴る。

 プラズマカッターほどの威力はないが、それでも確かに敵機はぐらり、と傾いた。


 直後、ギン! と音を立てて、敵機のレーザー射出口がこちらを向いた。


「畜生!」


 俺は脚部スラスターを噴かし、自機の下半身を敵機の射線から逃そうと試みる。

 しかしレーザーは僅かに掠めたようだ。両脚部の膝から下が綺麗に切断された。

 後方で、レーザーで貫通されたビル群が倒壊していく音が聞こえる。


 ふん、好都合だ。身軽になれたのだから。

 俺はぎゅるりと身を捻り、敵機の上方にのし上がる。そして、レーザー発射口をとにかく殴った。撃墜するのは、レーザーを潰した後でも構わない。


《おい、無茶するな!》

「今は俺がどうにかするしかないでしょう!?」

《やめろと言ってるんだ! 聞こえないのか、ルナ!》

「だから俺が――って、ルナ?」


 モーテンが無線で呼びかけていた相手は、俺ではなかった。密かに接敵していたルナこそが相手だった。


 ルナは敵機の高度、およそビル六階ぶんの高さにまで駆け上がっていたのだ。


「ルナ? お前なのか?」

《私以外に誰がいるっての?》

「危険だ、下がってろ!」

《その言葉、そっくりそのまま返す!》


 俺は敵機の上にうつ伏せになったまま、反射的に左腕を上げた。それが正しかったと証明されたのは数秒後。

 向かいのビルの六階から、ガラスの外壁を斬り払ってルナが飛び出してきた。最早右腕が血塗れだったが、彼女は気にしていない。


 そして彼女の握った刀の切っ先が、敵機のレーザー発射ユニットの上部に接触した。

 キィン、という、鋭利かつ冷徹な響き。それが刀の鳴らした音だと気づいた時には、既に刀は深々と敵機に突き刺さっていた。


 さっとディスプレイに目を遣ると、敵機内部の高エネルギー反応が収まっていくところだった。


 だが、完全にジェネレーターを破壊できたわけではない。


「ルナっ!!」


 俺はコクピットハッチを展開し、ルナに手を伸ばした。

 このまま外気に晒されているよりも、AMMのコクピット内の方がずっと安全だ。


 ルナの挙動は相変わらず俊敏だった。刀を捨て置き、今日何本目になるか分からない代わりの刀を鞘に収め、軽く跳躍してコクピットに飛び込んできた。


「うおっ!? おい、操縦桿に尻を載せるな!」

「ってあんた、またどこ触ってんの!? 斬り殺すよ!?」


 などと言っていられたのは僅かな時間。

 グウン、と敵機が姿勢を立て直し、ぎりりりっ、と嫌な音を立てた。


「ッ! ルナ、伏せろ!」


 直後、敵機は思いっきり高速回転した。俺のAMMを振り払うつもりなのだ。

 俺は急いでハッチを封鎖、何かを考える間もなく、目の前のルナを抱きしめた。

 本能的に、自分がクッションになるべきだと判断したらしい。


 そしてついに左腕が、続いて右腕が敵機から振り払われた。俺とルナ、それにAMMは、数百メートルにわたって吹っ飛び、スーパーマーケットに背後から突っ込んだ。


「がはっ!」

「んぐっ!」


 背中全体に鈍痛が走り、肺の空気が一気に吐き出される。

 作戦前に食事を摂らなかったのは正解だった。が、そんなことはどうでもいい。

 ルナは薄っすらと目を開け、軽く震える左手で刀を握り締めた。


「ルナ、無事か!?」

「あと……」

「何だって?」

「あと一撃で、あいつは止められる……」


 俺はディスプレイ越しに敵機を見つめた。それからルナに視線を落とす。

 

「だ、だけど、この機体じゃもうあの高さまで飛翔するのは無理だ!」

「リック、お願い。なんとかして」


 まさか人にものを頼む言葉が、なんとかして、だとは。やはりルナは周囲を振り回すタイプだな。

 そんなことを思ったのも束の間、俺の胸中は徐々に絶望に沈んでいった。


 もう飛べないこの機体で、ルナの安全を確保しつつ、敵機を斬りつけさせる。

 後半の二つの案件は、どうとでもなるだろうが……。


 その時、無線が声を拾った。サブディスプレイを見遣ると、緑色と黄色の光点が五、六機と迫ってくるところだった。


《ブルー・ムーンのリック准尉、聞こえるか?》

「は、はい。……じゃなくて、所属部隊を名乗ってください!」

《ステリア共和国陸軍省の直轄AMM部隊だ》

「ッ! 貴様ら!」

《まあ待て、准尉。我々の仲間も、あの蟹だか円盤だかにやられているんだ》

「え……?」

《上層部は俺たちのことを何とも思っちゃいない。だから我々は、あんたを一番優秀なパイロットとして認識し、援護する》

「はッ、しかし……」

《飛べないんだろう? だが、残存するスラスターは十分量装備している。そうだな?》

「はい!」

《だったらやることは一つ。准尉のAMMを、あの怪物の上に向かって投げつける。微調整と最後のとどめは任せたい。できるか?》


 俺は眼前で光が広がっていくような錯覚に囚われた。


「やります! その作戦、完遂してみせます!」

《了解》


 答えるや否や、俺のAMMは、両脇から。ゆっくりと担ぎ上げられた。

 

《準備はいいか、准尉?》

「はい!」

《では行くぞ。三、二、一!》

「ッ!」


 俺とルナは歯を食いしばったが、ずっとそうしていたわけではない。

 サイドシートに座っていたルナはすぐさま抜刀。

 このままでは俺は、機体諸共敵機の上空を通過する。重要なのは、コクピットハッチを開放して、タイミングよくルナを降下させることだけだ。


「いくぞ、ルナ!」

「いつでも!」


 スラスターで体躯を修正しつつ、敵機との相対速度を零に。

 俺が調整し終わるのと同時に、ルナはハッチから飛び降りた。敵機の五メートルほど上空からだ。


 俺は素早くハッチを封鎖し、耐ショック姿勢を取りながら、ごろごろと地面を転がった。

 記憶が途切れる寸前に目に入ったのは、ルナが思いっきり刀を敵機に突き刺す瞬間だった。

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