第28話

 ちょうどその時、敵味方識別コードに反応があった。

 

《ブルー・ムーンの新型機、聞こえるか?》

「は、はッ!」

《こちらは首都防衛隊所属、AMM第一小隊隊長機だ。私も含め四機編成で援護に馳せ参じた。陽動任務を支援――》


 そこで唐突に通信が切れた。何事だ? ディスプレイに目を戻すと、今見ていた緑の円が赤く染まっている。


《たっ、隊長!》

《まずい、索敵急げ!》


 残る三機が背筋を伸ばすようにしてアンテナを展開する。かと思いきや、また別な一機が首から先を消し飛ばされた。

 これは、狙撃か!


「全員伏せろ! 俺たちは狙われているぞ!」


 叫んで膝を折り、残る増援の二機にも警戒を促した。さっと顔を戻すと、キリク機が盾持ちの敵機と取っ組み合いをやっている。

 あちらが狙撃される心配はないだろう。だが、同型機で殴り合っていれば、それこそ物量でキリクは負けてしまう。


 俺はゆっくりと、ビルの陰から顔を覗かせた。大体の狙撃手の位置は見当がついている。

 それを証明するかのように、音速以上で飛来した弾丸が自機の足元を掠めた。


「リック、狙撃手の正体は分からないのか?」

「きっとAMMじゃないな。ビルの屋上に隠してあった大型の狙撃銃、いや、狙撃砲による攻撃だ。遠隔操作されている可能性が高い」

「了解。ハッチ開けて」

「は、はあっ?」

「いいから!」


 そう言う合間に、ルナは自らの身体をロープで固定している。


「お前一人で何をするつもりなんだ?」

「狙撃砲の座標を教えて。それから地図も」


 ルナの気迫に押され、俺は地図を差し出した。手早く起動させ、首都の建造物を立体表示させる。


「弾丸の向きと高度から逆算すると、ここだな」

「じゃあ、この機関砲を遠隔操作している連中の居所は?」

「少し待ってくれ」


 唇を湿らせながら、俺は地図の立体表示器のケーブルを、コクピットの足元にある接続部に繋いだ。

 自機の体勢はそのままに、頭部のアンテナを展開して周辺の電波状況を探知する。


「ビンゴだ、ルナ! 前方五百メートル地点の、街路の右側! 三時方向から狙撃砲へ通信波が飛んでる!」

「了解。私が行く。リックは残り二機を従えて、キリク機を援護して」

「分かった!」


 俺はハッチを開放。するり、と慣れた所作でルナは地面に降り立った。

 そのまま勢いよく駆けだすルナ。すると、俺の後方に控えていた友軍から通信が入った。


《あの、リック准尉、我々はどうすれば……?》

「前方五百メートル、味方のAMMが包囲されている。救出するぞ。狙撃砲は俺が攪乱するから、一気に飛び出して盾持ちの連中を蹴散らしてくれ」


 了解、という復唱が二回続く。俺は肩のスラスターのみを使い、ふわりと宙に浮くようにして、狙撃砲の、厳密にはそのオペレーターの気を引いた。


「行け、二人共! 友軍の救出だ!」


 俺も狙撃砲に対して、負けじと撃ち返す。だが、この距離では絶対に狙撃砲が有利だ。


「せめて友軍がキリク機に到達するまでは……!」


         ※


 幸いにも、友軍は二機ともキリク機の下に辿り着いた。

 四機の政府軍機と、三機の反政府軍機。やや分は悪いが、こちらは敵機の後方から忍び寄っている。


 散弾銃を装備していた一機が、銃口を敵機のバックパックに突きつける。


《くたばれ!》

《なっ! いつの間に俺の背後に――》


 そう呟いたのが、敵機の最後の一言になった。背部スラスターの燃料パックを貫かれ、爆散。

 その気を逃さず、キリクは乱闘から転がり出た。


「キリクさん! 無事ですか?」

《リックくん? あなたはどう思う?》


 そんな、突然訊かれても分かるわけがない。

 そう答えようとしたところ、キリク機がこちらに身を乗り出すようにして俺の視界に入ってきた。


 俺は思わず呻き声を上げた。キリク機は左足が損傷していたのだ。膝から下がもぎ取られている。

 幸いなのは、巧みなスラスター使いが為されていたこと。でなければ、右足だけで本体重量を支えられるわけがない。


「友軍機、自機を含めて一機残らず退避しろ! 『プラズマランチャー』を射出する!」


 通信を取りながら、俺は地面に配された大型のマンホール状の蓋のそばに膝をついた。

 これは、プラズマカッターを使うために配されたエネルギーパックに通ずる穴だ。首都を防衛する部隊のために配されていたもの。


 俺は今まで、プラズマカッターやプラズマランチャーを使用しなかった。

 理由は単純。プラズマ兵器の使用は、エネルギーの消耗が著しいため。

 そしてプラズマランチャーとは、カッターと同じエネルギー波を収束させて撃ち込む、数少ないレーザー兵器だ。


「総員退避! 退避だ、急いでくれ!」


 そう俺が叫ぶ間も、発射体勢は整いつつあった。

 

 両腕の肘から先を打ち合わせると、手首から先が合体して展開する。一輪の花のような構造だが、そんなに美しいものではないだろう。


 花の中央からは、短い槍のようなものが、ジャキリ、と突き出てくる。

 花弁の淵からエネルギーが槍の先端部に集中し、輝きを増していく。

 その輝きが最高潮となり、オーバーヒート直前となった、次の瞬間。


 ズッドオオオオオオオオン!


 これは、プラズマランチャーを発射した時の音だ。期待を裏切らない、凄まじい爆音である。

 前方にあったアスファルト、ビルの隔壁、そして空気そのものが融解する、恐ろしいまでの破壊力。


 敵機は上半身を失い、焦げた脚部だけを残してばったりと倒れ込んだ。

 どうやら盾も役に立ちはしなかったらしい。

 敵味方識別コードを見遣る。そこには、キリク機が黄色で、友軍機が緑色で表示されていた。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 こんな凄まじい破壊力を手にしたのは初めてだ。呼吸が荒くなってしまう。

 落ち着け、リック。あとはルナが、狙撃砲の管制室を制圧してくれれば。


 それが油断に繋がったのだろう。ガァン、という硬質な音と共に、俺はよろめいた。


「チッ! 何だってんだ!」


 素早く索敵すると、ビルを貫通する形で狙撃砲が硝煙を上げていた。

 あれが、俺のAMMの腕部装甲を弾き飛ばしたのだ。


 冗談だろう、遮蔽物越しに撃つなんて。超能力者か。

 と思ったのも束の間、大きく逸れた軌道を描いて、次弾が飛んで行った。

 もしかしたら、管制室を潰されて自棄になったのかもしれない。


「総員、再度伏せろ!」


 すぐに従う俺以外の三機。しかし、狙撃砲の発射スパンはどんどん縮まっていく。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、というやつか。


《リック准尉、自分があれを止めます!》

「待て、焦るな! あれはただの機関砲じゃ――」


 忠告空しく、味方機のうち一機が両腕を吹っ飛ばされた。

 その隙を狙うのに躊躇はなかったようだ。引っ込んだ味方機は、今度こそ胸部を貫通されて爆散した。


《リック! リック!》

「どうした、ルナ!」

《狙撃用AIを潰したのに、狙撃砲が止まらない!》

「なっ!」


 ということは、狙撃砲の弾切れまで耐えろというのか。


「くそっ!」


 さっきのプラズマランチャーを使ったせいで、俺は満足に動けない。これではやられるのを待っているようなものだ。

 ぎゅっと両腕の操縦桿を握り締めた、その時だった。


《リックくん、あたしが行くわ》

「キリクさん? どこへ……?」

《決まってるでしょ、あたしがあの狙撃砲を止めるって言ってるのよ》

「そんな!」


 俺は大声を上げてしまった。


「あなたの機体は損傷しているんです! 生きては帰れないんじゃないですか?」

《構わないわ。これでフィアンセの下へ行けるんだもの。その時に、あたしはこの国の未来のために戦死したんだって言えば、いろんな人が納得してくれる》

「そ、それは……」

《リックくん、ルナちゃんを大切にね》

「くっ……。了解!」


 俺はマウントしていた機関砲を手に取り、弾倉を交換。ディスプレイ上のマップを見ながら、狙撃砲のある方角に弾幕を展開する。

 その火線の下をキリク機が不器用に駆けていく。


「キリクさん……!」

《あら、どうしたの、リックくん?》

「え? あ」


 気づくと、俺はマイクをオンにしたままだった。キリクに心配の声を聞かれてしまった。


「あの。今のは――」

《頼みがあるんだけど》


 俺の言葉をぶった切って、キリクが話し出す。


《もしあたしの遺体の断片でも見つかったら、婚約者のお墓の隣に埋葬して頂戴。頼めるわよね?》

「なっ、何を言ってるんですか、キリクさん!」

《ま、よろしく頼むわ。それじゃ》


 そう言い残し、サイス機は最高出力で飛翔。狙撃砲に組みついた。

 銃口を自機の腹部に押し当てるようにして。

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