第29話

 旧型とは思えない、高速のフットワーク。ビルの屋上を跳躍していくバランス感覚。

 俺は自分の目を疑いつつ、キリクの駆るAMMを見つめていた。見惚れていた、といってもいい。

 だが実際、彼女は命を落とした。

 

 零距離で狙撃弾を喰らったのだ。生きていられるはずがない。

 キリク機は四肢がバラバラになり、胴体も真っ二つにされた。コクピットが無事だとか、緊急脱出装置があるとか、そんなことはあり得なかった。


「キリクさん……!」

《……》


 俺は俯き、ぎゅっと目を閉じた。ダンッ、とディスプレイ映写機を拳で打ちつける。


 結果的に、キリクの狙い通りのことが起こった。狙撃砲は無茶な射撃を敢行したため、砲身内で火薬による爆発が連続。そのままひしゃげて、ビルの隙間へと落下した。


《リック? 聞こえる? リック?》

「……ああ」

《私がAIをぶっ壊した効果が現れたみたいだ。もう滅茶苦茶に撃ちまくるしか能がないようだけど、警戒して――》

「安心してくれ、ルナ。狙撃砲は完全に沈黙した」

《えっ? それどういうことなの?》

「キリクさんが特攻した。痛み分けといったところかな……」


 俺は、自分が何を言っているのか分からない状況で説明を試みた。いや、難しいのは言葉を発することではない。現実を受け入れることだ。


 ピピッ、と接近警報が鳴る。俺の足元に、ルナが駆け寄ってきていた。

 俺は精神的に自分が瓦解していくのを感じつつ、するりとロープを降ろした。

 誰かに――ルナに、この悲しみを理解してほしい。その一心だった。


「ちょっと、あんたが降りてきて何をするつもりなの? って、あ……」


 気づけば、俺はルナの背後に手を回し、ぎゅっと抱き締めていた。


 この期に及んで、大丈夫なのかと問いかけるほどルナは馬鹿ではなかった。


「キリクさんが特攻を仕掛けたんだよね?」


 俺はルナの肩に顎を載せる格好で、こくこくと頷いた。


「でもさ、あんた」

「……なんだ?」


 すると、強烈な打撃音が響き渡った。ルナが俺を思いっきりぶん殴ったのだ。


「戦いが終われば考える時間だってできるんでしょう? だったら今、この作戦くらい完遂してみせなさいよ! 泣き言は聞きたくない!」

「じゃ……」

「何?」

「じゃあ、お前はどうなんだよ? ボイド少佐が亡くなって、あんなにわんわん泣き喚いていたじゃないか!」


 これまた自棄な発言だった。が、意外にも効果はあったらしい。ルナは半歩、じりっと引き下がる。しかし次の瞬間には、心身共に体勢を整えていた。


「だっ、だから! 考える時間はまだまだあるんでしょう? 今は早急に、キリクさんの弔い合戦をしなきゃ」

「そう……だな」


 俺が俯き、それをルナが睨みつける。傍から見れば、何をやっているのか分からないだろう。

 俺が一つ気になったのは、ルナの負傷による気分の違いだ。覇気がない。呼吸が殺気よりも荒くなっている。よくよく見れば、包帯が真っ赤に染まっている。傷口が開いたのか。


「あとは味方のAMMと歩兵部隊とでどうにかする。ルナ、お前は安全な場所で待機だ」

「どうして? 私を仲間外れにする気?」

「そうだ」


 即答する俺。多少残酷だとは思ったが、ルナのためを思うならこうするしかない。

 

「その右腕で戦ったら、皮膚は破れるし、筋肉繊維は断絶するし、骨だって粉砕されてしまうかもしれない。そんなリスクを冒してまでお前が活躍する場面はもう――」


 俺ははっとして振り返った。地震が起きたのだ。しかし、普通の地震と違って震源がどこなのかを漠然と察することができる。

 その方角には、目標到達地点である陸軍省の総本部がある。確か、訓練生のための広大なグラウンドが整備されていたはずだ。


 そこからの地震。まさか、まだ何か出てくるというのか?


「……?」

「伏せろ馬鹿!」


 そう怒鳴りつつ、俺はルナを引っ張り倒すようにしてその頭を抱いた。

 状況を理解しているのか、ルナは騒ぎ立てようとはしなかった。問題は、味方のAMMのパイロットたちだ。


 ヴン、と音がして、赤くて細い光線が宙をよぎる。直後、AMMの頭部が大爆発を起こした。


「ぐっ!」


 ルナの頭部をかき抱く俺。五秒ほど数えて顔を上げると、味方機の上半身が綺麗に消滅していた。頭部を掠めただけで、である。


「なんて威力だ……。ルナ、こっちへ。負傷者は大人しくここで待ってろ」

「命令しないで! 私はあんたの部下じゃない!」

「なら俺は命令しない。でも信じてくれ。俺はお前を守りたいんだ」

「……え……」


 ルナはまた目を丸くした。暗いので顔色までは分からなかったが。

 俺はそんな彼女からさっと目を逸らし、AMMに戻った。するするとロープを上り、コクピットにどっかと尻をつく。


 まずは敵のことを知らなければ。

 俺が操っているのは、最新型のAMMだ。あの赤い光線を撃ってきた機体に関する情報が得られるかもしれない。


 安全確保の後、ディスプレイを切り替え、陸軍省のサイトにアクセス。

 俺が以前使っていたパスワードは――よし、有効だ。


 じっと画面に見入る。


「名前は……ブラッディ・シェル?」


 血染めの甲殻といったところか。

 その名前の通り、突如現れた大型兵器はAMMとは一線を画すもののようだ。


 全体的に平べったいが足はなく、ホバー走行が可能。地雷原の突破もお手の物だろう。蟹と似ているが、鋏や足があるはずの部分にはレーザー兵器の発射口が並んでいる。

 その部分を高速で回転させることもできるというから、死角はないと見た方がいい。


 俺はビル陰からそっと顔を覗かせ、そして危うく悲鳴を上げかけた。敵機は赤い光弾を連射し、街を火の海にしていたのだ。


 民間人はシェルターに避難しているというからいいものの、あれだけ正確無比の、それも超強力な光弾をばら撒かれては、これを打ち倒すことは難しい。


「考えろ……、考えろ、リック……!」


 解決策は一つ、二者択一だ。

 一つ目の解決策は、俺が囮になってこのブラッディ・シェルの弱点を炙り出し、残存兵力でこれを叩く。

 二つ目の解決策は、皆で一斉に攻撃し、一点突破する。恐らく俺がとどめを刺すことになるだろう。

 時間を考慮すれば、確実性の高い一つ目の解決策を取るべきか。


 のっそりと、星空を雲が覆っていくかのように移動する敵機。高度はざっと三十メートルほどで、街の高層ビルの角を掠めながら浮遊している。


 もし政府軍が、民間人の犠牲者は最小限だった、と表明すれば、ブルー・ムーンを始めとした反政府軍の皆は反乱分子だ。全員が銃殺刑だろう。それは避けなければ。


「何か武器は……」


 俺は周囲を見渡した。敵味方双方の旧型AMMが横たわり、損傷した家屋が叩き潰され、歩兵部隊が攻撃の機会を窺っている。


 そんな中で、俺は名案に思い至った。

 ひょいっとワンステップして、ちょうどモーテンたちのそばに着地。


《リック准尉、何をする気だ?》


 俺はその声を無視。やるべきことをやるしかない。説明は後回し。

 俺の目的は、再び自機にエネルギーチューブを接続することだった。今度は接続しっぱなし。


 これでは十全には動けまい。分かっている。

 その代わりに。


「プラズマカッターもプラズマランチャーも使い放題だよな!」


 弾切れを起こした機関砲を、ビル越しに敵機に投げつける。それは、敵機の装甲に触れた瞬間に弾かれた。そうだ、それでいい。

 アイツの気を引くために投擲したのだから。


 プラズマランチャーの発射に伴う高温は、既に冷めきっている。次弾をすぐに発射できるということだ。

 両腕を合わせ、がちゃがちゃとランチャーを形成していく。


《全員、衝撃に備えてください!》


 モーテンが皆にしゃがむよう指示を出している。それを確認し、エネルギーの供給完了を待った。そして、三、二、一、零。


 まさに眼前のビルを突き破りながら迫ってきた敵機。その中央に、凄まじい熱量と光量が叩きつけられた。

 空気がプラズマ化し、暴風が吹き荒れ、敵機の角度が大きく歪む。


 ランチャーの発射停止を確認し、俺はそばに落ちていたプラズマカッターを手に取った。


「この蟹野郎!」


 俺は怒りと興奮と憤りで、自分が何を言い、何をしているのかを見失っていた。

 それでも確かなのは、自分が自分で定めた正義というものに、忠実に従っているということだ。


 スラスター全開でレーザー砲を回避し、敵機に上がり込む。そして、これでもかと念じながらカッターを叩きつけた。何度も何度も何度も何度も。


 しかし、思いの外呆気なくカッターはその機能を終えてしまった。


「なっ!?」


 慌ててサブディスプレイを見遣る。そして納得した。

 敵機は、俺と地面を繋ぐエネルギーチューブを切り裂いていたのだ。これでは、もうビーム兵器は使えない。

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